保健室の天使

moporia

てんしとつばさ

001

第一印象は8割方容姿で決まるという。その容姿がいいか悪いかによって人間関係で最初に立つステージが異なる。RPGの雑魚敵がひどく醜い形をしていたり、戯曲演劇ぎきょくえんげきで重要でないキャラクターが美男美女でなかったり、それはその彼・彼女に同情をさせないようにという演出側の計らいだったりする。


真善美しんぜんびという言葉がどれも比較から生まれるように、悲しいことにこの世の美醜びしゅうの天秤があったとして、多分その天秤は大きく醜に傾いているだろう。テレビで見る美男美女がそう街中にごろごろいるものではないし。

なんにせよそこに差は生まれる。

大きいとも、小さいとも取れるその差を覆すにはある程度の技術が必要だ。

一般的には清潔感か愛想か、人格か会話術か、それともへきか。

それでも、この世にいる夫婦の全員が美男と美女でないように、これらの要素で最初のステージの差を覆すのは思うより難しくはない。

簡単でもない。

とはいえ、それで真っ当に不利益もないが利益もない社会関係を築けるなら、

高望みをしないのであれば、十分だろう。

つまりは顔という要素はある程度の差はあれ絶対的ではない。




泡御あぶくみいづつを例外として。




彼女はこの学校において__林郷学園第一高等学校、ごく一般的な進学校において__入学早々、学校のマドンナ…というよりも、学校の七不思議、その一つの座を獲得していた。草木も眠る丑三つ時、学校第一化学実験室の鏡にうんたら、第二音楽準備室のモーツァルトがどーたら、こっくりさんがこーたら。最後のは特段学校とかかわりがあるかは微妙だけれども、とりあえずそれらと同列に扱われたひとつの怪談。


___保健室の天使。


保健室には天使がいる。それはあの無駄に広い保健室のベッド、片隅の四番目、朝から晩まで日向にならないもの。いつ行ってもカーテンが掛かっているあのベッド。たまたま体育の時間、たまたま換気をしていた窓の風が、たまたま閉じていた手前三つのベッドを通り過ぎて、たまたま四番目のベッドのカーテンをふわりと開かせたときに、そこに天使が座っていたんだと、ある学生が言い始めると、入学式が終わって一週間と経たずに学校中はその話で持ち切りになった。

一体何人が肝試し、というより天使見たさに保健室に侵入し、先生につまみ出されては涙目になったのか、数えようとすれば二進数を使っても両手じゃ足りない。

いやそれは誇張しすぎかもしれない。



一つの共同体、特に学校は顕著なものだが、ブームの広がり様は音速を超え、また静まり様は光速を超える。

それからすでに一年が経過した今では、覚えてるものは2,3年次殆どだろうが、興味を示して、まして確認しようとするやつはもういなくなっていた。

年に二、三人先生の餌食になるだけで、これといった波もなく、それよりもクラス替えの話題に未だ味を占めているこの四月終盤なんかは特に、憂鬱なだけでほかになにもない。

五月病の前倒しだ。五月には六月病の前倒しが来るだろうけど。

隣のカップルのキャッキャウフフオナジクラスニナッタネエウフフ、とかで若干こっちが胸焼けしてくるくらいで。

そっと席を立ってトイレまでの廊下を歩いているときに見上げた空の雲が、某ランドセルのcmに似ている、なんてくだらない思考の中で、ふと去年の異様な騒ぎ様を思い出しただけだった。


噂やら流行りなんかは過ぎ去っていくものだし、価値観なんてもってのほかだ。

この三年間の価値を世の中がしつこく訴えかけてくるものだが、それは大抵その価値を自覚せずに手放してしまった人のものだ。そんな人々の声が大きいのだから、世の中大多数の人々はこの生活を無意味に過ごしてしまったのだろう。

数十年後、青春を共にしたクラスメイトの名前を忘れていることなんて、そう珍しいわけでもないのだから。

それでもこの事実を悲しむなんて、それこそ重荷にしかならないだろうに。

そんなもんだと、飲み込むくらいがちょうどいいのだろう。

そんな感想をぼーっと抱いたせいで、体育の時間、うっかり県選抜選手の打球をもろに顔面で受け止めて、気絶した日だった。


四月二十二日。

目覚めたベッドは三番目、横には鼻血に染まったティッシュの山、鼻に鋭い痛みが走りつつ、ガーゼで応急措置をされてさながら昭和の野球少年みたいな見た目になっていた僕は、もうすぐ昭和の日だ、なんて感想と、たまたま。たまたま、右に人の気配を感じた。

四番目のベッド。

なんのことなしに、まだ目覚めたことに気付かれてはいないだろうと高をくくって、カーテンを動かしたのだ。

動かしてしまったのだ。


火のない所に煙は立たぬ、なんて言葉がある。

好奇心は猫をも殺す、という言葉の真意を僕は知ることになる。

ただの怪談だろう、なんて生易しい推測は打ち砕かれる。


ふわりとカーテンが宙を舞った、その向こうで、泡御いづつは居た。

うずくまって、ちょうど胎児が子宮にいるように。

天使という形容がまるで違和感を持たない容姿で。

姿



彼女の丁度肩甲骨のあたり。

うずくまった彼女の背中には、これでもかと、おおきな翼がはえていた。








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