人気アイドル疑惑の学級委員長は、デート中に説を立証したいらしい。
山本正純
人気アイドル疑惑の学級委員長は、デート中に説を立証したいらしい。
3月3日土曜日。黒いトレーナーの下にジーンズを履いた坊主頭の少年は、多くの人が密集する東都駅の構内で周囲を見渡した。
だが、どこにも待ち合わせている彼女の姿が見えない。疑問に思ったその少年、松浦はジーンズのポケットからスマホを取り出した。
スマホのホーム画面には午後1時20分という時刻しか表示されていない。
「おかしいな? まだ来てないのか?」と首を捻る男子中学生の元へ、右方から一人の少女が歩み寄る。
「松浦くん」と呼ぶ人気アイドルと同じ声に反応した松浦は、頬を赤く染めて顔を右に向けた。
その視線の先で、人気アイドルと同じ顔の少女が腰の高さまで伸ばした後ろ髪を揺らしながら、歩みを進めている。
春らしい薄いピンク色のワンピースに身を包む少女、椎葉流紀はジッと待ち合わせていたクラスメイトの服装を凝視した。
「良かった。倉雲くんと心美ちゃんと一緒にWデートした時に着てた黒ジャージじゃなくて」
「ああ、倉雲の意見を参考にしてみた。それにしても、今日のいいんちょ……」
右隣に立った椎葉流紀の顔に見惚れた松浦が顔を赤くする。それに対して、流紀がクスっと笑う。
「どこかの私と同じ顔の人気アイドルさんみたいだって思った? 松浦くん、好きだよね? すい星の如く現れて、トップアイドルになった東野吹雪ちゃん」
「それは違うからな。とにかく今から明日まで吹雪ちゃんのことは考えないようにする!」
「……まあいいわ。バスの時間まで30分くらいあるし、お昼ご飯でも食べましょう。この時間帯ならどこのお店も空いてるし、お昼ご飯を抜こうとするクラスメイトを学級委員長として見過ごせるわけないからね!」
両手を合わせた流紀がチラリと松浦の顔を見て、右手を差し出した。
「えっと、いいんちょ?」
戸惑うクラスメイトの前で、いいんちょが首を捻る。
「約束したでしょ? 私とお昼ご飯食べたいって。お店、決めてあるから一緒に……」
「ああ」と短く答えた松浦が流紀の右手を掴むため、自身の左腕を伸ばす。お互いの手が触れあった瞬間、椎葉流紀は咄嗟に自分の手を引っ込めた。
「ストップ。まだ付き合うって決めたわけじゃないから、隣を歩くだけで勘弁して!」
「ごめん、手を繋いでいいのかと思った」
微妙な距離感を保つふたりが駅の構内を横に並んで歩いていく。
特に会話がないためか重い空気が流れ、椎葉流紀はチラリと右隣を歩くクラスメイトの顔を見た。
視線の先で松浦は松浦が緊張した表情で足を動かしている。それを見た流紀はため息を吐き出した。。
「もしかして、緊張してる?」
その問いかけにドキっとした松浦が頷く。
「当たり前だろ? 女の子の隣を歩いたことないから」
「素直だね。でも、この居心地が悪い空気、まるでお母さんと一緒にいるみたいでイヤだから、やめてほしいな」
「ん? お母さんと一緒みたいってどういうことだ? もしかして、反抗期か?」
松浦の答えを耳にした流紀がクスっと笑う。
「反抗期って……ごめん。忘れて」
「良かった。いいんちょも普通の中学生なんだな。俺だって反抗期の真っ最中で、親ともよくケンカしてる」
「そうなんだ。あっ、そういえば、昨日の金ダヌ見た?」
話題を転換させた流紀の隣で、松浦は動揺して目を泳がせた。
「えっ、いいんちょもあの番組見てるのかよ!」
「失礼ね。私だって金曜夜十時のバラエティ番組くらい見るよ。昨日の番組見てたら、ちょっとやってみたいことできたんだよね」
「やってみたいこと?」
「うん。今すぐはできないけど……あっ、目的地に着いちゃったね」
ふたりは西口にあるバスターミナルに辿り着いた。
多くのバスの発着点になっているバスターミナルから数メートル離れた三階建ての商業ビルをジッと見た
流紀が松浦の右隣で首を縦に動かす。
「最初の目的地は、あの商業ビル。1階のフードコートで何かを食べてからすぐにバスターミナルに戻ってきたら、次の東都動物園行のバスに間に合うから」
「ああ、分かったけど、いいんちょ、マジメにデートプラン、考えてたんだな」
隣のクラスメイトの呟きに対して、流紀は真顔になる。
「デートじゃないから。まだ付き合うって決めてないし……」
「ああ、そういえば、そうだったな」と松浦が苦笑いを浮かべる。
その瞬間、彼は周囲から向けられる視線を感じ取った。
まさかと思い、顔を上げ、周囲を見渡すと、いつの間にか集まっていた多くの人々が、ふたりを見てヒソヒソ話を続けている。
「あの子、もしかして、吹雪ちゃん?」
「でも、一緒にいる男の子は?」
ある人はゴソゴソとカバンを開け、サインを書けそうなモノを探し、またある人はスマホのカメラを椎葉流紀に向ける。
一方で流紀は瞳を閉じ、深く息を吐き出した。
「はぁ。どうやら今がその時みたいだね」
「いいんちょ?」と松浦が彼女の隣で首を捻る。それから人気アイドルと同じ顔の学級委員長は瞳を開け、両手を叩いた。
「ということで、私が持ってきた説はこちらです。街中でファンを自称して声をかけてくる人は大体ミーハー説!」
「もしかして、いいんちょがやってみたかったことってそれか? 確かに昨日の金ダヌで同じような企画やってたけど……」
「そうだよ。街で声をかけてきた人に、ファンなら分かって当然のクイズを突然出題するあの企画、やってみたかったんだよ。ホントは動物園で声をかけてきた子を標的にしたかったんだけど、こうなったら仕方ないわ。最初はあの子にしよっかな? 無断で写真撮影しようとしてるあの女子高生♪」
視界の端に捉えたスマホを構えた女子高生に向けて、流紀が歩みを進める。
それから、流紀は写真を撮影しようとしている女子高生にの前で立ち止まり、優しく微笑んだ。
「もしかして、無断で写真撮影しようとしました?」
その声にドキっとした女子高生が口をあんぐりを開ける。
「ウソ。その声、ホントに吹雪ちゃん? 一緒に写真撮って!」
「……それでは、第1問。東野吹雪がカラオケでよく歌うアニメソングは? 正解なら写真撮影と私と握手する権利を与えます」
「えっ」と女子高生は困惑の表情を浮かべた。その間に流紀はカウントダウンをはじめた。
「5,4,3.2,1,ゼロ! 正解は、きらめき魔法少女プリズムでした。一応、先週のカラオケ番組で話したんですが、残念です。それでは、楽しい写真撮影タイムの始まりです」
「えっ、結局写真撮影するの?」と驚く女子高生の前で、流紀が頷く。
「もちろんです」と答えた間に、多くの人々が流紀たちの周囲を包囲していく。
「吹雪ちゃん、サインして!」
「私も写真撮りたい」
この場にいるのが人気アイドルの東野吹雪であることを疑わない人々の声を耳にした流紀が瞳を閉じ、近くにいる松浦の右肩に優しく触れ、囁いた。突然のことに、松浦の胸がドキっと動く。
「ごめんなさい。お昼ご飯、もう少し我慢して。東都動物園の近くにあるカフェでハムサンド食べよう」
「分かった」と松浦が答えた後で、流紀はクラスメイトの右肩を優しく叩き、周囲の人々に笑顔を向けた。
「さあ、みんな。他のお客さんの邪魔にならないように、一列に並んで。これから一人ずつファンなら答えられて当たり前なクイズを出すからね。正解なら握手、写真撮影、サインのいずれかからやりたいこと2つ行う権利を与えます。不正解でも写真撮影は1枚だけ行うので、安心してくださいね。因みに、公平性を保つため、挑戦者は私自ら選びます。スマホでファンサイトは公式サイトを調べることができる時間が多い後方の人が圧倒的に有利なクイズ企画にならないために!」
東野吹雪のフリをしてファンサービスを続ける学級委員長を、松浦は優しい眼差しで見つめていた。
「あっ、みんな、バス来たみたいだから、この辺で勘弁して!」
30分の間、人気アイドルを演じ続け、東野吹雪に関するクイズを出し続けた椎葉流紀が通りすがりのファンたちの前でスマホを取り出しながら、ウインクする。
そろそろバスが来る時間で、東都動物園行らしきバスが3番のバス停に近づいている。そう認識した流紀は東野吹雪ファン包囲網の外に残された松浦の元へ歩み寄り、ふたり揃ってバス停へ走った。
予定発着時刻ピッタリに開いたドアからバスの中へとふたりの中学生が飛び乗る。
バスの中には、数人の客しかおらず、松浦は適当に開いている窓側の席に座った。その隣に流紀が躊躇うことなく座り、松浦は思わず目を丸くした。そして、なぜか驚いたような表情になった彼と顔を合わせた流紀は不思議そうに首を捻る。
「どうして、驚いてるのかな?」
「いや、いきなり隣に座ってきたから……」
あたふたと両手を振るクラスメイトに対して、流紀が優しく微笑む。
「当たり前でしょ? 今日は一人じゃないから」
真横に視線を向けると、人気アイドルと同じ顔の学級委員長の姿が飛び込んでくる。それも至近距離で。彼女に恋する松浦の顔が真っ赤に染まり、心臓も強く脈打つ。
そんなクラスメイトを椎葉流紀がからかうように笑った。
「そういえば、初めてだったね。こうやって隣に座るのって。遠足も修学旅行も席は別だったし。あっ、ふたりだけでお食事したのも初めてか。同じ机でお互いに顔を合わせて♪」
「いいんちょ……」と松浦が名を呼ぶ間に、バスのドアが閉まり、目的地へと向かい走り出す。
ドキドキが止まらない恋する男子中学生を乗せて。
人気アイドル疑惑の学級委員長は、デート中に説を立証したいらしい。 山本正純 @nazuna39
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