口裂け女ちゃんはバズりたい

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口裂け女ちゃんはバズりたい

 私、口裂け女ちゃん。17歳。


 知ってた? 都市伝説って世代交代があるんだよ? だっておばさんになった口裂け女とかって見ないでしょ? つまりそういうこと。


 私が『口裂け女』を引き継いだのが2年前。代々の口裂け女さん達の記憶は持ってるけど、今の時代を生き残るには、それだけでは足りないのです。


 だって時代は令和。しかもコロナ禍というおまけ付き。道を行きかう人達はみんなマスクをしているのが当たり前。マスクで素顔を隠しているのが特別だった時代は終わりを迎えたのです。


 さて、こうなっては私達『口裂け女』はどうやってアイデンティティを保てばいいのか。だって人前でマスクを外したら「けしからん!」って怒られちゃう。


 そこで目をつけたのがスマホとSNS。これならば非対面で素顔を晒せるし、一人ひとり声をかけるより、ずっと早く、広く噂を広めることが出来る。何て素晴しい時代になったのだろう。


 けれど問題が一つ。多くの人に知ってもらうには、いわゆる「バズり」が必要らしい。都市伝説仲間である八尺様ちゃんなんかは一足先にネット進出して、今はチャンネル登録者数1000万人を超える超人気YuiTuberユイチューバーだし、私も負けてられないよね。


 と、言う訳で、私は現在Inustagramイヌスタグラムに投稿するためのバズる自撮りの撮影中。最近はフォロワー数も少しずつ伸びてきてるし、そろそろドカッと注目を集めたいところ。


 え? どうして都市伝説にネット環境があるのかって?


 実はですね。そういうのを仲介してくれる人がいるんですよ。あ、正確にはではないんですけどね。とにかく人間社会に適応した不可思議存在さんが、私達みたいな怪異と呼ばれる存在が現代社会に適応できるよう、情報や物資を提供してくれている訳なんです。知らなかったでしょ?


 都市伝説だって時代とともに進化するんです。でなきゃ「あっ」という間に忘れられて、無かったことにされちゃう。だからみんな精一杯努力して、現代まで存在を保っているんです。


 さてさて、私の話に戻りますよ。


 歴代の口裂け女の中で一番有名なのは、1970年代末頃を担当していた通称なおさん。ネットなんてなかった時代に、口コミだけで社会現象にまでなった口裂け女界のアイドル的存在。私の憧れ。なので私も社会現象を引き起こせるくらいの口裂け女を目指して、日夜研究に励んでいる訳。


 最近の若い子はあんまり口裂け女のことを話題にしないから、正直私は焦っているのです。このままでは私の代で「口裂け女終了のお知らせ」なんてことに。


 だから、そうならないためにInustagramイヌスタグラムでたくさんのいいねを貰って、フォロワーを増やしていかないと。


 メイクばっちり。光の加減OK。アングルよし。背景や瞳の映りこみも気にかけて、いざ撮影。


 パシャリ


 もちろん撮影した画像をそのまま投稿する訳ない。時代は『盛り』。とにかく可愛く加工して、加工して、最早原型なんて関係ないってくらい加工してあげないと。


 それにしても、今の時代は画像編集もスマホ一台で出来るからすごいよね。ネット進出を図った口裂け女は私の前にもいたようだけど、その頃はいろいろと準備するものが多くて、専門知識も必要で、大変だったらしい。ほんとスマホ様々だ。


 ある程度盛ったところで、ちょっと画像を確認。


 ふむ。自分なりにがんばってみたけど、どうも可愛いがゲシュタルト崩壊を起こして仕上がり具合がよくわからなくなってる。何て言うか、ありがち? こんなんじゃバズりなんて程遠い。私が求めているのは時代の先を行くような。新しい時代を作るような。そんな自撮りだ。見たことあるものを真似していてはいけない。


 自分で見てダメな時は、やっぱり他人を頼るというのが一番。という訳で、私は八尺様ちゃんに電話をかける。数コールの後、電話に出た八尺様ちゃんの声は、何だか疲れきったものだった。


「ポ。ポ(どうした裂け子。こんな時間に)」

「こんな時間って、今、日曜日のお昼だよね」


 どうせまた徹夜でゲーム配信でもしていたのだろう。彼女のことだから、きっと相当数の視聴者がいたに違いない。


「ちょっと今度イヌスタに上げる画像見て欲しいんだけど」

「ポ?(また原型なしの盛り盛り自撮り?)」

「の予定だったんだけど、今回は方向性を変えたくて」

「ポ(ちょい見せてみ)」


 私はLIMEライムを使って八尺様ちゃんのスマホに加工した自撮り画像を送る。


「ポ?(いつもと何が違う訳?)」

「え~、全然違うじゃん! 目元とかの加工具合がさ!」


 今までのは量産型系。今回のは地雷系。仕上がりは全く違う。


「ポ(違いがわかんない)」

「そんな~」

「ポ、ポ(そもそも、あたしはそういうの疎いからほとんど顔出ししないのに)」


 まぁ、確かに八尺様という都市伝説は、八尺様の顔の造形は詳しく描写されていない。同じ遭遇系の都市伝説ではあるけれど、私と八尺様ちゃんでは全く方向性が異なる。


「だって、こんなこと相談できるの八尺様ちゃんだけなんだもん」

「ポ~(そうは言ってもね~)」


 八尺様ちゃんは何か考え込むような間を作った後、こう言った。


「ポ(いっそ無加工でアップしてみれば?)」

「いやいや、それじゃあえないじゃん!」

「ポ~。ポ、ポ(そうかな~。あんた元々美人だし、下手に盛るよりいいと思うけど)」


 美人だなんて言われたのは初めてだ。私は生まれ付きこの顔だし、正直実感が湧かない。


「ほんとにそう思う?」

「ポ、ポ(それで反応薄ければ、また盛り方考えればいいじゃん)」


 私は加工前の画像を開く。そこにあるのは何の変哲もない自分の顔。言われて見れば美人に見えなくもない。


「ポ(まぁ最終的に決めるのはあんただけどね)」


 私が画像とにらめっこしていると、電話の向こうで八尺様ちゃんのあくびが聞こえた。


「ポ、ポ(という訳で、あたしは寝る)」

「う、うん。おやすみ」

「ポ~(おやすみ~)」


 切れる通話。しばし考えた後、私は決意した。


 改めて取り直した自撮り画像を、無加工のままInustagramイヌスタグラムにアップする。もちろん付け加える文章はただ一つ。


「私、きれい? っと」


 反応が来るまでにしばらく時間がかかるだろう。アップロード完了の画面を見届けた私は、スマホをスリープモードにする。


 八尺様ちゃんの眠気が移ったのか、私まで何だか眠くなってきた。今日は特に予定もないし、このままお昼寝というのも悪くないかも知れない。そういう訳で、私はベッドにダイブした。アップした画像が拡散されていくのを想像しながら、私は眠りへと落ちて行く。


 この後、「♯美人過ぎる口裂け女」というワードがInustagramイヌスタグラムの「旬の話題」に載ることとなるが、それはまた別のお話。

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