第2話 白兎馬ゼブラ救出劇

「どうしてこんなことをしたんだ! 死んだ母ちゃんが泣いているぞ! かつ丼プリーズ!」


「親父から話は聞いてはいましたが……。どうして誘拐されたのにこの人は態度デカいんですかね?」


「若頭……白兎の姉さんはいつもこうでさぁ」


 放課後の解放感からロンリーラビットしていたら拉致られた。

 現在はどこかの廃工場に吊るされ中。胴体をお縄でぐるぐる巻きだ。

 たぶん己貴は激おこだろう。

 目の前には糸目で見たことのないロン毛の兄ちゃんと見たことのあるお仲間ととても気になる一柱。

 誘拐犯一味だ。

 この糸目の兄ちゃんは知らないがこのメンバーでリーダー格となれば何となく正体も察してしまう。


「兄ちゃんもしかすると鮫島さん? 鰐島組の鮫島さんちの次男坊」


「……なぜわかるんですか」


「鮫島のとっつぁっんにはお世話になった。六十四回の誘拐のうち二十回は鮫島のとっつぁっんだ。さすがに誘拐も三回を超えたら話題がなくなり世間話もする仲ですよ。死んだ妻似の美形な次男坊が反抗期だ。やはり男手で一つは厳しいのか……どうすればいい? など家庭の相談にもよく乗ったものです」


「何してんですか親父!? なぜ誘拐した相手に家庭の相談してる!? しかも自分の子よりもかなり年下の女児に!?」


「あっ! 俺と違って頭がいい。自慢の息子だと褒めてましたよ? デレデレの笑顔で」


「やめろ! あの顔面凶器の親父のイメージが崩壊する!」


「それで今回の誘拐はなに用? また八十神家の連中が騒いでいるの?」


「え……えぇ。とんだ先制攻撃を受けましたが本題に入りましょう。要件はわかっていると思われますが八十神家から兎神憑きである因幡白兎様にご依頼です。あなたに奪われた大国家との縁を戻してほしい。そして大国己貴と矢上ヒメの婚約の解消し、八十神家と矢上ヒメの縁を結んでほしいと」


「ずいぶん丁寧に言い直したね。あの下衆な連中がそんな言い方するはずないでしょ。大方『あの化け物を早く始末しろ! そして矢上ヒメが俺の物になるように手配しろ』かな」


「……よくお分かりで」


「幼い己貴を虐待して大国家を乗っ取ろうとした連中だからね。八十神の一人息子はヒメにベタ惚れだったし。だから八十神家が大国家と矢上家と一生関われないように縁を切った。八十神は相変わらず腐ったままみたいだね。鰐島組も早く縁を切った方がいいよ? 鮫島のとっつぁっんは気に入っているし。いくら魔憑きの主従関係があるとしても、あれだけ呪詛を溜め込んでる八十神といたら共倒れるよ?」


「ご忠告は感謝します。けれど――」


「――これはラブの気配? ……そういえば八十神にもマシな娘がいたね。栖芹ちゃんは元気? 独占欲が強くて歪んではいたけど、八十神の中では珍しく両親や兄弟への嫌悪も待つ良識はあったし。ねぇ私への要求は本当にさっきのでいいの? まともな願いならば考えなくもないよ」


「結構です! これが神憑きですか……聞いていた以上に理不尽極まりない。あなたこそ他人の心配をするよりも早く大国己貴にかけた守護を解くべきでは? 彼は矢上ヒメではなくあなたに執着している。あなたとの縁が途切れないように必死に抗っている。八十神との縁断ちの代償としてあなたと大国己貴の縁は断たれたにも関わらずです。その結果としてあなたがこうして危険な目に合う頻度が多くなっているのが滑稽ですが」


「本当に己貴ってバカだよね。泣き虫のくせに昔にいつまでも執着して。今ある幸せを大切にすべきなのに」


「……自分への執着のなさも神憑きゆえですかね」


 なぜか呆れた感じで見られた。失礼な奴である。

 それはそれとして。


「そう言えば鰐島組に新しいメンバーが追加されたの? 細目の兄ちゃんと右腕の島本さん。島田さん。鹿島さん。四万十さんと相変わらずシマ付きしかいないのは変わってないけど」


「あなたの悪戯のせいだと聞いていますが!? うちには名前にシマがついている人しか構成員にできない縁にされたとか」


「……あれは若気の至りだった」


「若気の至りで!?」


「それでそのシマウマさんは誰? メンバー間に馴染んでいて驚いた」


「シマウマなんているわ……け? えっ? ホントにシマウマ!?」


「なんだ気づいてなかったのか。まあシマウマのシマは迷彩色だからな」


『そう迷彩色だからな。この三日ほどお世話になっているがちゃんと食事とブラッシングを欠かさない居心地のいい職場だ』


「喋った!? え? シマウマが!? 喋るの?」


「そりゃあそうだぞ。さぞ名のある神と見た。名前はなんて言うの?」


『シマウマでよかろう。シマが入ってないとこの組織にはいられん』


「うーんなら白兎馬シマウマさんで。同じ兎付きで名前つけてあげる。色は変えたけどいいよね。お望みは英傑探し?」


『……察しがいいのは本当に考え物だな。ありがたく拝命しよう。そして正解だ。神に抗うためにかのスサノオの加護を得た男児がいると聞いてな』


「バカ己貴のことだね。もうすぐ来ると思うよ。ほら――」


 ――ガッシャァーーーン


『ふむ。まあまあだが現状ではまだ足りぬな』


「ありゃりゃ己貴不合格か」


「なんなんですかあなたたちは! 一体なにが!?」


「己貴が工場の鉄扉を壊したんだよ。ほら迎え撃たなくていいの?」


「壊し……行きますよお前たち。わけのわからない神々よりも加護持ちを相手にする方がまだマシだ。糞親父……なにが『これも社会勉強だ。世界の広さを知ってこい』だ。理不尽過ぎるだろ。シマウマってなんだよ!?」


 そう言い残して鰐島組の連中は言ってしまう。

 白兎馬シマウマさんを残して。


「行かなくていいの?」


『本命はお前だからな。いつまで人の世にいる兎神?』


「兎はかまわれ過ぎると逃げるんだよ?」


『……そようか』


「それよりシマウマさん。トイレに行きたい。タスケテ」


『……切実だな。了解した』


―――――――


「えらく派手にぶち壊しましたね。大国家の跡取りともあろう方が」


「白兎のバカをどこにやりやがった! どうせ八十神の連中の手下だろうこの糞ども……が……ってなんだ島本さんか。いつも白兎と遊んでいただきありがとうございます。鰐島組の皆さん」


「……なぜ誘拐して感謝を言われるんでしょうね」


「そりゃあ……いつも白兎に巻き込まれて同じ酷い目に合う戦友だからな。あんたは見ない顔だけど鮫島のおやっさんは?」


「頭は白兎様の縁で新婚旅行中でさぁ」


「ああ……上手くいったんだ良かった」


「和むな! 世間話するな! 敵対関係だぞ!」


「そうは言ってもですね――」


――パカランパカランヒヒーーン!


「そうだ走れ白兎馬よ! 馬に生まれたからにはニーズを汲み取り美少女化してレースに勝ってライブのセンターで歌って踊るのだ」


『やめろ! 言うな! 日本は言霊の国だ! 本当になる! 我はまだ日本文化の浸食を許していない希少な存在なのだぞ!』


「え!? シマウマ!?」


「己貴よ! 出迎えご苦労! そしてさようならだ! 私はトイレが近いので今日はもう帰る!」


 そう言い残してシマウマに仁王立ちで跨った白兎が去っていった。


「……このような理不尽に何度も巻き込まれていれば仲間意識も芽生えるわけで」


 助けに来た己貴も誘拐犯一味も全てを置いてけぼりにした。

 こうして因幡白兎の六十四回目の誘拐事件は幕を閉じる。

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