ラビットパーティ♪

めぐすり@『ひきブイ』第2巻発売決定

第1話 ラビットクワドラプルアクセル登校

 因幡学園の朝はハイソサエティだ。

 私こと因幡白兎は初等部から通い始めて現在は高等部。

 人生の半分以上をこの学園に通っているのだが。


「ごきげんよう」


 果たしてこの飛び交う挨拶に慣れる日は来るのだろうか?

 返す言葉に困るのだ。「ごきげんよう」に「ごきげんよう」と応えるのが正解だとわかっている。

 けれど、たまには「すこぶる快調です!」や「宇宙の深淵くらい鬱です」や「急流すべりレベルに移り気です」などで応えたいときもある。

 というか実際に応えたことがあった。


「ごきげんに見えますか? そう見えたならよかったです。……あんなことさえなければ私も心から笑えたのでしょう」


 こんな感じで適当に応えていたら本気で心配された。

 先生と面談になったのでやめた方がいい。めちゃくちゃ親身に相談に乗ろうとしてくれたぞ。あまりに鬱陶しかったので終いには「ただのネタだったんです!」と逆切れしてしまった。そんな私に対して「……ならよかった。悩み事があるなら絶対に先生に言ってね」と笑顔で返す担任がいるからな。

 奴は捨身月兎の系譜に違いない。同じ兎でも私とは大違いだ。罪悪感半端ない。


 やはり私のような一般ピープルには上流階級が合わない。

 なにより校門の前で待ち構えている目立つカップルと関わりたくない。

 大国己貴と矢上ヒメ。高身長で美男美女。政界に影響力のある大国家の長男と財界に影響力のある資産家矢上家の一人娘で婚約者同士。

 神社の一人娘でしかない私とは生まれから違うのだ。住む世界が違う。具体的に視点の高さが違う。奴らと話すと首が疲れる。……あいつら身長が縮まないかな。


 悪い奴らではない。むしろいい奴らだ。己貴はダメだが、ヒメはよくおやつをくれるマブダチだ。幼馴染と言っていい。学園に通う前からの物心つく前から知っているから完全に幼馴染だ。私がこの学園に通うことになった原因でもある。

 普段ならば朝の挨拶でもかまして一緒に校舎に入る。

 だが今日はダメだ。

 己貴の奴がいらだちを隠せていない。ぶち切れている。あんな不機嫌なウドの大木の相手はしてられない。一緒に登校する約束を破ったぐらいでなんだと言うのだ。たまにはロンリーラビットさせろよ。ウサギは寂しいと死んじゃうのは嘘なんだぞ。むしろ単独行動が多いぞ。かまい過ぎるとストレスで禿げるのがウサギだぞ。


 守れ毛根! 私は髪の毛のために反抗するのだ!

 そのために秘密兵器もある。

 助走距離は十分。生徒はまばら。道は開いている。

 私は低い体勢からローラースケートで一気に加速した。


「あっ! 白兎ちゃんごきげん――」


「――こらっ! 白兎! 一人で登校するなと言っているだろ!」


 挨拶もまともにできないとは。

 ヒメのことを見習えバカ己貴。

 校門前で立ち塞がる巨体。見下す視線がむかつく。そんなんだから愛犬のミーアキャットにもスルーされるんだぞ。背の低い生命に対して慈しみの心が足りない。ミーアキャットでかいけどな。名前つけたときは小さかったんだけどな。今は見事にビッグだ。私を乗せて奴の屋敷を暴れ回った日々が懐かしいぜ。

 己貴の愛犬ミーアキャットを思い出したおかげで、ふと天啓が降りてきた。

 今ならあれが……できる!

 私は股抜きスライディングのプランを変更し、己貴の手前で反転して大きく跳んだ。左回りの大ジャンプ。

 世界よ見よ! これが私のクワドラプルアクセルだ!


「グヘッ!」


「なにしてんだお前は!」


 ジャンプの頂点。回転はトリプルの途中で己貴に首根っこを掴まれた。

 ローラースケートのローラーがシューと音を立てて空回りする。地に足がついてない。

 宙ぶらりんの吊るされ兎だこんちくしょう。


「なにしてんだはこっちの台詞だバカ己貴! あともう少しで世界初のクワドラプルアクセル登校の快挙達成だったんだぞ。どんなにバカげた記録でもギネス記録挑戦の邪魔をしてはいけない世界の常識を知っておけ!」


「知るか! お前の身辺で怪しい動きがあるからしばらくの間一緒に登校するって俺は言ったよな! なんで迎えに行ったらすでに家を出ているんだよ! 危険なんだよ! 何度誘拐されたら学ぶんだよお前は!」


「そんなの初等部五年生のときにピーチ姫の攫われ記録を抜いてから数えてねーわ。天下の任天堂の開発ペース超えの偉業にガッツポーズぞ。誘拐された回数ならば日本記録どころか世界記録を視野に入れてるぞ!」


「そんな回数を誇るな!」


「うんうん。白兎ちゃんが誘拐されるともうそんな時期か。季節が巡ったな。衣替えしようかなってなるよね」


「ヒメ! お前も乗っかるな! そんな今クールのトレンドみたいな感覚で誘拐事件が起こってたまるか!」


「『もしもしママン。私って何回誘拐されたっけ? うん了解ありがと』……よし! 六十三回だって。ママンも『もうそろそろ誘拐の時期ね』って言ってた」


「そんなことを電話で母親に聞くな! そして答えるな! そして六十三回は多すぎるわ!」


 己貴が肩で息をしている。

 こいつも大変だな。

 それにしても私はいつまで宙ぶらりんの吊るされ兎なのか?


「おい己貴。疲れているようだしいい加減降ろせ。人という漢字を思い出すんだ。人間は二本の足で大地を踏みしめてこそなんだぞ」


「ただのツッコミ疲れだよ! 腕は疲れてねーわ! ……つーかお前軽すぎるだろ。ちゃんと飯食っているのか?」


「女性に体重の話を振るとか命知らずが。まあ答えてやろう。飯なら今日も朝から米を五合食ってきた」


「そっかならよか……米五合は食いすぎだろ! お前の胃袋どうなってんだよ!」


「私の朝は土鍋で米を炊くところから始まる。量はその日の気分次第。そして土鍋をコンロにセットしたら大量の人参との戦いだ。私ぐらいになると表面洗っただけで皮は剥かん。ただひたすら人参の細切りを作る。細切りの山ができたら油多めでフライパンで炒める。気分によっては卵やかまぼこやベーコンなども一緒に炒める。多いのはやっぱり卵だ。味はしょうゆベースで濃い目。秘伝のスパイスは企業秘密。炒め終えると極上のにんじんしりしりの完成だ。あとは炊きあがった土鍋ご飯に乗せてひたすら食べる。無心で食べる。やっぱり米五合は多かったかなと途中で気づく。さすがに気づく。でも食べる箸は止まらない。そして食い終わったときに思うのだ。今日は登校がてら軽く運動しながら行こうと」


「なるほど。それで白兎ちゃんは今日の朝は先に登校したんだね。人参スティックあるけど食べる?」


「食う」


「食うな! それだけ食ってなぜ食える! そしてどうしてヒメはいつも人参スティック持ち歩いているんだよ!」


「私には白兎ちゃんに人参スティックをあげる使命があるから」


「私にも人参スティックを食らう使命があるから」


「ねーよ! 二人ともねーよ!」


 因幡学園の朝はハイソサエティだ。

 怒声をあげる己貴を見ても誰も動じない。


「相変わらず吊るされてる」


「今日も見事に吊るされ兎だな」


「あれを見ないと一日が始まらないですわ」


 ……因幡学園の朝は本当にハイソサエティなのか?


「おい白兎! 帰りは絶対に一人になるなよ! 本当に危ないんだからな!」


「カリカリカリカリ」


「無心で人参スティックを食べ始めるな!」


 その日の放課後、私は見事に誘拐された。

 かのピーチ姫にダブルスコアをつけた記念すべき六十四回目の誘拐事件である。

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