ア・ラ・カルテット ~いちじくの好きなもの~
甘夏
【短編】いちじくの好きなもの
【キャラ紹介】
ア・ラ・カルテット:アイドルユニット
└ 一人称「ゆめ」の元気な女の子。リーダー。
└ 一人称「私」ダンスが得意な実力派。大人しい子。
└ 一人称「さつき」気配りができる子。遅刻癖がある。
└ 一人称「私っち」せっかちで感情的。根はやさしい。
└ プロデューサー
***
「はい、はい、
「あ、さつきやっと来たよ。プロデューサー。やっと全員そろいましたよー」
最後に事務所の戸を開いた
その二人に、すでに会議室で待機している
ガラス張りの会議室、壁かけされた大型のテレビには、ミュージックビデオの映像が流れている。そこで踊るのは彼女たちで、煌びやかなライトのなか、ダンサブルなナンバーが流れている。
「先月は、レコにMVの撮影にと忙しいなかありがとう。やっと落ち着いたところではあったわけだけど。実はもう次のリリースが決まってだな。それで曲のほうは前々から希望があがっていたロックテイストなやつを発注している。あ、そのまえに四枚目の売り上げの――」
「プロちゃん、だいたいそのあたり言われても私っちわっかんないからさー。要点だけ言ってくんない?」
ツインテールの少女、柳みかは手をあげながら、プロデューサーである上矢さとしの言葉を遮る。会議テーブルに気だるげに座る様と気くずれた制服姿はいつものことだ。
「みかの言う通り、さつきも数字にがてー。算数のときからギブなやつ!」
「わかりみ深ッ」
鶯さつきと柳みかが会議そっちのけで互いに顔をむけあって、ハイタッチしたり、その手と手を絡ませてわーわーと盛り上がりを見せる。
ふたりは同じ中学の出身でデビューしてからも仲がいい。
ゆえに二人が喋りだすと話が進まない。
「わかったわかった。じゃあそのへんはあとで資料で送っとくから。どうせ読まないだろうけどな」
就任して最初のころは真面目に営業実績であったり、ユニットの方針を熱く語っていた上矢も、いまでは問題教室を押し付けられた教師のような感覚になっていた。
だから、とくに反対もしないで、話を進めることを優先する。
「まぁ、それで要点なんだけどな」
「あのー。ゆめからもひとついいですか~?」
やっと再開しそうになった話題を、つぎはリーダーの乙姫ゆめの言葉で遮られる。
「あー、ゆめ、なんだ?」
「ビデオ、つぎはどこで撮るんです?」
小首をかしげながら、そのショートボブの髪をゆらして尋ねる。
その質問こそが、上矢が話題としようとした内容だった。
「それをいまだな――」
「あ! さつき、海がいい! 夏っぽいの撮りたい。水着で! あ、でも、水着ってちょっと恥ずかしい気も~~。でも海いきたいしな~……なやみが尽きぬ」
「夏フェスみたいなとこで、ばーん! 花火どーん! ってのが私っちはいいっすけどねー」
「それも、わかりみ深ッ! あ、でもゆめちゃん達はどう? なんかある?」
メンバー同士で話題が回る。
勝手にではあるが、結果的に上矢の望むべく会議の形になり、ひと安心といった感じに一息ついた。
「んー、うーーん。ゆめは、このまえのビデオのときにクラブっぽい感じのDJコラボさせてもらっちゃったからねー」
「あれさ。あれさ。ふわふわ系のゆめちゃんにしては意外なアイデアだったよね」
「えへへ~。カッコいいのに憧れる年頃なのですよ~。でも、ゆーちゅーぶの再生数良い感じだったし? コメントで褒められてたし? まんぞくまんぞく。な~の~で~。つぎは、いちじくちゃんの考えを聞きたいと思うのです」
ゆめは振り向いて、もっとも後ろの席で静かに話を聞いていた黒羽いちじくに声をかける。
「そいや、黒羽あんまり自分のこと話さないもんね。やっぱり黒羽も海とか? その隠しきれないバスト生かしちゃって、ファン大量に釣っちゃう? あ。でも、そうなると……さつきとゆめがつまはじきに――」
「ちょっ! さつきちゃん! なんで、ゆめまで一緒にするの!」
さつきの言葉に過剰に反応するゆめ。腕を胸の前で交差させてそのサイズ感を見られないように防御する。
「おいおい、話が進まんぞ。どうだ? 黒羽。なんか好きなこととか、興味あるのとかあれば言っていいんだぞ」
「べつに、私はとくに興味あるものなんてないので。ほかの皆さんの意見のなかで選んでいただければ、それに合わせます」
控えめな口調で、いちじくが応える。
その長い黒髪を後ろで結んだ少女は、ほかの三人より頭ひとつ高い身長が特徴のアイドルだ。
持ち前の運動神経の良さからダンスの切れもあり、メンバーのなかではもっとも実力派として人気がある。
「でも、いじちくちゃん。なんかないのー?」
「そうだぞ、黒羽。せっかくの機会なんだ」
ゆめと上矢が詰め寄る。
「あの、いいですから!」
「……いちじくちゃん」
いつも以上の声量で拒絶するいちじくに、思わずたじろぐゆめ。
「あ――あの、ごめんなさい。ちょっと、私あたま冷やしてきますね」
「お、おい黒羽!」
いちじくはそう告げた勢いのまま、上矢の制止を振り切り会議室を出ていった。
□ À la quartette □
「いちじくちゃん――なんか、ゆめ、押し付けすぎちゃったかな」
「ゆめゆめが気にすることないっすよー」
「うーん……でも」
「いまのはいっちゃんがわるいっすもん」
リーダーとしての責任からか、心配そうな顔をするゆめと、キツイ言葉で席を離れたいちじくのことを非難するみか。
そんなみかの態度に、ふふ、と笑みを浮かべたのはさつきだ。
「さすが、元いじめられっ子ねー。みかは昔の自分を見てるみたいなんでしょ~?」
「やめてってば、そんな前のはなし」
元は引っ込み思案だったみかは、さつきが転校してくるまでの間にあたる中学1年までは軽いいじめを受けていた。
一言の『やめて』という言葉を言えないからこそ続いていたものだと、みかは今でこそ考えている。
だからこその、いちじくへの非難のひとことだった。
「だってさー、好きなことを言えないのって本人が一番つらいしさ。それに、アラカルとして四人でやってくのに、そういう遠慮とかいらないじゃん? とか、おもっちゃったりしちゃって」
「みかはみーんなが大好きなのよね~~?」
「だからやめてよ、もう」
さつきに言い当てられて、顔を赤らめる。
「みかちゃんありがとう。だったら……なおのこと、このままいちじくちゃんの『好きなこと』を聞けないままってゆめは、だめだと思う!」
ちょっと、探しに行ってきます! ゆめは大声でそう口にする。
バタンッと大きな音を立てて席を立つ。
「おいおい……。まぁ、今回はリーダーに任せるとするか」
「プロちゃん、お役とられちゃったっすねー」
「うるせー」
□ À la quartette □
「いちじくちゃん、見つけた」
4Fにある事務所の裏、非常口代わりのそこは、非常時の階段が備え付けられている。
その鉄骨が剥き出しの階段の中ほどにいちじくは居た。
スマホを手にして、有線のイヤホンで音楽を聴いているようだった。
その左耳からそっとイヤホンを抜いて、ゆめはいちじくに声をかけた。
「い~ちじく、ちゃん」
「わ!! 乙姫さん、ですか。なんですか」
「デビュー曲、聞いてたの?」
「はい。今度のライブで歌うかもしれないので――」
「真面目だよね、いちじくちゃんは。歌も上手だし、ダンスの切れすっごいし」
「そんな褒められても、なにも出ませんよ」
淡々とした口調になるのは、いちじくにとって人との接し方を、それしか知らないからだった。
小学生の頃から急速に伸びた身長。
その恵まれた体格は、周りの子との差異を生み、その差は非難の対象となった。
陰口は直接の悪口にかわり、幼いいちじくの性格を人見知りへと変えていった。
それでも、そんな自分を変えようと思ったタイミングは何度もあった。
中学に入り、その身長を武器にしようとバスケ部へと入ったいちじくは、持ち前の運動能力もあり期待を背負う選手へと成長した。
しかし、体格・筋力の成長とは裏腹に、凝り固まってしまった性格はそうは変えることはできなかった。
パスこそできるものの、いざシュートを放つということがどうしてもできなかった。
「それはだめ! ちゃんと出してくれなきゃ。ね、いちじくちゃんの『好き』をきかせて!」
ゆめは、そんな引っ込み思案ないちじくにとっては、まばゆいばかりの存在で、そんなゆめからの一言に戸惑いを隠せないでいた。
「……なんで、アイドルなんてやってるの? って思ってますよね」
「え?」
いちじくの唐突な一言。
「人前に出て、歌って、踊って。全力で『好き』を表現して……。そんなのやっぱり私には向かないと思うの!」
「そんなことないよ! それにいまも、みんな、いちじくちゃんのこと心配してるよ」
「嘘。いい迷惑だって思ってるでしょ。――みかとか」
確かに言っていたために、強く否定できないなと、ゆめは考え込んでしまう。
それでもその真意には『みか』なりの仲間を思う気持ちがあってのことで、それはゆめ自身も思っていることだった。
「いちじくちゃんが、向いていないなら。ゆめもアイドル向いてないよ。歌も踊りもぜんぜんだもん」
「――そんなこと!」
「そんなことあるよ。だからおぎない合うんだよ。さつきは遅刻多いし。みかは大人の方への態度とかちょっとばかり問題あるしね」
「んー……んーー……、ちょっとばかり?」
「あはは。すごく」
そう笑い返すとゆめは立ち上がる。
かつん、かつん。と非常階段の床に靴底が当たるたびに音がする。
「ゆめはね! アラカルで、いまの四人でデビューできて、すっごく楽しい! みんな別々にスカウトされてきたでしょー? だから初顔合わせのときはすっごく緊張したし、心配だった。仲良くできるかなーとか」
「そうでしたね。私もすごく緊張してました」
「でも仲良くなれたよね!」
「……なれてますか?」
「なれてるよ! だって、ほら! 見て?」
ゆめは中腰になって、いちじくと目線を合わせる。
そうして指さしたのは、いちじくの手にしたスマホの画面。
開かれたままの音楽プレイヤーには、デビュー曲のジャケット絵の四人の姿があった。
指先を滑らせて、画面をスライドしていく。
二枚目、三枚目……。
リリース順に表示が切り替わるたびに、様々な衣装に身を包んだ四人の画像が切り替わっていく。
比べてみれば、ぎこちない表情だった四人が、徐々に自然な笑みに変わっていくのが見て取れた。
「ね? いちじくちゃん。すごく自然に笑ってる。ゆめも、だけどね」
ゆめの言葉を聞いて、いちじくは、そうですね。とつぶやいた。
「私もいまの四人で良かった、です。じゃなきゃ、続けられなかったかも」
「でしょでしょ? ゆめもだもん。だから、人見知りは卒業して、もっといちじくちゃんのことを聞かせてよ」
そう言ってゆめは手を差し伸べた。
いちじくはその手をしっかりと掴んで起き上がった。
□ À la quartette □
フェイクレザーであしらわれた衣装。スパイ服をイメージしたハードな服装は見た目のスポーティーさの通り、運動をするには長けている。
そんな衣服に身を包んだ四人は、いつも通り、カメラを向けられているが、それとは別に各々ヘッドギア型のカメラを装着している。
「ムリムリムリムリムリ! 高い! 怖い! ゼッタイ落ちる!! プロちゃん! 私っちだけはスタントにかえて~~」
「まさか、パルクールに挑戦するなんてね~~」
いちじくの指定したミュージックビデオの舞台は廃工場だった。
剥き出しの鉄筋コンクリート、吊り下げられた錆びたアンカー。仕上がったロックなナンバーにもマッチするその環境。
そして工場の多様なギミックは、パルクールを実践するにはもってつけだった。
「さつきちゃんは西側から、あっちのほうまで行ってターン。そこで交差するようにゆかちゃんが入る。いい? ゆめといちじくちゃんは対面からの撮影ね!」
ゆめの指示で、メンバーは配置につく。
***
「工場マニアぁ!?」
みかの声が会議室にこだまする。
「あの、これ見てほしいんですけど。すごいんですよ、この工場がマニアのなかでは有名で、船で向かうんですけどね。あ、あとこっちもですね……」
ゆかに連れ戻されたいちじくが、意を決して提案したのは日本にある有名な工場の撮影スポットだった。
いちじくの『好き』は廃工場を巡ることだった。
そして語りだしたいちじくは、止まることがなかった。
***
「乙姫さん! 息があがってますよ」
「いちじくちゃん……、タフだね。まだまだ、ゆめも負けないから!」
ところどころ穴の開いたトタン屋根の下、撮影用のライトの輝きを浴びながらのアラカルの五枚目のシングルのMV撮影が始まった。
(完)
ア・ラ・カルテット ~いちじくの好きなもの~ 甘夏 @labor_crow
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