夏に鳴くなきがら 4 完
帰宅の途についても、頭の中は熱が冷めないでいた。
エアコンをつけ、一度大声を出すと、押入れの折りたたみ式の扉を蹴飛ばした。一蹴した場所が凹み、賢人の方へ倒れてきた。
扉を抱きとめたこのとき、賢人はようやく我に返った。
……扉を壊してしまった。自分で直さなければ……。冷静に、冷静にならなければ……。愚かなことをしてしまった……。
結果、自分で直せたものの、扉は破損し床にも傷がついてしまった。
俺は何がしたい。どう生きたい。
眠れぬ深夜に、ふとその思いが芽生えた。
小説家になる、と意気込み田舎から飛び出してきてから、五年以上は経つだろうか。
専門学校で数少ない友人ができたが、今は音信不通だ。
小説を投稿しても落ちるばかりで、結果が実ったことはない。
このまま落ちぶれて、部屋の染みにでもなってしまうのか。
「うるせえんだよ、クソババア!」
取り返しのつかないことをしてしまった。その後、工場の人たちはどうしたのだろう。
仕事を辞めたところで、小説は完成しない。小説家になれるわけでもない。
今後どうしていこうか、誰かの役に立とうという決意もなければ、どこぞの会社に貢献していこうという決心もない。
だとしたら人間駆動の社会で、外れた一部品、あるいは壊れた歯車になってしまう。
溜め息をつきながら側臥する。
あくびによるものか、悲しみの涙か。
賢人の目には滴が浮かんでいた。
昼まで寝た重い身体を起こし、眠気覚ましにいつものコンビニへ挽きたてコーヒーを飲みに行った。
生活費に困窮するのは必然であろうと、賢人はのん気に苦い飲み物を求めた。
セミがひっきりなしに鳴く並木道を歩く。
途中何度か、セミの死骸を見つけた。それをアリの大群が運んでいる。
命の理に従い、生きているだけの虫と人間とでは、見かけや知性、大きさなどと比較しても、全く別の生き物に違いない。
アリに運ばれていくセミが、やがて越冬の食事になる様を想像し、賢人は自分の憤懣やる方なく行使した力の暴走に、知性の欠片もない欲のまま動く、単なる生物のような本能を見出した気がした。
町の片隅で、失いかけた夢を追い、生きていくためだけに、身体を酷使して薄給を稼ごうとするには、戦わなければならないことが山ほどあり、先日その戦いに敗れた。
黒い粒のような虫たちに運ばれゆく、夏だけに鳴く羽虫――。
社会の隙間に埋もれ、そこで朽ち果て跡形もなく消えていく。
そんな自分の末路が容易に想像できた。
うだるような暑さに、今はアイスコーヒーだ。
思うがままの自分は一体誰か、そしてどこへ行くのか。
頭上には暑さをふりまく光の球が、雲一つない空にギラギラと輝くのみだった。
了
夏に鳴くなきがら ポンコツ・サイシン @nikushio
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