勇者への督促状

草上アケミ

あの旅からもう数ヶ月が経った

拝啓

  人類を滅ぼさんとした魔竜を打倒せし勇者


 厳しい寒さも和らぎ、冬蒔きの小麦が芽生えを迎える今日この頃、如何お過ごしでしょうか。

 流行りの風邪で我が医院はこの冬多忙を極め――お伝えしていませんでしたが、あの旅の後、私は故郷にて小さいながら病院を開きました。貴方との旅の経験のおかげで、腕がよいと評判になっています。そのせいでなかなか筆も執れず、気付けばもう百日余りの時間が過ぎていました。

 本来ならば、もっと早くに連絡をとるべきでしたが、貴方が行方知れずになっていたこともあり、思いの外手間取りました。別れたときもそうですが、貴方はもっときちんと愛想と礼儀に気を遣いましょう。軍属だったと知って、軽く目眩がしたのはつい三日前のことです。


 さて、察しの悪い貴方のことなので、どうしてこんなに堅苦しくて気持ちの悪い文を送りつけられたのかさっぱり理解していないというのはお見通しです。戦局を読むのは得意なのに、行間が読めない貴方がここまでに散りばめられた皮肉に気付いていないのもお見通しです。軍で昇進するためにも、もう少し座学と政治を学んだ方がよいかと思います。

 そもそも、どうして行方知れずになった筈の貴方に私の方から接触を図ることが出来たのか、それを知りたいでしょう。

 貴方は突如私達の前から姿を消し、活躍のみが伝聞で届きました。皆、貴方の行方を追うことを早々に諦めてしまいましたが、私は一人、言葉足らずな貴方を追って方々探し回りました。ですが、退却上手な貴方に追いつける筈もなく断念しました。


 そこで、やり方を変えることにしました。貴方が捕まえられないのならば、貴方を捕まえられる人を見つければよいだけのこと。方法はごく単純で、貴方が蛇蝎の如く嫌っているあのご婦人を頼りました。時間は掛かりましたが、貴方の上司にあたる人物に連絡をとってくださいました。どなたかは明言しません。本人から口止めされているので。

 人の好みはそれぞれなので、あまり口出しすることではありませんが、彼女はそんなに悪い方ではありませんよ。私を人質にとって、無理やり貴方に命令したことについて、思うところがないというのは嘘になりますが。しかし、後日、瀕死の状態の貴方を救うために尽力してくださったのも彼女ですし、あのときの治療費を全て請け負ったのは、貴方に借りを作るためだけではなかったと思います。


 そう、治療費! それこそ今回の手紙の主題です。

 旅の最中、貴方の治療に掛かった費用をまだ受け取っていないので、可及的速やかにお支払いをお願い致します。

 俺は別に治してくれと言っていないし、ぬしが勝手に治療していただけだろう、等と今呟きましたね。何回も言いますが、貴方の日頃の浅い考えはお見通しです。突然いなくなったことだけは浅すぎてひっくり返るほど驚きましたが。

 それでは逆にお聞きしますが、盗賊に襲われている子供や、重たい荷物に潰されそうな老人が目に入ったとき、貴方はどうしましたか。立場とか、使命とか、善悪とか、全く考えずに助けていましたよね。それで困ったことになったとしても、絶対にやめませんでしたよね。事の終わりに、助けた相手の首を落とすようなことになっても、呪詛を吐かれても改めませんでしたよね。

 貴方が呆れ果てるようなお人好し――と言うと語弊がありますね、どちらかというと傲慢が過ぎる間抜けのように思えます――であるのと同様に、私も怪我人を放っておくような薄情な医者ではないのです。いや、むしろ、医者がついていて尚、己の身体を疎かにして傷だらけになって戦い続けた貴方が悪い。


 分かりやすい罠にはまって吹き飛ばされる、相手の実力を見誤って脇腹に穴を開けられる、麻痺した四肢にナイフを突き立てて無理やり動かす、大技の使いすぎで疲労骨折、人質がいるからと一方的に殴られる。己の損耗を度外視しすぎです。

 世間一般から見て、確かに貴方は飛び抜けて体力と回復力がある、それは事実です。折れた腕が三日で完治する患者は貴方が初めてです。ですが、それでも不死身とはほど遠い。実際、一時死にかけていましたからね、貴方。彼女が病床の世話をしてくれなければ、本当に死んでいましたよ。

 あの時は、私が知っているだけでも脈が二回とんでいました。目が覚めたときに息苦しかったでしょう。実は、心臓が止まったときの蘇生施術で肋骨を何本か折りました。骨をきちんと繋ぐまで私の体力が保たなかったことについては、謝ります。すみません、力不足でした。ってなんで俺に謝らせんだよクソ勇者。どう考えても十割テメェが悪いだろうが。

 全身打撲に出血多量、右目に至っては失明寸前。手足が繋がっていたのが全く喜べんくらいの骨折箇所。一部開放骨折。よくもまあ、あの状態から回復したな。


 終始気色悪い文章を送りつけてやるつもりだったが、そんなことをしてもテメェはどうせ意図を一割も分からねぇだろうからここからは本音でいくぜ。

 いいからとっとと金を払え。請求書は同封している。先に言っておくが桁は間違えてないぞ。破り捨てようが焼き捨てようがまだ写しは残っているからな、いくらでも送りつけてやる。まあ、勇者ともあろう男が、そんなせこいことをする訳がねぇよなあ。

 払えないとは言わせねぇぞ、テメェの年収は調査済みだ。若いくせに結構貰ってんだってな。ざっとテメェの給料三年分ってところか。分割払いまでは許してやる。


 文句があるなら顔出しに来い。テメェの足りない頭でも理解できるまで説明してやる。

 おっと、間違っても酒は持ってくるな。テメェの酒癖の悪さで何回俺が殺されかけたと思っていやがる。人の口に酒瓶を突っ込むんじゃねぇよ、マジで死を覚悟したわ。素面でなら飯に付き合うが。

 お前、料理するのも好きだったよな。久しぶりに一緒に鍋をつつくのも良さそうだ。硬貨一枚もまけてやるつもりはないがな。


 夏になるまでに返事を寄越せよ。また請求書送るからな。桁一つ増やして。


敬具

  テメェの主治医にして友


追伸  テメェの服の切れ端渡されて、死亡宣告書書かされそうになった。ふざけんな。死体見るまで俺は信じねぇからな。



――後日、暖炉にくべられた手紙の切れ端が病院で見つかる。 

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