第9話 願い

私達はその後、沢山の場所を一緒に出掛けた。高校生だから行ける所も少なかったけれど、それでも私達は昔のように毎日遊びに出掛けた。桂が高校を卒業した後、少しの間、魔法の小屋の2階で同棲生活をさせてもらえることになった。

私達がそんな同棲生活にも慣れてきた、ある日の事。

「18歳のお誕生日おめでとう。桂」

今日は3月12日。桂の誕生日だ。私達は、秋人さんにお願いして魔法の小屋を貸し切りにしてもらって2人だけの小さなパーティを開いた。

「はい、これプレゼント。」

私はカウンター席で隣に座っている桂に包装された箱を渡した。私は、今まで使わずに貯めていたお金で少しだけ背伸びした高い時計をプレゼントした。時計にはという意味があるらしい。私は、もう残り僅かしか一緒にいられないけど、あなたと同じ時間を刻みたかったという少し未練がましい気持ちをこめて送った。もうすぐいなくなる恋人にこんな物をもらっても迷惑かもしれないけど、それでも私は桂に感謝の気持ちも込めてプレゼントを渡したかった。

「ありがとう。」

桂は世界一幸せそうな顔をしながらすぐに時計をつけてくれた。

「……月樹、実は頼み事があるんだ。」

隣の席に置いてあるカバンの中から、紙と小さな箱を取り出した。

「何?出来ることならなんでもするよ。」

桂は席を立ち、私の目の前にひざまずいた。そして、小さな箱を開けた、中には指輪が入っていた。この状態は、まさにドラマでよく見るプロポーズのシーンのようだった。

「……雨夜月樹さん、僕と結婚してくれませんか?」

「えっ……」

私は驚きのあまり、固まってしまった。でも自然と涙だけは零れ落ちていった。こらえようにもこらえられなくて桂の顔もまともに見られないくらい涙があふれてきた。その涙を止めようと手で何度もぬぐったけどそれでも涙は止まらなかった。

「…は…はい。こちらこそ…よろしく…お願いします。」

私は顔を手で覆い隠しながら答えた。桂はその手を握って、顔から手を離して、私の顔を見た。そして優しく唇を重ねた。

「月樹、泣かないで。月樹には笑っていてほしい。」

そんな事を言っている桂も泣きそうな顔をしているように見えた。

その後、私達は婚姻届けを出しに役所に向かった。桂があらかじめ、私達の両親には許可をとっていてくれた。そして、

2021年3月12日、私達は結婚した。


記念に写真を撮った後、カフェに帰り後片付けをしていた。

「今日からは雨夜桂葉って名乗らないとね。」

「でも、良かったの?嫁入りじゃなくて婿入りで、桂のお父さんとお母さん反対してなかった?」

「大丈夫だよ。僕は兄弟いないけど、いとことか沢山いるから気にしなくていいって言ってくれたし、何より僕が月樹と結婚した事を出来るだけ多く形に残したかったから。」

後片付けが終わると、私の体は重くなっていき、眠気に襲われた。桂は私を布団のある和室部屋まで連れて行ってくれた。クロに会ってから眠っている時間が増え、起きている時も常に疲れている状態で体力も落ちていき長時間動く事が難しくなっていった。

「月樹、おやすみ。明日は月樹の17歳の誕生日をお祝いしようね。」

「……うん。」

私はそのまま夢の中に沈んでいった。


私はふと目が覚めた。隣では桂が幸せそうに眠っている。私は近くのスマホをとり、今の時刻を確認した。3月12日の23時55分あと少しで桂の誕生日が終わる。そして3月13日、私の誕生日になる。私は、何十キロも重りがついたような体を、なんとか動かして押し入れの中を探した。そして小さな箱を取り出した。この箱には私の寿命が書かれた紙が入っている。桂もこの事は知らない。桂には原因不明の病だと言っている。クロと別れてから、私は紙と指輪を箱に入れて、押し入れの中にしまった。もし、寿命が縮まっていたらと思うと怖くて見る事が出来なかったのだ。私は箱から紙を取り出して、後何日生きられるのかを確認した。紙には残り19日と書かれていた。私は手に持っていた紙を床に置き、箱に入っていた指輪をはめた。そしてそっと桂が起きないように桂の近くに移動した。

「私、桂に出会えて本当に良かった。桂のおかげで知らなかった幸せを沢山もらえた。ありがとう。こんな私を好きになってそばにいてくれてありがとう。……」

私は涙があふれて、声が上手く出せず絞りだしながら桂に気づかれないように小さな声で喋った。

「……生きることをずっと絶望みたいに感じていた。なのに……生きたいって、あなたに会ってもっとそばにいたかったって思うようになった。………私に希望を持てる力や強く生きる力があれば、もっとはやくあなたに会えたのかな。……そんなないものねだりしても意味ないよね。……」

私は、桂のおでこにそっと唇を当てた。

「桂、いつまでも愛してるよ。」

私は願いを叶えてくれる指輪をつけている左手を右手で包み、祈るようにして目をつむった。

「……私、雨夜月樹の存在をこの世から消してください。」

そう言葉にすると彼女は指輪だけを残して消えていった。床に置かれた紙にはもう彼女の名前は書かれていなかった。紙には大きく願いを叶える指輪とその下に小さく1文だけ記されていた。


『契約者の寿命を代償に願いを叶えます。』

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紙と指輪 奏 そら @steru0101

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