第8話 ひとりごと
文化祭当日。私はほぼ新品のような制服に袖を通した。他校の文化祭なので制服で行く必要性はなかったが、せっかくなら高校生気分を味わいたいと思った。桂には行くと伝えているが、そんなに長居するつもりはなかった。桂も土曜日はクラスの催しで忙しいと言っていたから、会うことはないだろう。電車とバスを乗り継ぎ、桂が通っている高校にまでたどり着いた。こんなにも人がいる場所は久しぶりだった。ここにいる人は皆まぶしくて、楽しそうで私だけが異端者のように感じた。私は校門前まで来て足がすくんでしまった。あと一歩そのたった一歩が踏み出せなかった。立ち止まっていたら人とぶつかってそのまま膝から崩れ落ちてしまった。
「ごめんなさい。大丈夫。」
ぶつかってしまった女の人は私に手を差し伸べてくれた。でも、周りの視線に耐えられなくて私はその人の事を無視して逃げてしまった。私はそのまま、何も考えずただ歩き続けた。そしてたどり着いた場所は魔法の小屋だった。今日は桂の文化祭に秋人さんも行くのでカフェは休みになっていた。2階には今は誰も住んでいないので、魔法の小屋には今はだれもいない。私は、持っていたカバンのなかから鍵を取り出した。祖父が生前私に鍵を渡していてくれた。私はその鍵をずっと形見のように大事に持っていた。ドアを開けると誰もいない店内は暗く静かだった。私はそのまま2階に上がり和室部屋に行った。私はそこで力つきて倒れるように眠った。
どこからか軽快な音が流れるのが聞こえた。私は重い体を起こし、カバンの中からスマホを取り出した。
「……もしもし。どなた様ですか?」
私は目をこすりながら、力のない声で電話をとった。
「月樹!良かった。なかなか電話にでないから、何かあったのかと思ったよ。」
「あぁ、ごめん。眠っててでれなかった。」
「寝てたってことは月樹、今家にいるのか。」
「うんうん。魔法の小屋にいるよ。」
「分かった。今から迎えに行くから待ってて。」
「いいよ。1人で帰れるから。」
「傘持ってるの?」
私はふと窓の方を見た朝来た時とは違い暗い中で雨が降り続けていた。
「……持ってないです。」
「了解。すぐ迎えに行くから。」
「ごめんね。ありがとう。」
私は電話を切ると、部屋の明かりをつけようとスイッチを探した。目にはいってのはスイッチではなく、祖父の仏壇だった。祖父が亡くなってから私は一度も祖父に話しかけたことはなかった。私は仏壇の前に座り、目をつぶり手を合わせた。私は目をあけて、おじいちゃんの写真を見た。
「おじいちゃん、お久しぶりです。私、おじいちゃんにずっと謝りたかったんです。ごめんなさい。最後までそばにいてあげられなかったこと、今日までずっと会いに来なかったこと。ずっと謝りたかったの。ごめんなさい。今更、遅すぎるっておじいちゃんは怒るかな。」
私はその後も今まであったクロとの摩訶不思議な出会いや出来事を話した。
「……おかしな話でしょ。でも、本当のことなんだよ。」
私はだれも返事をしないのに1人、喋り続けた。ふとずっと口にするのを恐れていた事をおじいちゃんに聞いてほしくなった。
「おじいちゃん、私もうすぐでそっちに行くんだ。やっと会えるよ。ずっとおじいちゃんに会いたかったんだ。だから……もう少し待っててね。」
その時重い何かが落ちる音が後ろで響いた。私は驚き、後ろを振り返るとそこには放心状態の桂が立っていた。
「桂、いつからそこに……」
足音がしなかったから気づかなかった。雨音でかき消されてしまったのだろう。いつもなら気づくから油断していた。
「……どういうこと。…僕の聞き間違いだよね。月樹が死ぬって。冗談だよね。」
桂は声がふるえながら、そうであってほしいと願うように私に問いかけた。私は何も言えなかった。本当の事を言わず、このまま桂とは離れるべきなのかもしれない。でも、桂にこれ以上嘘をつくのは私が耐えられない。私は立ち上がり、下を向いている桂の手をとった。
「桂、私は後1年も生きられないの。」
私は自分に言い聞かせるように淡々と感情をこめずに言った。桂は下を向いたままだった。
「月樹、少しだけ抱きしめてもいい?月樹が生きている事を実感したい。」
桂は弱々しく私に尋ねた。私は両手を広げて
「いいよ。」
と言った。桂は私の事をそっと抱きしめた。少しの間私達は何もしゃべらず涙を必死にこらえていた。
「月樹……」
桂は離れた後、片手で私の顔に触れたて私の瞳をじっと見た。私はその真剣なまなざしに目が離せなかった。
「月樹、好きだ。……こんな時に言うことじゃないかもしれないけど、でも月樹と少しでも長くそばにいたい。……月樹、僕と付き合ってくれませんか?」
桂は笑顔で、泣きそうなのを我慢して絞り出した声で告白してくれた。
「私も桂の事が好き。…こちらこそよろしくお願いします。」
私も笑顔で、桂と同じくらい泣きそうな声で返事をした。桂はもう1度私をそっと抱きしめてくれた。さっきまでしていた雨の音が聞こえなくなって、あたりは暗く静かになった。今、この世界には私達2人しかいないのではないかと思ってしまう。
「そろそろ、帰ろっか。」
桂はそう言うと私の頭を撫でた。
「……今日はここに泊まるよ。もう帰れる力が残ってないから。」
私は目が開けられないぐらい重い瞼を無理やり開けながら答えた。
「分かった。秋人さんに迎えに来てもらうから、月樹は寝てていいよ。」
桂はすぐに秋人さんを呼んでくれた。私はほとんど寝かけていて、体を動かすことも出来なかった。そんな私を桂はお姫様抱っこで車まで運んでくれた。そのあたりで私は眠ってしまいその後の記憶はなかった。後から両親に聞いた話では桂は部屋まで私の事を運んでくれたらしい。
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