魔王と勇者の転生物語

奏 そら

本編

 「やっと、見つけた!そんなところでサボってないで、稽古しましょうよ!」

森の奥深くに入り、どこにでもあるような普通の木の枝に寝転がっていたただの村人のヒロ。そのヒロを追いかけて来たのが、新人騎士のマオだった。

「何でここが分かるんだよ。こいつ、本業は騎士じゃなくて俺のストーカーだろ。」

ヒロはマオに聞こえないように小さく呟いた。

「何度も言ってるけど俺はやらない。お前だけだぞ。まだ、諦めてないの。他のやつはもうとっくに諦めてる。」

下で腰に手をかけているマオを見ながら、声を張る。

「諦めるわけにはいきませんよ!だって、私たちを救えるのは勇者様しかいないんですから。」

一つ結びにされた長い髪が風に揺られる。

「だから、俺は勇者なんかじゃないって言ってるだろ。」

ヒロはマオの目の前に降りた。マオはヒロの肩ぐらいの身長で騎士とは思えないくらい体は細かった。ヒロは細身ではあるが全体的に普通の体型だ。 

「そんなに勇者が欲しいんならお前が勇者になればいいだろ。お前ならなれるさ。」

腰に左手を当てて、右手はマオの肩に置く。

「また、適当なことを言わないでください。そう簡単に勇者にはなせません!それに、第一私は女です!女が勇者になんかなれません。」

マオは下から見上げる形でヒロを睨む。

「別に女にだってなれるさ。なれないって決めつけてるのは神じゃなくてお前自身だろ。それに、勇者には俺だって簡単になれねぇよ。」

視線を合わせないように斜め下を見ながら、右手は無意識のうちに首を触っていた。

「俺だってお前と同じ人間なんだよ。」

マオの顔を真っ直ぐにヒロは見る。マオは何も言い返さず、下を向いて黙っていた。ヒロは静かにマオに背を向け、森の出口へと向かった。

「どこに行くんですか?稽古はどうするんですか。」

少し離れてからヒロがいなくなっていることに気づいて顔を上げて、呼び止めようとした。

「お前がうければいいだろ。俺は嫌だね。」

ヒロは振り返らずに片手を振った。マオはヒロに向かって走るが、それと同時に木の枝に飛び、次々と他の木にも飛び移り見えなくなっていった。その身のこなしは普通の人間には見えなかった。


 ヒロは一度木の上で立ちどまり、後ろを振り返り辺りを入念に観察する。

「いないみたいだな。」

マオの姿が見えないことを確認すると、地面に下り歩き始める。 

「せっかく絶対に見つからないと思って森の奥深くまで来たのに。はぁ。またサボり場所を探さないといけなくなったな。」


 俺が勇者と呼ばれているのは辺境の村に七月七日に生まれたからだった。本当にそれだけだ。俺は七月七日という呪われた日に生まれれしまい、さらにはその日に生まれたのが何故か俺だけだったという悪運を引いてしまったのだ。社畜みたいな男女が唯一会える日が何故そんなに悪いか。それは俺が死んだ日でもあるからだ。俺はこれで三回目の人生になる。一回目は地球ってところで普通の社畜社会人をしていて幸運なことに若くして交通事故で亡くなった。社畜から解放されたと分かった時は嬉しかったな。二回目はこの星に生まれた。所謂異世界というやつだ。剣と魔法の世界。よくある設定の世界だ。その世界で俺は優秀な家系の優秀な才能を持った優秀な人材として生まれ変わり、それなりに与えられた役を全うした。役どころとしては勇者だった。魔王の役どころを与えられた奴も一応倒した。そんな輝かしい俺の経歴も病気には勝てなかった。不治の病にかかり、これまた若くして死んだ。その死んだ日が七月七日だった。で、また二回目と同じ世界に生まれ変わったんだが、神のお告げかなんかで、七月七日に勇者が生まれるとかよく分からないことをよく分からないやつがほざいたせいで、勇者だとか祭り上げられたってわけだ。


 「とりあえず、今はまたあいつに世話になりに行くか。」

ヒロは森を走りぬけ、都市部に向かった。


 「よっす。調子どうよ。」

平日の昼間、ほとんど人通りのない場所にある店のドアを開くと店長が厨房でグラスを拭いていた。

「いらっしゃいませ。って、おまえかよ。また、見つかったのか。」

グラスを拭くのを一瞬止めたが、ヒロだと分かったらまた拭き始めた。

「まぁね。あいつ、おれのこと好きなんだよ。」

ヒロはカウンターテーブルに手を置く。

「自意識過剰は嫌われるぞ。」

「事実かもしれないだろ。」

ヒロは店内を見渡す。

「それにしても、今日もこの店は閑散としてますね。」

「酒飲む店が昼間に賑わってたらこの国も終わりだよ。」

「それはそうだな。」

視線をカウンター席の上に書かれているメニューに向ける。

「じゃあ、とりあえずビール。」

「未成年に提供できる酒はありません。」

間髪入れず店長は突っ込む。

「ちぇ、ケチ。それなりに広い店になったんだから、心も広く持てよ。」

「そのせっかく広くなった店を無くしたくないんでね。」

「じゃあ、オレンジジュース。」

「相変わらず、子ども舌だな。」

「まだ、酒も飲めない子どもなんでね。」

酒を売る店なのに、すぐにオレンジジュースを出す準備を店長はし始める。そんな店長を横目にヒロはカウンター席の端っこに座る。

「こんなにガラ空きでもそこなんだな。お前は。」

「ここがいいんだよ。それにここだったら暇そうにしてる店長の顔も見えるからな。」

いたずら顔のヒロに、真顔で何の反応も店長は示さなかった。

「それよりも、お前これからどうする気だよ。」

「また、その話か。どうする気もないさ。適当に生きて適当に死ぬ。」

この国の人達はヒロが勇者になる気が全くないことがわかったら早々に諦め、城から追い出した。今はこの店に居候として住まわせてもらって、のらりくらりと生きている。

「普通。お前くらいの歳は目を輝かせて明日を見るもんだろ。」

店長は厨房からオレンジジュースをヒロの目の前に置く。

「期待しても期待通りにいかない。なら、最初から期待せずに生きる。その方が俺は向いてんだ。」

ヒロは置かれたオレンジジュースを勢いよく喉に入れる。

「時々、本当にお前が勇者か何かの生まれ変わりなのかと思うよ。」

(俺は生まれ変わりたくなんかなかったよ。せめて、記憶なんかないまま、生まれたかった。)

オレンジジュースを見つめる。

「そんなわけないだろ。」

顔を上げて店長を見てヒロは笑った。

「それもそうか。」


 夕方になるにつれ、店内は賑わってきた。

「店長。今日は店手伝えないわ。すまん。」

忙しそうに厨房で作業をしてる店長に声をかけ、立ち上がる。

「全然いいけど、珍しいな。」

店長はヒロが飲み終わったグラスを回収する。

「まぁな。勇者様は忙しいんだわ。」

ヒロは捨て台詞と共に店を後にした。

「都合いい奴だな。」

ヒロの後ろ姿に言葉を投げ捨てる。


 ヒロはマオから隠れるために逃げてきた森の奥に、また来ていた。山の上の方にある高い木に登る。

「着いた。はぁ。やっぱこの体だときついな。」

顔に流れる汗を拭きながら木に手をついた。

「久しぶりに来たけど、やっぱいいな。この景色。」

都市の壁の更に先にある山に隠れていく夕陽と都市全体を見ることが出来るこの場所からの景色は圧巻のものだった。

「そう思うだろ。ストーカー。」

夕日を眺めたまま、どこかにいるであろう人物に言葉を投げかける。

「だから、私はストーカーじゃないですから。」

マオは、少し離れた木にヒロ同様登り景色に圧倒されていた。

「知らないかもしれないですけど、許可も得ずに人の後を追うことをストーカーと世間一般では言うんですけどね。」

木の枝に腰掛け、太ももに肘をついて文句を垂れる。

「話しかけてる私を無視している勇者様も無礼者だと思いますけど。今回は、勇者様も私に話があるみたいですね。」

マオは木の枝を次々に飛び移り、ヒロが座っている木の枝にたどり着く。

「よく分かったな。」

「分かりますよ。いつもは私のこと、簡単にまくのに今回はここに来るまでに何度もついてきてるか後ろを振り返って確認してたの気づいていますからね。」

強い風が吹いた。二人は微動だにせず、ヒロは景色をマオはヒロをじっと見ていた。

「魔王様なだけあるな。」

風が止み、沈黙が流れた後マオの方を鋭い視線で見た。

「急に何を言ってるんですか。私が魔王なわけないじゃないですか。」

マオはヒロから視線を外し、ほぼ沈んでいる夕日を見る。

「まぁ、正確には魔王の生まれ変わりだろ。俺が気づかないとでも。お前と幾度となく戦ったから、お前と一度手を合わせた時にすぐに気づいた。力や身のこなしは身体の影響もあって変わったんだろうが、癖だけは変えられなかったみたいだな。」

ヒロはマオの横顔を見つめる。

「それはそうか。手合わせをした時、我も気づいたのだから、お前も気づくに決まっているか。」

マオは頭をかく。

「それで、単刀直入に聞くが、何で俺をまた勇者にしたがる。お前の立場なら普通、すぐに俺を殺すはずだろ。俺はお前を殺した張本人だ。」

マオは地面に落ちている枝を魔法で引き寄せ、剣の形に変えた。その剣をヒロの首すぐ近くに突き刺す。

「殺して欲しいと願っている奴を殺しても復讐にならんさ。」

ヒロは微動だにしなかった。

「気づいていたのか。」

ヒロがまだ勇者として騒ぎ立てられていた時、マオは訓練所になかなか来ないヒロを無理矢理引き連れて手合わせを強要した。マオは逃げられると思っていたが、すんなりとひろは受け入れた。手合わせをしてヒロはマオが魔王であることを確信したため、あえてマオに殺されるように仕向けていた。結局は殺されなかった。

「まぁな。最初は鍛錬不足のせいかと思ったが、一瞬お前の顔が笑っているのが見えて気づいたんだ。」

「流石の観察力だな。」

ヒロは立ち上がる。

「お前は何で勇者を嫌がるんだ。前の時は勇者を快く引き受けていたじゃないか。」

マオは剣を元の姿に戻して、その枝で空を何度も切っていた。ヒロはじっとマオを見ていた。なかなか返答が来ないので、マオは横を向くとヒロと目が合った。

「なんだよ?」

マオが疑いの目を向ける。

「面倒なだけだよ。勇者っていう重苦しいものを背負うのが。」

ヒロはマオから視線を逸らし、ほとんど沈んでいる太陽を見る。その様子に、マオはヒロに疑いの目を向け続ける。

「逆にお前は、なんでそこまでして俺を勇者にしたがるんだ?」

「それは、お前が勇者になってくれないと面倒だからだ。」

「むしろ、俺を勇者にさせようとする方が面倒な気がするけど。」

今度は、マオが暗くなっていく世界をヒロが疑いの目でマオのことをじっと見つめる。都市部は暗い中でも綺麗な灯りで輝いていた。そこから、少し視線をずらし森の方を見た。その時、一瞬だけ火のようなものが見えた。

「あれは。」

マオは、空を蹴って急いで都市へ向かった。

「おい、どこ行くんだ?」

ヒロも同じようにしてマオを追いかける。


 二人は、都市を囲む壁から火が見えた方向を見下ろしていた。

「あれは隣国の軍隊。」

魔法で肉眼では見えないような距離にいる人の群れを見つけた。その群れの中にいる人間は大半が隣国の軍服を着ていた。

「でも、どうしてここに奴らが。国境や他の村を経由しないと来れないはず。」

ヒロは顎に手をあて考える。

「群れの後方で深くフードを被っている奴を鑑定してみろ。」

鑑定魔法はほとんどの人は魔力値しか見れないが、ある程度極めるとほとんどの個人情報を見ることが出来るようになる。

「王弟。裏切りってことか。」

「奴がここまで彼らを誘導したんだろうな。」

「その悪知恵を是非とも、王様を支えることに使って欲しいもんだよ。」

「そうだな。」

マオは、首にかけていた指の長さぐらいの小さな筒状のものを取り出す。その筒を口に加え、息を入れる。音は鳴らなかった。正確に言えば、人間には音が聞こえなかった。

「お前、何をする気なんだ。」

ヒロは、マオの笛を持っている方の腕を掴み、吹くのをやめさせる。

「我にも分からん。」

マオは上空を見ていた。すると、遠くの方から飛行物体が次々に現れてきた。

「おい。空を見ろ。」

「ねぇ、あれって。」

「嘘だろ。」

外で動いていた人は立ち止まり空を見上げ、家の中にいた人は窓を開け外の景色を見て固まってしまった。

「ドラゴンだ。」

誰かがつぶやいた。

「分からないって、何言って」

ヒロはマオに向かって言葉を投げかけるが、マオの目の前に降りてきた人物に、驚き言葉が止まった。

「お久しぶりです。魔王様。」

魔王の側近であるシュエイが跪き、片手を胸に当てる。

「久しぶりだな。」

マオは、髪をほどきシュエイが持っていたローブを着てフードを深く被った。

「魔王様、隣にいる人間は新たな駒ですか?」

シュエイは、ヒロに視線を向ける。

「ただの捨て駒だ。」

マオはその言葉と同時に風の魔法でヒロを吹き飛ばした。廃墟となっていた家に飛ばされ、廃墟はヒロがぶつかったことにより崩れた。ヒロは廃墟の下敷きになってしまった。マオは、ヒロの方を見向きもせず飛び去った。


 「危なかった。ふぅ。全く俺じゃなきゃ死んでたぞ。」

ヒロはマオ達の気配が首都から離れたことを魔法で確認した後、瓦礫の中から這い出できた。ヒロの体には傷ひとつついていなかった。ヒロは、飛ばされる直前結界魔法を施していたため無傷だったのだ。

「おい、大丈夫か?」

ヒロの目の前に普段着を着た店長が手を伸ばしていた。

「店長がなんでここにいんだよ。」

差し伸ばされた手を握り、立ち上がった。

「店の近くであんなでかい音な出されたら気になるだろう。」

「ここって店の近くか。」

ヒロは自分の服についた汚れを手で払う。

「ヒロ、これからどうするんだ?」

店長はヒロの瞳を見る。

「まぁ、勇者になるさ。」

ヒロは崩れた廃墟を魔法で綺麗に直した。

「お前、本当に勇者の生まれ変わりなのか。」

今まで、全く魔法を見せてこなかったヒロがいとも簡単に廃墟を直したのを見て店長は驚いていた。

「勇者ってのは後になってから呼ばれるもので、なるものじゃねぇよ。」

ヒロは店の方に歩き出しながら、独り言を呟く。

「つまり、勇者と呼ばれるような功績を残してない若造を勇者なんて呼ぶ奴に碌な奴はいないってことだ。」

今度は、店長にも聞こえるように声を張る。

「その碌でもない奴の言う通りのするのか。」

「いや、俺はその碌でもない奴からあいつを救うために勇者になりに行くんだ。」

ヒロは何もないところからローブと剣を取り出し、ローブは着用して剣は腰につけた。そして、消えた。

「今更、かっこつけてもカッコよくねぇよ。ヒロ。」

店長は店に戻って行った。


 「魔王様、どうしましたか?」

マオは、森の中で隠れていた隣国の軍が帰っていくのを確認していた。

「いや、何でもない。魔王城に戻ろう。」

魔王城は魔物の森と呼ばれる森の中心地に存在している。魔王城に近つけば近づくほど、魔物は強くなっていく。

「魔王様、今回もここで勇者を待っているだけなんですか?」

魔王城の執務室のベランダで森を眺めていたマオにシュエイは聞く。

「そうだね。」

「何故ですか?何故、ここまでして人間を守るのですか?あなたは、見境なくおそう魔物を管理するために魔物の森を作り、何度も人間を救ってきたというのに。何故、悪者になろうとするのですか?」

「シュエイ、お前は好きに生きていいんだぞ。我に仕える必要はない。君だったら一人でも生きていけるだろう?」

マオは。後ろにいるシュエイの方を向く。

「私は、あなた様に幸せになって欲しいのです。今まで何度もあなた様は自分を犠牲にして人間を守ってきました。もう、いいではありませんか。何度も同じことを繰り返す人間など放っておきましょう。」

「確かに、人間は愚かだ。でもそれは人間全てではないんだ。人間の中にいるんだいつも人のことばかりで、自分のことを後回しにして生きるような人間が。我はあんなにも一生懸命、誰かを思いやれる人間を放っておけないんだ。神は彼らを助けてはくれない。だったら、我がやるしかないだろ。」

マオは、ヒロがいるであろう方向をベランダから真っ直ぐに見る。

「魔王様だって。」

シュエイは言葉を飲み込み、マオに上着をかける。


 勇者として大層な軍を率いてヒロは魔王城に向かっていた。

「よく知ってるんですね。魔王城の場所。」

休憩をするため、森の中でもひらけた場所で休んでいたヒロ達。木の木陰で休んでいたヒロに女性騎士が話しかけた。女性騎士の目は鋭くヒロを見ていた。

「まぁ。勇者だからな。」

ヒロは皮の水筒に入ってる水を飲む。

「あなたと魔王が一緒にいたという目撃情報の真偽がつかない間、私はあなたを疑い続けますから。」

女性騎士は堂々とした姿勢と態度でヒロに突っかかる。

「どうぞ、お好きに。」

ヒロは立ち上がり、ここまで運んでくれた馬を労いに行った。その後、すぐに一行は出発して、魔物の森の目の前に着いた。

「ここが魔物の森。」

女性騎士を含め、一行は立ち止まり足を踏み出せず眺めていた。その中でヒロは足を止めずに魔物の森の中へ入っていった。

「ちょっと、待ってください。」

ヒロは女性騎士の声を聞かず、魔物の森の中へ消えていった。一行は仕方がないので急いでヒロの後を追った。

「本当に強かったんですね。」

魔物の森に入ってから次々と現れる敵をほぼ一人で倒している姿に女性騎士は驚きを隠せなかった。ヒロは何も言わず、馬に乗り魔王城にひたすら向かっていく。後ろの軍はヒロに置いてかれないようについてくのに精一杯だった。

「何故、そんなに急ぐんですか。魔物の森は確かに危険ですが、それでもあなたのペースは異常です。」

女性騎士は何度もヒロに問いかけるが、ヒロは無視して足を止めなかった。結局、ヒロのペースについて来れたのは女性騎士だけで他の人たちは随分と後ろで置いてかれてしまった。

「ここが魔王城。」

ヒロと女性騎士は馬から降りて、魔王城の門を見上げる。

「本当に久しぶりだな。覚えてるかイエル。」

ヒロは突然、女性騎士に話しかける。

「イエルって誰ですか?私の名前はトワですよ。随分とだらしがない日々を送っているみたいですね。」

「あぁ、そうだな。俺はどうやらモテるらしい。」

ヒロは、馬の手綱を引いて開かれている魔王城の門を潜っていく。

「それで、イエルって誰なんですか?」

今から魔王に会いにいくとは思えないほど穏やかな会話を二人は交わす。


 「ヒロ?」

魔王城の玉座の部屋で、王の死体の上で立ち尽くしていたヒロに仲間の聖女であるイエルが声をかけた。ヒロの姿は前世のものだった。

「あぁ、帰ろう。」

ヒロは魔王の死体をお姫様抱っこの状態で抱える。

「持って帰るの?」

イエルは怯えていた。

「いや、ここに埋める。」

「正気か。」

大剣を肩に担いだ大男がヒロに歩み寄る。服には魔物の血が全体に飛び散っていた。

「あぁ。」

「では、私が祈りを捧げます。」

イエルは魔王の顔の額に手を当てる。魔王は、お腹を刺されてはいるがそれ以外は綺麗な状態だった。

「普通は燃やすべきじゃないか。埋めたりなんかして生き返ったりしないのか。」

「それは大丈夫です。魔王は生まれ変わることはあっても生き返ることはありません。」

祈りを捧げ終わり、大剣を持っているガタイの方を振り向く。

「はぁ。分かったよ。好きにしろ。」

三人は質素な玉座の間を後にし、豪勢な魔王城の玄関広間に出る。そこには魔物を観察しているローブを着た細い男性がいた。

「ヒューイ、何をしてるの?」

イエルが男性に話しかける。

「魔法使いとして、これからの魔法学を発展させるための研究です。」

男性は観察をやめずに、意気揚々と話す。

「そう。」

イエルはヒューイから少し離れた。

「俺たちは外に行ってるから終わったら来てくれ。」

「分かりました。」

ヒューイはヒロの方を振り返る。ヒロの腕に抱えられている少女に目を見張る。

「もしかして、それは魔王の死体ですか?」

魔王の死体に近づき、覗き込む。

「あぁ。」

ヒューイは顔にかかった髪をどかし、顔を見る。

「これはまた、美しい顔ですね。大人しくしていればただの幼い少女にしか見えませんね。」

「ヒューイ。少し離れろ。近づきだ。」

ヒロの声には少し怒りの感情が紛れていた。今まで、ヒロのそんな声は聞いたことがなかったのでヒューイは驚いて体をすぐに離し両手をあげる。

「流石に、魔王には何もしませんよ。怖いですから。」

ヒロは何も言わず、ただ魔王の顔を見る。そのまま、外に向かって歩き出した。

「とうとうおかしくなったんでしょうか?」

ヒューイはヒロの後ろ姿を見ながら、イエルとガタイに小声で話しかける。

「分からないわ。でも、魔王を倒してからずっとあんな感じなの。」

「まぁ、勇者なんて重荷を背負える器じゃなかったってことだ。」

「ガタイ。仲間に対してその言い方はどうかと思うわ。」

イエルがガタイを見上げる。

「はいはい。」

ガタイは近くに転がっていた魔物の死体に剣をたてる。

「ガタイさん。貴重な研究材料に傷をつけないでください。」

今度はヒューイがガタイを見る。

「はいはい。」

ガタイは剣を回収する。


 ヒロはそっと魔王の死体を地面に作られた穴に埋まる。魔王の死体は時間が経っても綺麗なままだった。

「何でお前は最後、抵抗しなかったんだ。俺を殺すことは簡単に出来たはずなのに。」

ヒロと魔王の戦闘は長時間に渡り、魔力戦になっていた。先に魔力が尽きたのはヒロだった。ヒロは決死の覚悟で魔王に全力で剣を突き刺した。魔王は無抵抗にその剣を受け止め死んでいった。魔王は魔力があったのにも関わらず、何もしなかったのだ。

「魔王。お前は何がしたかったんだ。」

ヒロは近くにあった花を魔王の死体が埋められている土の上に植えた。

「ヒロ。そろそろ帰ろう。このままだとここで夜を越すことになるから。」

イエルが声をかける。後ろにはガタイとガタイに引きづられているヒューイがいた。

「そうだな。」

ヒロは立ち上がる。


「街が見えてきたよ。」

馬車を走らせているヒロの隣に乗っているイエルが後ろに乗っている2人に声をかける。

「やっとか。やっと、ご馳走が食える。」

「私はご馳走より魔物の研究をはやくしたいです。」

「ヒロは何がしたい?」

「とりあえずは、休むかな。」

ヒロは道中で調子を取り戻したのか、普段と変わらない姿に戻っていた。その様子にイエルは安心していた。

「そうだね。私もゆっくり休みたい。お風呂もゆっくり入りたい。」

「さすが、王女様だな。」

ガタイがからかう。

「その呼び方やめてって言ったでしょ。私たちは仲間なんだから。」

「ですが、私たちは魔王を倒すために集まっただけです。これからは別々の道を歩くことになりますよ。」

ヒューイは淡々と話す。

「そうかもしれないけど、仲間なのは変わらないでしょ。私たち、一年以上は毎日一緒にいたわけだし、何度も命の危機を乗り越えてきた仲なんだよ。」

イエルが口を膨らます。

「そうだな。別々になっても仲間なのは変わらない。」

そこから会話はなくなり、街に着くまで馬が地面を蹴る音だけが聞こえた。四人は街門に着くと検問を受ける。馬車を調べるため馬車降りて欲しいと言われて四人は指示に従った。

「何で、検問なんかいるんだよ。俺たちは勇者様御一行だぞ。」

ガタイは馬車を確認している兵士に聞こえるように文句を言う。

「ヒューイ、これは大切なことなんだから文句言わないで。」

イエルがヒューイの方を向き、叱る。

「おかしくないか。わざわざ俺たちを馬車から降ろす必要はないはずじゃ。」

ヒロが三人だけに聞こえるように小声で話す。

「確かに。おかしいわね。」

イエルが同意する。

「一応確認するが、お前の名前はヒロで合ってるな。」

イエルが兵士の態度に文句を言おうと兵士の前に出ようとするが、ヒロがイエルの前に腕を伸ばし止める。

「はい。」

ヒロの言葉を聞くと、周りにいた兵士がヒロたちの腕を後ろに回して縛る。イエルだけは王族のため、縛らず兵士二人が隣に立った。

「何をしてるの。ヒロは勇者なのよ。はやく解いて。」

イエルは声を張り、兵士を注意する。

「イエル様は、私たちは王命に従っているだけです。」

「何を言ってるの。」

「俺たちを捕まえることが王命だって言ってるんだろ。」

ガタイは縛られて跪いた状態で言葉をはいた。その言葉に兵士は全く反応しなかった。

「イエル様は一度、王城に戻っていただきます。他の奴らは牢に運べ。」

兵士たちが、ヒロたちを無理矢理引っ張り牢へと連れていく。

「私がお父様に言ってすぐに出してもらうから待ってて。」

イエルは連れてかれる三人に聞こえるように声を張る。三人は振り返らず、そのまま連れて行かれた。


 「ご馳走が一口サイズのパンと水になるとはな。」

「一口で食べられるのは君だけですよ。」

隣の牢屋でお互いが見えない状態で言い合っている。二人の目の前にはヒロの牢屋がある。

「何でこうなったんだよ。」

ガタイは牢屋に寝転がり上に向かって言葉をはく。

「酷すぎますよ。こんな本も何もない部屋で過ごすなんてたまったもんじゃないです。」

ヒューイは体育座りで縮こまっていた。

「ヒロ、どうする。」

ガタイとヒューイはヒロを見る。ヒロは静かに地べたで食事をしていた。

「とりあえず、俺らが捕まってる理由を知る必要がある。」

「それは、そうですが。何度聞いても誰も教えてくれませんよ。魔法で調べようにも魔法封じの手錠をされていては魔法が使えませんし。」

ヒューイは地面と繋がっている手錠を引っ張る。

「俺らは使えないが。」

「王女様か。」

ヒロの言葉を遮り、ガタイが答える。

「残念だが、イエルも同じ状況だから無理だろう。」

「じゃあ、誰だよ。」

「私ですよ。」

ヒロの後ろから突然、黒猫が顔を出した。

「ポンコツ使い魔じゃねぇか。」

黒猫はここまで透明魔法を使ってヒロがいる場所まで見つからずに辿り着いた。

「ポンコツ野郎に言われたくないです。」

黒猫はヒロの足に乗る。

「何だと。」

「喧嘩はここを出てから好きなだけしてください。それよりもはやく僕たちが捕まっている理由を教えてください。」

ヒューイが前のめりになり黒猫に聞く。

「ご主人様が捕まる前、僕を王女に召喚したので僕は情報を集めるため透明魔法で辺りを捜索しました。」

「前置きはいいから結論を言え。」

ガタイが急かす、黒猫はため息をつく。

「簡単に言うと、王様がイエル様とヒロ様に自分の立場を奪われるんじゃないかと怖がって、ヒロ様たちの罪をでっち上げていました。」

「それを皆、信じたのか。」

ガタイが怒鳴る。

「最初は信じている人は少なく、抗議をする民衆も多かったようですが反逆罪などと適当な罪状で罰せられるようになってから誰もその事に対して口を開かなくなったようです。」

「そんなことありか。」

ガタイは体の力が抜けた。

「権力者が口を揃えればどんなに間違ったことでも正解になるんです。社会を作ってるのは神でもなく人間なんです。」

ヒューイがぶつぶつと呟く。

「どういうことだよ。」

ガタイが文句を言う。

「この世の中は元から誰に作られたかも分からない当たり前を鵜呑みにして生きている人しかいないってことです。」

「言いたいことがあるならはっきりしたらどうだ。」

上半身を起こして壁に向かって言葉を放つ。

「君たちが当たり前を何も考えず受け入れるのが悪いんだろ。」

ヒューイは下を向いたまま、声を張る。

「訳分からない八つ当たするなよ。」

「お前らが今まで、権力者のことを野放しにしたからこうなったんだろ。」

「そんなことばっかり言ってるからおかしい奴だって言われて、一人ぼっちになるんだろう。」

ヒューイはガタイの言葉を聞いて口を嗣む。ヒューイが黙ってしまったので、ガタイが口を開きかけたが、その前にヒューイが口を開いた。

「僕だって好きで一人になってるんじゃない。それに僕はおかしくない。君らがおかしいって言うからおかしくなるしかなかったんだろ」。

ヒューイの声は震えていた。顔は下を向いたままだった。

「おい、ヒロ。ヒューイが壊れちまった。」

ヒロは手を顎に当てて何かを必死に考えている様子だった。

「ヒロ。」

返事のないヒロにガタイはもう一度声をかける。

「確かに、魔王を殺すべきじゃなかったのかもな。」

小さな声で呟いていたが、周りが静かだったためガタイたちにはっきりと聞こえた。

「ヒロ。何言ってんだ。」

「いや、あいつが見ている景色を見てみたかったなって思って。」

ガタイは大の字に寝転がった。

「二人ともおかしくなっちまった。」

「ヒューイ。一つ訂正しとくがお前には俺たちがいるから一人ぼっちではないぞ。」

ヒューイは顔をヒロを見る。ヒューイの顔には涙の跡があった。

「ちゃんと聞いてんじゃないか。」

ガタイは呟くと目を閉じた。


 「ヒゲも似合ってるぞ。」

ガタイは髭をいじっていた。

「それはどうも。というか、お前はなんで髭生えてねぇんだよ。」

「クロに魔法で剃ってもらったんだ。」

「あの、ポンコツ使い魔か。」

「僕たちはいつになったら出られるのでしょうか。」

ヒューイが体育座りでうずくまり情けない声を出す。

「そろそろじゃないか。」

「えっ。どういうことですか。」

ヒューイはヒロの方を向く。ヒロは親指で左側を指差した。ヒューイとガタイが牢屋から覗くと、鍵を持った兵士がこちらに近寄って来ていた。

「今から牢屋から出すが、大人しくついて来い。」

兵士はヒロの牢屋を開けて、地面と手錠を繋いでいた鎖を外す。他の二人も同様に牢屋から出した。三人は大人しく兵士の後をついていくと、王宮の兵士が使う訓練所に辿り着いた。訓練場の中央には、処刑台が置かれていた。処刑台から離れた場所で王様が上から見ていた。

「おい、王様。ここまでするとは、とんだ愚王だな。」

ガタイが訓練場全体に届くように声を張った。王様は隣にいる側近に何かを伝えていた。

「はやく、その不敬な奴らを処刑台に跪かせろ。」

王様の代わりに側近は兵士に指示を出す。ガタイは王様を睨み続け、ヒューイはひたすらに泣いていた。ヒロは下を向いた状態でぶつぶつと何かを言っていた。三人はとうとう、首を処刑台に固定され後は刃物を落とすだけとなった。

「ヒューイ、ガタイ。今までありがとうな。お前らのおかげでどんなに辛い冒険もめちゃめちゃ楽しかった。」

ヒロの声は訓練場全体に届いた。

「ヒロ、」

二人が何かを言おうとした時、地面を震わす大きな音が響いた。

「なんだ。」

「神の逆鱗に触れたのか。」

「お前ら、何とかしろ。」

王様は兵士たちに怒鳴る。

「おい、あれ見ろ。」

一人の兵士が空を指す。そこには、王城と同じぐらいの大きさの黒龍が空を飛んでいた。

「に、逃げろ。」

一人の兵士が叫ぶと、一斉に訓練場から逃げ出した。

「おい、我を守れ。」

王様は腰が抜けて立てていなかったが、それを助ける人は誰もいなかった。

「あいつら、せめて手錠を外していけよ。」

ガタイは手錠を壊そうとするが、全く壊れなかった。

「あぁ、死ぬ前に黒龍が見れるなんて僕はなんて幸福ものなのでしょうか。」

ヒューイは涙を流していた。

「ヒューイ。ガタイ。ヒロ。」

イエルが走ってこっちに向かって来ていた。

「王女様。」

「イエル様。」

イエルは、魔法で二人の手錠を外した。

「久しぶりに手が自由に使えます。」

ヒューイは体の力が抜け、座ったまま手を握って広げるを繰り返した。

「やっと、解放されたぜ。」

ガタイは立ち上がり腕を回す。

「ヒロ。ヒロ。」

イエルは手錠を外し、処刑台からも離したのに全く動かないヒロの体を何度も揺らした。しかし、起きずイエルが手を離すとヒロの体はそのまま倒れてしまった。

「どうしちまったんだよ。ヒロ、ほら今のうちに逃げようぜ。」

ガタイは黒龍を指差す。しかし、反応は全くなかった。ヒューイはヒロに足を引き摺りながら近づいた。そして、ヒロの体を仰向けにして上の服を近くにあった探検で引き裂く。

「予想通りですね。」

ヒロの体には暗い魔法陣が全体に描かれていた。

「どういうことだよ。」

「黒龍の召喚は禁忌とされています。その理由は黒龍が制御できない程危険であるからというのもありますが、それ以上に召喚するのに命を代償にしなければならないからなんです。」

「じゃあ、あいつは黒龍を召喚するために自分の命を犠牲にしたってことか。何でそんなことしたんだよ。」

「私たちを逃すためだろうね。クロを使って私たちを救う方法がこれ以外浮かばなかったんだと思う。」

イエルは立ち上がり、黒龍がいる空を見上げる。

「ヒューイ。その短剣、貸して。」

イエルはヒューイの方を振り返った。

「イエル様、私がやります。イエル様の手を汚させるわけには。」

「やらせて。王女である私がやるべきことよ。」

イエルは真っ直ぐにヒューイを見る。ヒューイはその目に逆らえず、短剣を差し出す。

「おい、さっきから何言ってんだ。」

「少し黙っていてください。」

珍しく、命令口調のヒューイに言われガタイは口を閉じる。イエルはヒロの横に膝をつく。

「ヒロ、ありがとう。ごめんね。」

そして、短剣を思いっきり振りかぶってヒロの心臓を刺した。すると、魔法陣は消え去り上空にいた黒龍も姿を消していた。

「黒龍の召喚者の心臓を貫くと、黒龍は消える仕組みになっているんです。このことも黒龍を召喚する人がいない理由なんです。せっかく、命を代償に召喚したのに心臓を貫かれれば消えてしまうような代物に頼るバカは滅多に現れませんから。」

ヒューイは。驚き突っ立っていたガタイに説明した。

「ガタイ、ヒロのこと抱えってもらえる。」

イエルは、近くに置いていたバックを持つ。

「はやく、逃げますよ。」

ヒューイがその辺に落ちていた剣をガタイに差し出す。

「あぁ。」

ガタイは剣を受け取り、ヒロを抱えた。三人は馬に乗り、混乱のうちに街から検問を通らず出て行った。


 「とうとう、勇者が来たようですね。」

玉座に座るマオの隣に立っているシュエイが報告した。

「それにしても、あの女は誰なのでしょうか。」

「シュエイは、イエルという女性を知らないか。」

マオは足を組み、肘掛けに肘を置き朴杖をついて座っていた。

「イエル。彼女の名前ですか。」

「いや、知らないならいい。」


 マオが初めて自分の存在を認識したのは何百年も前のことだ。目を開けた時、魔王城にある玉座に座っていた。魔王城は誰もいない、静かな場所だった。

「私は誰。ここはどこ。」

マオは立ち上がり、 辺りを見回す。手がかりらしきものが見つからず、ゆっくりと外に繋がる出口を探し始めた。

「門。」

マオの目の前には閉められた大きな扉があった。マオはその扉に近づき片手を置く。

「開け。」

マオの言葉を聞いて、扉はゆっくりと開き始めた。

「これが外。」

空も土も赤く染まり、地面には血のようなものが飛び散っていた。木は枯れ、ほとんどの木が薙ぎ倒されていた。マオは外を歩き始める。しかし、どこまで歩いても景色が変わることはなかった。

「音がする。」

遠くの方から獣たちの声が聞こえた。マオは、軽くストレッチをして体が動くことを確認した。そして、勢いよく走り出す。

「魔物。」

声を出していたのは、狼の姿に赤い目をしていた魔物だった。

「何で分かるんだろう。」

無意識に発した自分の言葉にマオは疑問を抱く。その時、魔物がマオの方を振り向く。魔物とマオは目が合った。

「ねぇ、あなたたちは誰。」

マオが話しかけると同時に魔物たちが一斉に襲いかかる。しかし、魔物たちはマオにかぶりつく前にマオの周りに張られていた透明な壁にぶつかり跳ね返る。

「これは、何。」

マオは目に見えない壁に手を伸ばす。触ることはできなかった。

「魔法。これが」

頭の中に流れてくる情報を少しずつマオは整理していく。情報を集めるために、魔王城からさ更に離れた場所へ向かう。景色は相変わらず変わることはなかったが、様々な種類の魔物を見つけて情報を手に入れていった。

「家。」

遠くに半壊した家が密集している場所を見つけた。マオは一直線に家に向かう。

「これが家。」

村だったであろう場所にたどり着くと家の破片を拾い上げた。木の破片には線と名前らしきものが彫られていた。

「こんにちは。お父さんやお母さんはどこにいるのかな。」

上を向くと、痩せて骨が見えているのにも関わらずとても綺麗な女性が立っていた。女性の声はとても穏やかで周りの景色の存在を忘れるほどだった。

「分からない。」

マオは首を横に振る。

「自分の名前は分かる?」

「分からない。」

「じゃあ、そうだな。」

女性は顎に手をあて考える。女性の視線はマオが持っていた木の破片に移った。

「マオって名前はどうかな。」

「マオ。」

マオは持っていた木の破片に掘られている名前を触る。文字の情報がまだ処理できていないマオはそこに書かれている名前が何かは分からなかった。

「いやかな。」

女性の声は心配そうだった。マオは首を横に振る。

「良かった。そういえば、私の名前を言ってなかったね。私の名前はイエル。よろしくね。」

マオは頷く。

「お姉さん。これから、お家に帰るんだけど、着いてきてくれる?」

マオは頷く。

「じゃあ手を繋ごっか。」

イエルは手をマオの前に差し出す。マオはその手を取る。二人は半壊した村を抜け、荒野をしばらく歩くとさっきの村よりは壊れていない村に辿り着いた。

「皆、ただいま。」

村の中で一番綺麗に残っている家の扉を叩き、声をかける。

「イエル様。良かった。ご無事で。」

男が扉を開ける。

「心配しすぎよ。シュエイ。私は魔法が使えるんだから。」

「そうだとしても、危険なのに変わりはありません。」

イエルは、シュエイを押し除けて家に入る。

「待ってください。また拾ってきたんですか。」

シュエイはマオの方に視線を向ける。

「私はこの国の王女としてやるべきことをしているだけよ。」

イエルはマオのことを抱き寄せる。

「これ以上は限界なのをイエル様も分かっておいでですよね。」

シュエイは部屋の隅に固まっている子どもたちを指差す。計四人の子供が隅で固まっていた。

「私が食料は探してくるから、見つからなかったら最悪私の分を減らすわ。」

「イエル様、これ以上は。」

シュエイはイエルに訴えかける。

「シュエイ。」

イエルはシュエイの言葉を遮り、シュエイの瞳を強く見る。シュエイはその目に黙ることしか出来なかった。

「この子たちに自己紹介できる。」

イエルはマオに優しく問いかける。マオは子どもたちに視線を移す。

「こんにちは。私は、マオ。よろしく。」

単語を一つずつ声に出すようにして自己紹介をした。子どもたちは動かなかった。

「この子たち、人見知りしてるみたい。代わりに私が紹介するね。」

イエルは一人一人丁寧に紹介していた。マオは、シュエイの方を見た。シュエイはマオと目が合うと口を開いた。

『黙って聞け。』

声は出さず、口パクで伝えた。マオは瞬時に情報を読み取った。マオは息もしてない子どもたちの紹介を黙って聞いた。


 三人の奇妙な生活は荒廃した世界とは裏腹に穏やかなものだった。

「シュエイ。魔法を教えて。」

マオは果実を食べているシュエイの服を引っ張りねだる。

「はいはい。分かりましたから、ご飯ぐらい静かに食べさせてください。」

シュエイは、マオのおでこを押して体を離した。二人の様子にイエルは笑っていた。

「前から聞きたかったんだけど、お前何者だ。」

家の外で体を伸ばしていたマオに突然、話しかけた。

「私はマオだよ。」

マオは真顔で淡々と答える。

「そうじゃなくて、お前が来てからこの数ヶ月この辺一帯はほぼ魔物が出なくなり、食料も心配する必要がないくらいには手に入るようになった。どういうことだ。」

「分からない。」

マオは首を横に振る。

「分からないならどうしようもないか。」

シュエイは頭を書く。

「じゃあ、始めますか。」

二人は魔法の練習を始めた。


 「マオ、誕生日おめでとう。」

イエルは果物がたくさん盛り付けられているお皿をマオの前に差し出す。

「誕生日。」

「そう。誕生日が分からなかったから私たちが初めて会った日にしたんだけど、嫌だった。」

マオは首を横に振る。

「嬉しい。」

同時に、マオの顔には涙が流れた。

「マオ。どうしたの。」

マオは自分の顔に流れる水に触れる。

「分からない。」

シュエイはマオの頭に手を置く。

「誕生日おめでとう。」

マオの方は向かず言葉をかける。

「うん。ありがとう。」

「おめでとう。」

イエルがマオを抱きしめた。この時は三人ともこの時間が永遠に続くのだと感じていた。


「シュエイ。イエルは。」

家の外で魔法の練習をしていたシュエイにマオが目を擦りながら話しかける。

「散歩してくるってさ。」

イエルもマオが来てから骨が見えるような体ではなくなり、痩せてはいるものの健康な体にはなりつつあった。

「私も行く。」

「行くってどこにいるか分かんないから無理だぞ。」

マオはシュエイの言葉を聞かず歩き出した。

「お、おい。」

シュエイはマオの後を追った。

「マオ。なりふり構わず歩くと帰れなくなるぞ。」

村がもう見えなくなるところまで来てシュエイはマオの腕を掴む。

「大丈夫。場所は分かる。」

マオはシュエイの腕を振り解いてまた歩き始める。シュエイは黙ってマオの後ろをついていく。

「イエル。」

マオは荒野の中、一人立っているイエルを見つけて駆け寄った。

「ここは。」

シュエイは辺りを見回す。所々に城壁の破片らしきものがわずかに散らばっていた。

「マオ。どうしてここが分かったの。」

イエルは名前を呼ばれ振り返った先に二人がいて驚いていた。

「分かんない。でも、ここにいる気がしたの。」

「さすが。マオはすごいね。」

イエルはマオの頭を撫でる。

「よく見つけましたね。こんな荒野の中で。」

シュエイは壁の破片を持っていた。

「ほぼ感だったんだけど、あってたみたい。」

「ねぇ、イエル。はやく帰ろう。」

マオがイエルの手を引っ張る。

「そうだね。もう帰ろっか。私たちの家に。」

イエルはマオの手を握る。その時、地面を震わす大きな音が響いた。

「何。」

イエルはマオを抱きしめ、シュエイが周りを警戒した。

「上。」

マオの言葉に二人とも上を向いた。空に白龍が飛んでいた。

「何で、ここに白龍がいるの。白龍は大昔に封印されているはずでしょ。」

「もしかしたら、今回の魔物の急激な増加によって封印魔法が攻撃され解けてしまったのかもしれません。」

「嘘でしょ。」

イエルとシュエイは上を見たまま固まっていた。

「マオ、逃げるよ。」

イエルは、マオの手を引いて白龍から逃げる。シュエイは白龍を警戒しながら後ろからついて来ていた。白龍は動かず、ただ空で羽を動かしているだけだった。しかし、それだけでも辺りに急風が吹き荒れイエルたちも何度も飛ばされそうになって立ち止まることを繰り返していた。そのため、白龍から離れたくてもほとんど動けずにいました。その時、白龍が動き出し、シエルたちの方に体を動かしました。

「シエル。」

シュエイが叫んで、シエルに手を伸ばす。シエルはマオに覆い被さった。その瞬間、白龍はこちらに向かって魔法を撃った。その魔法は三人ともを吹き飛ばした。マオは吹き飛ばされて転がっていき、倒木にぶつかった。

「シエル。シュエイ。」

無意識のうちに張っていた防御魔法でマオは傷を負わず、すぐに立ち上がった。辺りを見回すとシュエイとシエルが少し離れた場所に倒れていた。マオはシエルに近づく。

「シエル。シエル。起きて。」

マオは何度もシエルの体を揺らす。しかし、シエルは動く気配がなかった。

「シュエイ。シエルが動かないよ。」

シュエイの方にも駆け寄って体を揺らすが、全く動かなかった。

「死んじゃったの。」

マオは手を止めて座り込む。地面には水が垂れていた。白龍は周りにいる魔物を一掃していた。マオは、ゆっくりと立ち上がった。前を向き、白龍を視野に入れた。その瞬間、思いっきり地面を蹴った。空中で剣を作り上げ、その剣で白龍の目を刺す。白龍は悲鳴をあげ、目に乗っているマオを振り落とした。勢いよく振り落とされたマオは魔王城の目の前まで吹き飛ばされて、深傷を負ったマオは目を閉じることしか出来なかった。


 「ここは。」

マオが目を覚ますと目の前には森が広がっていた。自分がそれだけ眠っていたのかを理解する。

「シエル。シュエイ。」

マオは、起きたばかりの体でシエルとシュエイがいた場所に向かった。シエルとシュエイがいた場所には街が広がっていた。シエルがマオに話していたような賑やかな街だった。

「シエル。」

マオは、街に入るため検問を受けた。ボロボロの姿で容姿も幼かったため、素通りをすることは出来なかった。

「君は一人で来たのかい。誰かと来ていないのかい。」

「シエル。」

「シエルって人と来ているの。」

マオは首を横に振る。

「シエルに会いに来た。」

「どうした。」

困っている様子の兵士を見かねて女性騎士が声をかける。

「サファイア様。それが、この子がシエルという方を探しているようなんです。」

「シエル。私は、知らないな。とりあえず、知り合いに聞いてみるか。」

マオは兵士の後ろからサファイアの姿を覗く。姿は、シエルは優しい繊細な容姿でサファイアは真逆の凛々しい姿だった。しかし、マオはサファイアに飛びついた。

「シエル。」

突然抱きつかれ、サファイアは驚いて固まった。

「シエル。マオだよ。」

サファイアはマオの両肩に手を置き、少し体を話してマオの顔をよく観察する。

「すまない。君のことは分からないんだが、もしかして誰かと間違えてるのではないか。」

周りの兵士たちは慌てていた。マオは下を向いた。

「そうだよね。シエルの魂でも、シエルではないよね。」

「あの、すまない。落ち込ませたかったわけじゃないんだ。本当に知らなくて」

「大丈夫。ありがとう。シエル。あの時、声をかけてくれて。大好きだよ。」

マオは、その言葉を残し瞬間移動魔法で魔王城に戻った。


 「シュエイ。ありがとう。」

「急にどうされたのですが。それに私の命は魔王様が救ってくれたものです。その恩返しをしているだけですから、感謝など不要です。」

「そうだが、そうではないんだ。」

マオは立ち上がり、シュエイの前に立つ。今世では、知性のある魔物に育てられ育ての親を失って魔物の森で迷っていた半分魔族の血が入っているシュエイをマオが拾ったのだ。シュエイと名付けたのは、マオであり理由はシュエイの魂だったからだ。

「シュエイ。お前がいたから、今までやってこれた。もう解放しよう。」

「魔王様。」

マオはシュエイの胸に手を当て、何かを吸い込んだ。

「一体、何を。」

「魔物の血を貰っただけだ。これで晴れてお前もただの人間になったってわけだ。正確に言えば、人間の寿命で死ぬようになっただけだが。」

「なぜ、こんなことを。私に人間と共に生きろというのですか。」

シュエイは胸に手をあてる。

「あぁ、そうだ。」

「それは、あまりにも残酷ではありませんか。」

「大丈夫さ。」

「何が大丈夫なんですか。」

マオは玉座に座った。

「そんなもの、自分で考えろ。」

マオの口角は上がっていた。その時、扉の外から誰かが歩く音が聞こえた。

「来たようだな。シュエイ、お前は女の方を相手にしろ。」

「了解しました。」

扉が開かれる。

「久しぶりだな。魔王。」

「あぁ、そうだな。」

ヒロは魔王と目が合った。どちらが先に動くのか睨み合いが始まるかと思われたが、ヒロが巨大魔法を城に放ち城ごと壊した。大きな煙が立って、何も見えない状態になった。

「ヒロ、魔王城を壊すとは派手なことをしてくれたな。」

煙で姿は見えないが、気配を察知することは魔王にっとて造作もなかった。そして、ヒロの心臓に剣を突き立てた。

「俺は、派手なことが好きなんでな。」

ヒロは、魔王が突き立てた剣を素手で握りしめる。

「何をしているんだ。お前は、馬鹿か。」

魔王は慌てて、剣を引っ込める。

「俺を殺せる絶好のチャンスを見捨てるなんぞ。魔王としてはどうなんだ。」

煙がだいぶ消え、お互いの顔が見えてきた。

「魔王様、どこですか。」

マオは、一瞬シュエイの声がした方を向く。その一瞬をヒロは見逃さなかった。剣を握っていた手で自分の心臓に剣を刺した。

「ヒロ。」

マオは、握っていた剣を手放すと、ヒロの体は地面に吸い込まれていった。マオが腕を掴もうとしたがすり抜けてしまった。

「ヒロ、今すぐ回復魔法をかけるから耐えてろ。」

ヒロの体の横で回復魔法を使おうと片手を剣が刺されている場所に置く。しかし、その腕をヒロが掴む。

「何してるの。」

「俺の、体に、は魔法陣が、刻まれ、ている。この、意味がお、前ならわ、かるだろ。」

「魔法陣。もしかして、白龍の魔法陣か。でも、あれは黒龍の魔法陣を刻まれた人間にしか刻まれないものだろ。まさか。」

マオはヒロの顔を見る。

「そのまさかだ。」

黒龍の魔法は刻まれると次の生では白龍の魔法陣が刻まれ、その人物が前世より長く生きてしまうと、白龍の封印魔法が解かれてしまうという理不尽な召喚魔法だったのだ。

「深い事情は聞けそうにもないな。」

マオは、腰をついた。ヒロは笑った。

「さすがの我でも、黒龍と白龍の魔法陣はどうにも出来ん。」

マオはヒロの手を握る。

「せめて、痛みがないように魔法をかけてやる。」

「あり、が、とう。」

ヒロは力のない声で話す。

「無理に喋るな。」

「イ、エル、は。」

「今頃、シュエイと会ってるんじゃないか。あいつらは過去に色々あったから出会えば何かしら思い出すかもな。」

「そ、うか。」

マオはヒロの力がなくなっていくのを感じていた。

「ヒロ。お疲れ様。次は勇者なんて重み背負わないといいな。」

その言葉を聞いてヒロは笑った。そして、ゆっくりと目を閉じた。ヒロが亡くなったことを確認するとヒロに刺さった剣を抜き、お姫様抱っこをする。マオは、魔王城のの近くで咲いている花のところに穴を掘った。

「ここでいいか。」

ヒロをそこに埋めた。

「お疲れ様。」

振り返ると、魔物の森からマオに向かって魔法が撃たれた。

「えっ。」

その魔法は、マオの心臓を貫いた。あまりにも不意打ちだったため、防御魔法を使えなかった。回復魔法も追いつかなかった。


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魔王と勇者の転生物語 奏 そら @steru0101

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