11.社畜と奴隷09

 申し訳ないが俺には魔法なんて使えない。下手に隠して無理な仕事を引き受けるのは無能の証拠。何度、何度そうやって迷惑をかけられてきたことか。自分の力量以上の仕事の安請け合いはダメ絶対。

 ということで、クマさんには悪いが俺にはこの方法は無理だと断らせてもらおう。とてもじゃないが、人力でトンネルズリを運ぶのは無理である。


「悪い。俺、魔法使えない」


「おいおい、冗談はよせよ。姫様の直轄が魔法の一つや二つ使えないわけないだろ?」


「いやほんと。そもそも魔法を見たこともないな」


「はあ? そんなことあり得るのか?魔法の使えない、俺たち獣人ですら見たことくらいあるぞ」


 そこで、ふと最近の記憶がよみがえる

 そういえば、ホタルに隷属魔法とやらをかけられた。でもあれは、ノーカウントだろう。ここにいる誰しもが経験することだ。きっと、クマさんの言ってることはそうじゃない。


「そんなこと言われても事実だぞ?」


「……そうか、まあ、そういうことなら仕方ないか」


 なんか、もの凄く物わかりがいいな。まあ、理解してくれたならいいかと、思考を切り替える。


「それで、俺はどうすればいい? 同じようにあれを運ぼうか?」


 そう言って、軽くおどけながら、山のように運び込まれているトンネルズリを指さす。


「そうだな、とりあえずあの入れ物持てるか?」


 それはあの2m程の桶のことだろうか? 空ならなんとか持てるけども、あれでトンネルズリを運ぶことはできないだろう。


「とりあえず、試してみるか」


 そう言って、手近な桶に手を伸ばした。「よっこらしょ」と掛け声と共に桶を持ち上げる。


「ふんぬっ!!!」


 重い! めちゃくちゃ作りが甘いし、素材が分厚い!

 こ、これは、持てそうにない。


「ダメみてえだな」


「す、すまねえ」


 肉体労働にはそこそこ自信があったんだが、どうやら俺も歳らしい。寄る年波には勝てない。アラフォーの限界ってやつだな。


「いいってことよ。それより、どうすっかなあ、あんたの仕事」


「な、何でもいいぞ」


「んー、そうか、何でもやる、か……」


 ニッと口を釣り上げたクマさんの笑顔は、今までの、どことなく可愛げのあるものではなく、本当に凶悪に見えた。


 だがしかし、その程度で揺らぐ俺の精神ではない。

 ふはははは!! どんな仕事でも完璧にこなしてみせよう。

 人間にできる範囲に限るけど。


「じゃあ、あんたには黒色ここの糞尿の処理でもお願いするぜ」






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






「これで、よかったんですか?」


 クマのような男は、淡々とそう告げた。


「ああ、よくやった」


 その金髪の男もまた、淡々と答えた。


「しかし、本当によかったので? あんなのでも、一応、姫様のお気に入りなのでは?」


「構わない。その姫様からの指示だ」


 先ほどまでここにいた男の処遇について、クマのような男と金髪の男が話していた。実はこのクマのような男、この黒色のまとめ役のような存在である。あくまで、まとめ役であり、奴隷という立場には違いはない。しかし、同族の立場を少しでも良くできればと思い、自らの意思で今の立場に就いている。その立場からか、黒色の治安や問題事には気遣っている。


「しかし、糞尿の処理っていったら奴隷の中でも一番下の奴の仕事です。あいつは黄色なんで滅多なことはないかと思いますが、万が一ってこともありえますよ」


「大丈夫だ。俺にもよく分からないが、姫様があいつなら大丈夫だろうと言っていた」


「……姫様が? またなんで?」


「さあな、俺にも分からない。だが、姫様の命だ。しばらく様子を見といてくれ」


「分かりました。……何事もなければいいんですがねえ」


「全くだ」


 それから二人は、今後の打ち合わせを行い、それぞれの業務に戻った。


「あの黄色の兄ちゃん、ほんとに大丈夫だろうな? やっぱり魔法は使えないみたいだし」


 そのクマのような男の呟きは、誰にも聞かれることはなく周囲の喧騒に紛れていった。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






 「お、いたいた」


 クマさんに仕事を振られた俺は、業務指導者の下へ出向いていた。

 おそらく、あそこで作業している犬っぽい獣人の男の子のことだろう。さっきクマさんから聞いた特徴と一致している。俺の腰よりやや高い身長、白い毛並みに幼い顔立ちをしている。ぱっと見は子どもだが、獣人の成長速度を知らない俺には正確な年齢は分からない。ちなみに全身毛玉であまり人間感はない。犬感が全開である。


「おーい!」


 手をぶんぶんと振りながら元気に挨拶をしてみた。ぱっと見子どもだし、大いに子ども扱いをしてみた。というか子犬扱いしてみた。

 ……それがいけなかったのだろうか、反応は芳しくない。


「は、はい。あ、あなたが16番さんが言ってた人間の人ですか……?」


 ものすごくオドオドしている。かわいい。

 どうしよう。ものすごく飼いたい。

 だけども、彼は一応知性ある獣人である。本格的な犬扱いは無理というもの。なので、とりあえず仲良くなってから、是非とも我が家に呼びたい。ここに俺の家なんてないけども。


「ああ、俺がそうだぞー」


 可愛すぎて思わず、目の前の小さな頭に手を伸ばす。

 なでなでしたい。


 ──ビクッ


 俺が手を伸ばした瞬間、犬っぽい獣人の男の子はしゃがみ込み、両手で頭を守った。

 ああ、なんとなく察してしまった。この、犬っぽい獣人の男の子の日常的な扱いを。きっと虐げられているのだろう。よく見ると、体の所々に怪我があり、全体的に薄汚れているように見える。


「大丈夫だ。俺は何もしないぞー」


 これでもかと優しく語りかけた。

 両手を上げての無害アピールも忘れていない。

 ……でもダメだった。

 それでも、このままじゃ埒が明かないので、頑張ってなんとか会話ができそうになるまでなだめてみた。


「あ、あの……、ぼ、僕はどうなるんでしょうか?」


「ん? どうって言われてもな。俺にもよく分からん」


「……そうですか。じ、じゃあ、僕はどうしたら」


「ああ、それならクマさんが呼んでたぞ」


「……クマさん?」


 それって誰だろう? みたいな表情だった。

 そうか、番号呼びじゃないと分からないのか。

 確かクマさんの番号は16番だったか。


「16番だったかな。黒いでかいクマの人だよ」


「わ、分かりました。そ、しれじゃあ後はよろしくお願いします」


 そう言って立ち去ってしまった。一度も振り返ることもなく。

 ……なんだろう。なんか、俺と一緒にいたくなかったと言わんばかりに、一目散に立ち去ってしまって悲しい。

 そしてあの子、俺に引き続きもしないで立ち去ってしまった。

 どうしよう?

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(異)世界のセコカン!〜社畜が受ける奴隷の恩恵〜 改定第6版 坂井 勝 @satou0303

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