第41話 一度あることは二度ある

 モテまくる夢をみた。

 それは、転校する前に同じクラスだった女の子と次々に仲良くなっていく、という内容だった。


 演劇部の小原おはらさん、

 男子人気ナンバーワンの飯間いいまさん、

 絵をかくのが上手な江口えぐちさん、

 あんな見た目なのにボケまくるキャラの安藤あんどう―――――


 まるで、

 実際にそんなことがあったかのようにリアルだった。


 平凡なおれには、ありえない出来事のオンパレードで、

 デートは映画館、バッティングセンター、水族館……、

 楽しくおしゃべりをして、笑い合って、手をつないで。


 そして今日でおわかれっていうときになると、

 みんな、それぞれの言葉でおれをおくり出してくれて、

 安藤なんか、涙を流しておれのことを引き止めてきた。


 いい夢だったな。まだヨインってやつが、のこってる。


 でも、

 ひとつ気になるのは、

 その中に〈あいつ〉がいなかったことだ。


 どうしてだろう。


(………………あれ?)


 目をあけたはずなのに、視界は真っ黒。

 しかも体が、全身がものすごく重たい。


(いたっ!)


 頭のどこかに、切られたような痛みがある。

 でも、おれはそこをさわることもできない。


 ゆっくり、記憶がよみがえってきた。


 寝る前に一人で自分の部屋にいたら、

 ウー、と大きな音がきこえてきて、

 もっと大きな爆発するような音がつづき、

 地面がゆれて、

 ふわっ、と体が空中にういたような感覚があった。


(建物が――――くずれたのか?)


 とおくで、人がさけんでいるような気がする。

 こたえたいけど、おれはここにいるよって言いたいけど、のどをつよく押されているようで、声がでない。

 というか、息が……胸にも圧迫感があって。


 なんか、

 目が、

 まぶたがスーッと落ちてくる。


(おれは…………もしかして…………)


 このまま意識を手ばなせば、

 また夢をみれるだろうか。


(……)


 できることなら、

 人生の最後ぐらい、自分が心から大切に思っている、女の子にでてきてほしい。


 もう一度だけでいいから、


 おれは萌愛もあに会いたい。

 


「おはよ」


 家から外にでると、そこに萌愛がいた。

 スクールバッグを地面においているから、たぶんおれのことを待っていたんだろう。


「お……」そうとした声が、途中でとまる。一瞬、まだ自分が夢の中にいるような、おかしな感じがしたからだ。「おお。うん。そうだよな、おはよう」

「はぁ!? アンタまだ寝ボケてんの? しっかりしてよ」


 あきれたような表情で両手を腰にあてる。

 幼なじみの姿ごしに広がる、みなれた近所の景色。


「それ何が入ってんの?」おれのスクールバッグを見ながらモアが言う。

「なんにも。からっぽだよ」

「だよね。今日は……すぐ帰るんでしょ?」

「昼の便びんに乗らないとだからな」


 横ならびで歩いていて、おれは右、モアは左。


「天気いいねー」

「そうだな」


 今、おれはかすかな違和感に気づいた。

 こっちに顔を向けたとき、キラッと光るものがショートの髪についていたんだ。

 首をのばしてじーっとそこを見ていたら、

 質問に先回りするように、萌愛が口をひらいた。


「……なんとなく、つけたほうがいいのかな……ってね」


 なでるように、そこに手をふれる。

 おれから見て右のこめかみの上あたりにある、赤い花のヘアピン。


 萌愛のお母さんの形見かたみだ。


「似合ってるでしょ?」にこっ、と笑ってみせる。

「うん」と、おれはうなずく。

「しんみりするの、ナシなんだからね。私もコウちゃんも」

「わかってるよ」

「私は……もう平気だから。コウちゃんは心配せずに、向こうでもがんばって」


 ふいにモアが立ち止まった。

 じっ、とおれのことを見る。


「あ……バタバタして言えないかもだから、今のうちに」

「えっ」

「今までいろいろありがとう。私、コウちゃんのこと、絶対に忘れないから」

「あ、ああ……」

「今日で……おしまいじゃないよね? 私たち連絡とれるよね? 手紙とかメールとか、ねっ? ラインだってあるし」


 そんなの当たり前だろ、と返したものの、


 ――「すれちがい状態のまま、あなたたちは、わかれてしまった」

 ――「ループしてた間の記憶、ごそっとなくなっちゃうから」


 胸のうちに浮かび上がる言葉におれは不安になる。

 この〈モア〉とは、はたして連絡をとり合えるんだろうか? 


「……」

「どうかしたの?」

「いや、べつに」


 べっしょ、とは言ってこない。

 モアはおれから視線をはずして、バッグの中をごそごそしている。


「それでね……これ……」


 どこか恥ずかしそうな表情で、なにかを取り出した。

 白い毛糸で編まれた長細いもの―――でも、だいぶサイズが小さいようだ。


「マフラー?」

「そうなんだけど……まだ完成してなくて」


 あはは、と申し訳なさそうに笑う。


「これ、もらっていいのか?」

「えっ? あっ、ごめん! やっぱいい! こんな短いの、マフラーとしてつかえないじゃん」

「いや、もらうよ」

「……ほんとに?」


 ありがとな、と受け取ったときに偶然おたがいの手があたった。

 でも萌愛はぜんぜん気にしてない。うれしそうにニコニコしてる。


 学校についた。


(わるい、モア)

「ちょっと職員室にらないといけないんだ。先に教室いってくれ」


 とくにうたがうこともなく、萌愛は「オッケー」とおれに背中を向けた。

 あいつにウソをつくのは心苦しいが……やむをえない。


 これから―――あの人と最後の打ち合わせがあるから。


 

「ごきげんよう」



 彼女は図書室のテーブル席でぶあつい本を読んでいた。


「おはよう、深森ふかもりさん」

「もはや必要とは思えないけど」閉じた本を手でサッと横へどかした。「しましょうか、あなたのループの絵解えときを。あなたがどうして〈いかないで〉と言われなければならなかったのか、なぜそんなルールがあったのか、その根本的な理由を私なりに考えて―――」

「いや、それより」

「えっ」

「ありがとう深森さん。おれがループを出られることになったのは、キミがいたからだ。ほんとにありがとう」

「……」

「きっと萌愛のお母さんは、おれとあいつを助けたかったんだと思う。でも、おれを死なせないためにはループにとじこめるっていう方法しかとれなかった。それじゃよくない……深森さん、メリバって知ってる?」

「メリーバッドエンド」彼女は即答した。「自分たちは幸福だと思っていても、まわりからは悲劇的にみえる結末……でしょ?」

「そう。ループ状態がつづくとメリバになってしまうから、なんとか回避する必要があった。そこで」


 いかないで、とおれと彼女の声がシンクロした。

 うん、と無言でうなずいておれは話をつづける。


「それがキーワードで、同時にパスワードでもあったんだ」

「なぜその言葉なのか、説明できる?」

「たぶん、転校するおれを『いかないで』って全力で引きとめてくるぐらいなら、その女の子はモアよりも親密な関係にあるとみなされるってことなんじゃないかな」

「もし、あなたに里居さといさんよりも親しい子がいるのなら、くり返す〈10月〉からは出ていくべきっていう考え方ね。そうすればメリバにはならない」

「そうだと思う。で、もしモアがそれを口にした場合は―――」

「そこまで彼女の好感度が上がってしまっていればメリバになる。したがって回避されなければならないから、あなたは〈10月〉から出ていくことになる……」

「できればループから出てほしくない、って気持ちもあったんじゃないかな。だから、ハードルを高くするために、よっぽどおもいが強くないといわないような言葉がえらばれたんだ」

「クソいい推理」口元だけでフフッと笑う。「もう私があなたにしてあげられることは、なにもないみたい」


 深森さんはすっと立ち上がった。

 そして窓があるほうに移動する。

 カーテンの間からさす光は強い。


「目は大丈夫?」

「ええ」深森さんは黒ぶちのメガネの横に、敬礼のように手をあてた。「気にしないで」


 図書室の中は静かだ。

 始業前のこの時間は、ここにはだいたい人がいないことが多い。

 入り口のドアが大きくはなしになっているのが気になるけど、まあ、かりにだれかが入ってきておれたちの会話を耳にしたところで、サッパリ理解できないはずだ。


 深森さんはため息をつく。


「いろいろためしたけど……結局、メッセージを残す方法をみつけられなかった」

「しょうがないよ。深森さんがあれだけ考えてもダメだったってことは、きっとできないんだ」

「記憶も消える、書かれた文字も消える、写真も動画も消える、メールも、メールの予約送信さえ消えた、となれば、ためさなかったけどイレズミだって消されてしまう可能性がだい

「もう運命はかえられない……のかな?」

むかう。あきらめないで。さもないと、あなたは一年後に―――」

「おれは死なないよ」


 カッコつけてキメがおで言ってみた。

 でも深森さんはこっちを見ずに、視線を下にさげている。


「このループは、あなたが死ぬのをおくらせただけ……私は、そうじゃないと思いたい」


 ゆっくり顔をあげて、腕を組んだ。彼女のこのポーズをみるのも、これがラストだろう。


「もっていけないかな、おれの記憶」

「あまりネガティブなことは言いたくないけど、不可能でしょうね」


 がたっ、と物音がした。

 窓から強い風が吹きこんだから、たぶん本棚の本がたおれたんだろう。

 一瞬、横顔を向けてそっちを見たが、また深森さんはおれの顔をみる。


「オールリセット。あなたが校門のラインをこえたとき、タイムリープもループもすべて〈なかったこと〉になるのが予想される」

「どうせなくなるんなら……ひとつ前の10月31日でもよかったんじゃないかな。どうしておれが残されてモアだけが……。このループでも、おれは『いかないで』って言われてないし」

「ええ。それははっきりいってなぞ。神の視点じゃないとわからない」

「神?」

「たとえばこの出来事の終わりまでを絵なり文字なりで追える存在―――」


 腕を組んだまま、深森さんはななめ上の空中をみつめた。

 しばらくそうしていて、そして、



「スマホかして」



 意外なことをいわれる。

 さからわずにとりだして、わたすけど、


「また動画? なにかいいやりかたでも思いついたの?」

 

 すでにさんざんトライしていて、今まで一度もうまくいっていない。


「ちょっとまってて。こっちにはこないこと。いい?」

「え? ああ、いいけど……」


 本棚の向こうに姿を消す。

 一回、写真をとる音がした。

 そこからまつこと数分、


「はい」


 深森さんはもどってきて、スマホをおれにかえす。

 裏向き、画面は床のほうに向いている。

 それをひっくりかえそうとすると、


「向。画面をみずにスマホをしまって。学校を出るまでは、そのままで」


 がっと手首をつかまれて、真剣な顔つきでそう言われた。


「じゃあ行きなさい。教室まで二人で行くわけにはいかないから、私はあとで出る」

「深森さん」

「さようなら、むかう


 廊下を歩きながら、おれはぼーっと考えていた。

 

(「さようなら」か…………)


 あっさりといえばあっさりすぎるわかかただった。

 まあ、泣いたりするのは彼女のキャラじゃないけど。

 最後までふだんどおりの、とくに感情をださないポーカーフェイスで。


(残念だな。一回でいいから見たかった)


 深森さんのガチの笑顔。

 にやっ、とクールにほほ笑むことはあったけど、こう……目が細くなって「あはは」みたいなのは一度もなかった。

 いったい、どういう表情になるんだろう。


「いてっ!」


 考えごとをしていたら、だれかとぶつかった。

 男子。

 おれは足がよろけて、向こうはどっしりと仁王立ちだ。


「あ」


 思わず声がでた。

 目の前でズボンのポケットに両手をつっこんで立っているこの男は、ダンス部の的場まとばだ。


「……アンタ転校するんだってな」

「えっ」

「勝手なヤツだぜ。まったく」

「勝手ってなんだよ」


 反射的に言い返すおれ。

 的場は、じーっとこっちを見たままで、右手をポケットからぬいた。

 なぐられるのか? とおれはとっさに身がまえる。


「なあ、この前アンタに言われたこと、そっくり返しとくぜ」


 ぐっ、とにぎりこぶしでおれの胸を押す。


「あいつを裏切んなよな。絶対。絶対だからな。遠距離だろーがなんだろーが……なにがなんでも、うまくやれよ」

「わかってる」

「じゃあな」


 くるりと体を回して、またポケットに手をいれて猫背ぎみの姿勢で歩いていく。


(意外とアツいヤツだったんだな)


 もっと時間があれば、もしかしたらいい友だちになれてたかもしれない。

 そんなことを考えながら教室にもどると、あとはあっというまに―――


(きたか。このときが)


 校門前にずらりとならんでいる、クラスメイトの花道。

 もはや「いかないで」と引きとめてもらう必要もない。

 胸をはって、とぶ鳥あとをにごさすで出ていくだけだ。


(モア。モアは……どこにいる?)


 どんな人ごみでもだれよりもはやくさがせる自信がある、あいつの姿。

 が、見当たらない。

 ハシからハシまで何度もチェックしても、花道の中にはいないようだ。


「ベツ!」


 何事かを察したのか、親友の優助ゆうすけがこっちに走ってきた。


「気持ちはわかるぜ。おれだって、ベツには行ってほしくねぇ。でも、これから飛行機のらないといけないんだろ?」

「あのな優助……先生に言ってきてくれないか?」

「もちろんさ。なんて言ってくりゃいい?」

「やり残した大事な用事がある」きっ、とおれは上に向いた。優助とまっすぐ目を合わせた。「だから校舎にもどります、って」

「ベツが用事って……」あ、と気づいたように花道のほうに目を向ける。「そういや、いないな。あれ? どこ行ったんだー?」

「おれは知ってる」

「へ?」

「あいつが今どこにいるか、おまえが教えてくれたんだよ」

「お、おお……よくわかんねーけど」と、照れくさそうに頭をかく仕草をする。

「ありがとな、優助」


 ぽかんとする親友をあとに、おれはダッシュした。

 うしろでザワザワしているのがきこえる。


(どこだ? 一番近いところか? それとも教室に近いほうか?)


 向かっているのはトイレ。しかも女子トイレだ。

 おれのループはトイレからはじまって―――



「あ……」



 トイレで終わりをむかえる。

 一階。正面玄関を入って少し先の、

 その手前、廊下に面した手洗い場。


 うしろから、おれは声をかけた。


「こんなとこにいたのか」

「コウちゃん」目の前の鏡にうつる俺に気づき、ふりむかずにつぶやく。

「なに泣いてんだよ」

「は……はぁ~~~~~っ!!!??? ぜんぜん泣いてないからっ!」


 大声を出しながら、ふりかえった。

 実際、よく顔もみずに口にしたんだが、

 モアの両目は、かくしようもないほどうるんでいた。


「そんなカオしてるの、ピアノの先生にしかられたとき以来だな」

「…………しかられてないし」むっ、とモアはジト目でおれをみる。「急にそんなむかしのはなししないでよ」

「わるいわるい」


 おれとモアは向かい合った。

 おれの心はおちついている。


 もっとドキドキしてるもんだと思ったけど、

 こんなに静かな気持ちで打ち明けられるんだな。


「いつかのラブレターのつづきだ。おれは萌愛が死ぬほど好きだ。でも……もし、ほんとに死んじゃったらごめんな」

「ちょっと……な……なに言って……」

「行こう。みんながまってる」


 手をとったら、ふりほどかれた。


「あ、ごめん。なれなれしかったな。ほら、おれが先にいくから、ついてこいよ?」


 いまにも泣き出しそうなモアをうしろにしたまま、

 一歩、ふみだそうとしたその瞬間―――


 制服の背中が二か所、ワシづかみにされた。

 そのまま、ぐいと引き寄せられて、


 

「い゛か゛な゛い゛でぇ~~~っ!!!!」



 あいつに力いっぱい、

 引きとめられた。


「モア」

「う゛~~~~~~~~っ!!!!!」


 どんどん、と背中をたたかれて、またひっぱられる。


「もうしょうがないんだよ。なっ?」


 ずずーっ、と鼻をすすった。

 そしてふたたび「いかないで」とガラガラした声でいった。

 鏡に、モアが顔を真下に向けているのがうつっている。


「おれだって行きたくないよ」

「じゃあ!!!」顔をあげた。「いいじゃん! 私の家にくるとか……なんか……そういう」

「そんなのカンタンじゃないだろ。迷惑もかかるし」

「このままここにいよ……。ねっ、じゃないと……」


 おれは萌愛のほうを向いた。


「コウちゃんが、ほんとに死んじゃう……」

「え?」

「ループ……してるんでしょ?」

「どうしてそれを知ってるんだ?」

「ごめん。図書室で二人ではなしてたの、きいたの。なんかほとんど意味わかんなかったけど、ウソついてないっていうのはわかった」


 モアがおれの二の腕をつかむ。 

 おれは心配させないように、せいいっぱい明るい表情をつくった。


「大丈夫だよ」

「……でも」

「なんとかなる。なんとかするよ、おまえのために」

「コウちゃん」

「笑って、おれのこと見送ってくれないか?」


 モアの両肩に、そっと両手をかけた。


「再会できるようにがんばる。だから、モアも同じ気持ちでいてくれ」

「うん」


 二人で校門の前にもどる途中で、ふいにあいつが立ち止まった。


「どうした?」

「コウちゃん、これ」す、とモアは髪につけたヘアピンをはずす。「もっていって」

「これ……お母さんがのこしてくれた大切なヤツなんじゃないのか?」

「これを私だと思って。それに、かならずお母さんがまもってくれるから」


 わかった、とおれは受け取って、ポケットにいれた。


 そして、


 拍手といっしょに左右からはげましの声をかけられながら、花道をとおりぬける。

 最後に先生に肩をポンポンとたたかれて、

 おれは、



(元気でな。モア)



 学校をでた。




 とうとう今日で転校か。

 おれは、うしろをふりかえる。


(なんだ。もうだれもいないぞ)


 校門の前は無人だった。

 さっきまでの花道も、きれいになくなっている。

 おれは青空を見上げた。


(あーあ、結局モアとは、気まずくなったまんまだったな…………)


 うしろ髪をひかれる、っていうか。

 むしろひいてほしかった、っていうか。

「いかないで」とか期待してた、っていうか。 


(切りかえていこう!)


 ぱちん、とおれは両手で自分のほっぺたをたたいた。

 これから外国で新しい生活をはじめようってときに、こんなヘコんでてどうする。


 しばらく歩いたところで、


(ん?)


 ぶるっとふるえたような気がして、ポケットからスマホをとりだした。


(なんにもきてない。気のせいか)


 と、なんとなく違和感。

 ホーム画面の一番下に、みたことないアイコンがあった。

 人の顔っぽい。画像ファイルみたいだ。

 タップしてみたら、


(?)


 自撮りでめっちゃ笑ってる。こっちまでうれしくなるような、満面の笑み。

 女子だ。うちの学校の制服。

 あれ?

 こんな子いたっけ? 同じクラスか? だれだ?

 三つ編みの美人。ハンパじゃない美人だけど……


(ふ……深森ふかもりさんか!)


 この髪型で同級生といえば、彼女しかいない。

 メガネをはずしてるけど、きっとそうだ。


(なんで――――?)


 立ち止まったまま、考えた。

 しかしわからない。深森さんとおれは、一度だって会話したことないんだ。

 画像のファイルをよくしらべると、タイトル名が「BYE MY FL」となっていた。

 バイマイエフエル?

 BYEはグッバイのバイだよな。

 FLっていうのは? フレンドか? だったらFR……アールになるはずだけど。


(まあ、いいか。そんなのどうでもいいぐらい、いい笑顔だ)


 スマホをポケットにもどすとき、

 かたいものが指にふれた。

 とりだして、確認する。


(え? どうしてこんなものを、おれがもってるんだ……?) 

 


 そのとき、ほとんど真っ暗な視界のスミで、なにかがキラッと光った。

 左手の先。

 おれは、そっちへ向かって、思いっきり手をのばしてみる。

 息苦しさはあったが、口を大きくあけて、すえるだけ空気をすいこんだ。


 少しずつ、体に力がわいてくる気がした。


(そうだ! おれはまだ死ねない! あいつと再会するまでは!)


 じっと目をこらしてみつめていると、それが赤い色をしていることがわかった。

 ヘアピンだ。

 赤い花がパッとさいたデザインの。

 あの花はカーネーション。

 モアのお母さんが好きだった花。


(も……もうすこしで……)


 指先がとどく直前、ぼろっ、と左手のあたりで土がくずれるような感触があった。

「おい! こっちだ!」とさけぶような声。英語で。

 だんだん音も光もとおくなってるようで、


 気がつくと――――



 ことっ、とコーヒーがテーブルにおかれた。


「どう? うまくいってる?」

「あ。ありがとう、モア」


 日曜日の午後。

 おれは自分の部屋でパソコンにむかって小説を書いていた。


「今日で10月になったね。一年すぎるのって、ほんとにはやいよね」

「そうだな」

「リビングで休憩しない?」


 ああ、とおれはコーヒーを手に立ち上がる。

 モアがすわるソファのとなりに、すわった。


「この季節になると、思い出すよ」

「おれが転校したのを?」

「うん。それもだけど……」


 無言で、鏡台きょうだいのほうに視線を向けた。

 そこにはモアの形見で、おれの命をすくってくれたヘアピンがある。


「助かってよかった」


 そう言っておれの肩に頭をのせる。

 中学の時から変えていない、シャンプーの香りがした。


「今度、クラスの同窓会があるんだって」

「それって、おれも行っていいのか?」

「ふつうにいいと思うけど……っていうか、行くの? コウちゃん、そういうタイプだったっけ」

「いや、まあ」

「わかった! だれか会いたい子がいるんでしょ?」

「そうだな」おれは今でもスマホに残してある、あの画像を思い浮かべていた。「深森さんに会いたいな」

「めっちゃ堂々と言うじゃん! ほかの女の子に会いたいって……バカ」


 モアは頭をはなして背中を向けた。


「そういうんじゃないよ」

「だろうけどさ」肩ごしにこっちを見る。「いい気はしないよ」

「ヤキモチか?」

「知らないじゃん……」


 よっ、と腰を上げて体の向きをもどす。

 ショートの髪がふわりと舞い上がった。


「コウちゃん、彼女としゃべったこと、あるの?」

「たぶんあると思う」

「たぶん~~~? なんで記憶が曖昧あいまいなのよ」


 ずず、とコーヒーに口をつけ、カップを手にしたままソファから立った。


「つづき?」

「まあな」

「ところでコウちゃん、なんの話かいてたの?」

「べつに」

「べっしょ」

「それおれの名前」


 幼なじみはいたずらっぽく笑って言った。


「おれたちの、でしょ?」



   [完]


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「いかないで」と全力で引きとめられるまで転校できません 嵯峨野広秋 @sagano_hiroaki

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