遅延

高黄森哉

遅延

 あるとき人間の認知は歪んだ。なにをするにも時間がかかるようになってしまったのだ。たとえば、今もなお、おしっこに三時間かかっている。なーに、それはもとからだ、心配ない。おしっこが画面にかかった。


「あっ」


 と言う間に時間が過ぎた。ものすごい勢いで、である。その時、自分は破廉恥な広告に目を奪われていた。そして、広告が終わると、次ぎの破廉恥な動画が再生された。そして、


「あっ」


 と言う間に時間が過ぎた。たった十分の破廉恥な動画、しかし十分は一時間の六分の一で、つまり、この動画を六回見たら、それだけで一時間が経過する。すると一日は、まるでポルノになる。一日とは、まるでポルノである。その集合である人生は、それはそれはもう、ポルノだ。サイトを覗いてから、帰ってくるまでに二時間かかった。二時間あればもっと有益なことを出来たに違いない。挙げるなら、破廉恥な動画を見る、とかである。そして、おしっこに四時間が経過した。


「あっ、あっ、あっ、あっ」



 〇



 別にそんな下品な動画を見てなくても、どこに行ったって時間は早く過ぎ去った。しかしそれは飽くまで主観的な見方である。


 周りが早く見える人間は、大抵は自分が遅いのだ。世界が加速し、それについていけなければ、トロイ型人間だった。標準は世界であり、自分の考えを一般化するのは危険である。理解が得られなくなるからだ。


「お手洗いで何をしていたんだ十時間も。意識を失っていたのか。なあ、どうなんだ」


 上司に叱られているとき、時間はすぐに過ぎた。頭を情報でいっぱいにする。すると処理が落ちる。うまく処理できなくなると、情報は渋滞する。それを解消するために取捨選択が派生する。そして上司の説教が脱落する。


 自分はその時、時間が早く感じるのも、如上のプロセスを経ているからだと気が付いた。スマホで検索した情報で、脳をぎゅうぎゅう詰めにしようとする。すると、いらない感覚が脱落する。つまり自分が面白がっていること以外、ほとんどなくなる。今、過去、未来、脱落する。明日、明後日、が脱落する。時間感覚が脱落する。脱落する。脱落する。脱落するが脱落して、空白になる。


 桃色な画像で脳みその記憶メモリを埋めた。


「そして、どんどん、それを加速させていったらどうなるかー。なってしまうのかー」


 自分はすくっと立ち上がった。それも、両腕をピッタリ脇腹に密着して、手首を九十度折るペンギンの体位で。自分以外の人間は、奇怪なものを見る目で自分を見ていた。しかし会社の人間は意識から脱落した。あるものは、ミュージカルが始まるのだと言った。あるものは、救急車を呼んだ。あるものは、警察を呼んだ。自分はというと、ポルノスターを呼んだ。恥は認知の端から脱落した。脱落した、脱落した。


「そしたら、すごいことになるだろー」


 語彙が脱落した。自分が何を主張したいか脱落した。主張なんか、そもそもなかったのかもしれない。見切り発車的創作の弊害だ。お話から主張が脱落した。すなわち無が無中に脱落した。


「おい、お前。そこを動くな」


 時間が脱落した自分は、警察をほんろうした。会社員の時間を戻して、胎児にしてやった。ソファーに羊水があふれ出した。倫理観が脱落した。警察の顎が限界まで開き脱落した。その人の肛門から便が脱落した。脱落した、脱落した。茶色の山が出来た。


「けが人はどこですか」


 救急隊員のため、救急隊員を怪我させてやった。救急隊員は怪我人を欲していた。まず、隊員に痰飲させてやった。口元から脱落した痰を、隊員に戻してやった。隊員は、そして案の条、もどした。その吐しゃ物を喉へ戻した。隊員の口から痰飲の吐しゃ物が脱落した。救急痰飲により、救急隊員は、緊急隊員になった。常識が脱落して、脱落した。ついで残酷描写が脱落した。また読者も脱落した、の、かもしれない。作者から自信が脱落した。


「しまいにはー、これを読んでいる人間の時間も脱落するだろー。それは、これを読んだ時間が無駄だからなのだろー。無駄な情報の横溢は、情報全体を攪拌、飽和させ、事実上の無意味化を招くだろー。そうだろー。そうにちがいないだろー」



 〇



 最後に、創作からオチが脱落した。脱落した、脱落した。

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遅延 高黄森哉 @kamikawa2001

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