第2話 劇場
「立派な建物だな……そして人っ、多い多い……ッ!」
街で出会った陽気な男に勧められ、辿り着いたのがこの劇場。豪華だが下品ではない、洗練された装飾品の数々が素晴らしい。素人目にも良い物であることが分かる。
息苦しささえ無ければ、じっくり見てみたいくらいには興味を引かれた。
そして、
「ご来場の皆様!本日メインホールで予定されている『人魚の歌』の開演まではかなりの時間がありますから!焦らないでください!!」
……とても騒がしく、混沌としていた。
先ほど耳にした話から察するに、今日は「普段」と比べても特に込み合っているのだろう。しかし、そんな状況下であっても目敏い人間というのはいるもので。
「おや?おや~!?貴方様、もしかしなくとも勇者様であられるのでは!?」
「うぉ!?あ、はい」
「よくぞこの街へいらした!ここは芸術の街……美しい自然に囲まれ、美しい美術や文学、そして音楽に満ちている!舞台を夢見るアーティストの住まう街なのです!」
「なるほど」
その話に納得を覚え頷いていると、男は言葉を続ける。
「そうです、勇者様。劇場は今このような状況ですが……街のそばにある森には既に行かれましたか?」
「森、ですか?いえ、まだです」
「でしたら!是非訪れてみてくださいな。あそこには……」
「おーい、そこの荘厳な剣を携えた勇者様!」
——よく通る、本当によく通る美しい声であった。
声はエントランスの二階からだ。顔を向けると、一人の男が其処には立っていた。
月の石を思わせるような、淡いプラチナブロンドの髪。紫と黄色が溶け合った、不思議な色彩の瞳。そんな、相貌の美しい男がこちらに微笑んでいた。
「な、なん……!?あ、あぁ、貴方様がどうして……ッ!?」
バタッ!!
隣にいた、先ほどまで言葉を交わしていた男はひっくり返ってしまった。
心臓の音がうるさい。そんな自分のことなどお構いなしな声をかけてきたその人。
彼は中央の階段を我が物顔で優雅に下り、一直線に此方へと向かってくる。
賑やかであった空間は、異なる騒めきに支配されていた。
「彼が、あのお方がこんな近くに……!!」
「はわわ……っ!なんてことかしら、なんてお美しいのかしら……!!」
「お声を聴けるなんて……こんな偶然!奇跡!最高の日だ!」
ザワザワと色めき立つ周囲の人々。それでも彼に道を開け、直接触れることもない。
そのくらいこの男は劇場において、この街において圧倒的な存在なのだろう。
「こんにちは!お初にお目にかかります、勇者様。私はアイザック……この劇場にて音楽を生業としている者です」
以後お見知りおきを!と、アイザックと名乗った男は上品な笑みを浮かべた。
とある街での、なんてことない話 ハクセキ @M-hakuseki
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