みやゆきはち

2019/11/11

 液体に浸る四角形に淡い影が映し出されていく。それは過去の記録で誰かの思い出だ。狭い写真部の部室にはいくつもの写真が吊り下がっていた。夕焼け、空き教室、休み時間、目につくのは見慣れたクラスメイトの顔。笑顔でピースを向けているものもあればカメラに気づいていない真剣な横顔もある。あいつそんな表情するんだ、って関心するものも結構多い。

「よく撮れてるでしょ」

 宮古は悪態を忘れてうん、とだけ返す。芽村の写真は瞬間を切り取って空間をそのまま残す。

 独特のにおいのする写真室はいつも誰もいなくて、静かで薄暗くて心地いい。

「そうだ、芽村誕生日おめでとう」

 宮古の言葉に芽村は明らかに驚いたような声で返した。

「覚えてたのさ?」

「今日は何の日みたいなやつで思い出した。芽村も愛良もぞろ目だから覚えやすいよねー」

 宮古が言うと芽村は自慢気にふふんと鼻を鳴らした。

「一か月だけ先に英よりお姉さんさ」

「あっは、それ愛良も誕生日に同じこと言ってた」

 うそ、と返した間抜け顔を撮ろうとカメラを向けると、素早く芽村がレンズに手を伸ばす。

「写真室ではフラッシュ撮影禁止さ」


「英は――死にたいと思ったことあるさ?」

 写真を乾かしながら芽村がぼんやりと呟いた。芽村はたまに突然、こういうことを言う。

 芽村は女子のグループにいるよりも一人で写真を撮っていたり、じめじめしてきのことか生えそうな根暗な男子に声をかけることの方が多い。愛良と同じで多分世話焼きなんだろう。けれど芽村は愛良よりも意思が弱いから流される。

 白い顔がさらに蒼く透き通って見えた。細い手足にも覇気がなくて、まるで幽霊みたいだった。

「何、亘理の真似?」

 宮古が笑うと芽村は少しだけ唇を噛んで嫌な顔をした。

「そうじゃなくて、ほんとうに」

「てゆうか、宮古に聞く方が間違ってると思わない?」

「言われてみればそーださ……」

 芽村は関わらなくていいことに関わって後悔するタイプだと思う。きっと芽村は見逃せない。生とか死とかで揺れ動くやつを。それは被写体に向き合うこととよく似ているから。

「宮古はなんとなくもう死んでもいいかなって思ってたんだけれど」

 芽村、って名前を呼んだら素直に顔をあげて、丸い瞳と目が合う。邪気がなくていろんなものをうまく流せない子どもの目。宮古はこの目にカメラを向けられるのが苦手だ。

「死にたいなら、一緒に死ぬ?」

「え?」

 別に怖いことじゃない、そう言って頭を撫でると芽村が諦めたように笑った。


「……死にたくなったら考えるさ」

「えーっ?今死にたいんじゃないの?」

「なんでさ」

「いや絶対今死にそうな流れだったじゃん!」

「違うさ、英もはち君を見習ったらいいさ」

 愛を唱えるお節介な宗教家を思い出す。宮古が愛良みたいな感じだったら愛に溢れすぎてうちのクラスはもっと暑苦しくなっているはずだ。

「宮古が愛良みたいな感じだったら爆笑じゃない?」

「あはは、確かにさ」


 暗室から出て新しいカメラの調子を確認するために芽村が試し撮りを始めた。試し撮りのはずなのに夢中になって写真を撮っている。

 カシャリ。自分が撮る前に聞こえたシャッター音にカメラを持ったままの芽村が振り返る。

「英!」

「あっは、誕生日プレゼント、ってね」

 愛良が宮古だったら自分の撮った写真を贈るだろうと思ったし、純粋にカメラマンとしての芽村を一回撮ってみたかった。真剣と自然の中間みたいな顔でカメラを持った横顔は凛としていて、ついさっきまで死にたい話をしていた幽霊には見えない。

 この写真が色褪せて、やがてこんな写真を撮ったことすら思い出さなくなる日がきたら、そのときにはあんたはまた死にたくなっているのかな。宮古は他の人が死にたくなる基準みたいなのはよくわかんないけど。

 それでもいっか、って思って、シャッターを切った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る