2021/11/11
冷えた空気のところどころに銀杏の香りがする。茹だるような湿度を失って、さっぱりと澄んだ空気はいつの間にか秋を彩っていた。長くなった影がすぐに沈む太陽の低さを主張する。
「英はなんで写真を撮るのが好きなのさ?」
被写体から視線を外さずに芽村が言った。宮古は気になった。真剣なときの芽村がこういう話をするのは珍しい。けれど、逆にカメラを構えていることが演技なら頷ける。
「どうして?」
「どうもしないさ」
普段通りの満足のいく写真を撮った後の時間潰しか。
「多面性の証明になるから」
「……多面性」
飲み込めない単語を咀嚼するようにゆっくりと芽村は繰り返した。
真剣には話をしたくなくて金木犀にレンズを向ける。小さいオレンジの花の集合体は全体をとればぼんやりとしたオレンジだし、一部を拡大すると全体がわかりにくくなる。
「同じものを撮っても時間や場所が違えば全然違って見えるし、撮影者が違うと全部違った写真に見える」
「ふうん」
曖昧な返事を同意と見なして続ける。
「だから宮古は芽村の撮るアングルも、愛良が撮る被写体ドアップの写真もいいと思う」
愛良の写真を思い出したのか芽村がくすくすと笑う。
「はちくんの写真は優しくてあったかくて好きさ」
「お前らみたいな思い出信者じゃなくて悪いね、あっは」
宮古は飽きっぽいから昔のものをいつまでも大事に抱えられない。思い出すために写真に残すっていう感覚は芽村に出会って初めて実感した。
「いいさ。これから英が忘れる分も全部わたしが覚えてるさ」
虚像が目に見える形で残ることの何がいいのか宮古には正直よくわからない。
けれど二人でカメラを向けるなら、そのくらいが丁度いい気がした。その方が被写体にも飽きられないだろう。
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