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……話は、ようわかりました。俺にはどっちがほんまの話なんか、まったく判断できません。
せやけどあなたの話が真実なんやったら、俺は、謝ってもどうしょうもあれへんけど、謝るしかない。せやから一応謝ります、本当に申し訳ありませんでした。
こんなん言うても気ぃなんか済まんやろうとはわかってますが、どちらにしてもこの村はもう終わりです。
その、あなたのいう化け物は、大きくて黒い、狼と虎に近い生き物なんやろう?
寓話をしょうもない作り話と思うてた理由は、あるんです。
この村はなぜか、毎年一人ずつ神隠しにあいました。神隠し言うても、子供にそう言うて寓話で落ち着かせとっただけで、ほんまは山に住む異形の獣に食い殺されとるんやと、俺は子供の頃から思うてました。
見たことがあるんです。昔にね、山に迷い込んだんです。その時に見てしもうた。
大きくて黒い、でも綺麗な化け物が、村人を食い殺しとるところを。
ほんまに綺麗でした。動きに無駄も慈悲もあらへんかった。悲鳴を上げさせる暇なんか与えるわけがない素早さで、一瞬で喉笛を噛み切って容赦なく蹂躙してました。鋭い牙で骨も残さんよう、ぼりぼり噛み砕いて飲み込んでたわ。その化け物が山の奥に帰った後は、それはもう水を打ったように静かで穏やかで……。
俺はあの化け物の捕食する場面が見とうて、何遍も山に入りました。見る度に惹かれて仕方なかった。あんなに毎日通うてたのに、よう見つからんかったなと思います。いや、見つけてたけどほっといてもろてただけなんでしょうね。
なんやったら、村人が山に入るように仕向けたりもしてました。子供を湖に落として騒ぎにしたり、大人を呼び付けて山に入らせたり、村の食糧をわざと腐らせて山に採りに行かなあかんようにしたり。
ふふ、ほんまにあなたの言う通りかもしれませんね。人間の方がよっぽどバケモンや。単に人間が食糧なだけのあなたから見れば、こんな身内で足引っ張り合うような、狡賢さだけが取り柄の生き物あほらしいやろ。他に見たことあれへんわ。
そんでその、人を食う化け物は、俺からすれば化け物とか呼ばれる筋合いもあらへんほど魅力的やった。
暴力的で、圧倒的で……こんなに美しい生き物が人間なんかに騙されてやられるわけあらへんやんけって、俺は知ってた。せやからしょうもない寓話やと思うてました。
あれ、あなたやったんですね。
そんで、この村にはもう俺か、数年もすれば死ぬような老人しか残ってへんって、わかってて来たんですね。
……ああ、いや、そうやないな……あなたは物陰からずっと見てたガキが俺やって、知っててわざわざ、来てくれたんか。
お父さんは? 亡くならはった……?
……そうですか、俺なんかに言われても心外やろうけど、お悔やみを申し上げます。
え? ああ、お悔やみっていうのは……死んだ人を悼む気持ちというか、安らかに眠って極楽でゆっくりしてください、やと思います。
未練も何もあらへんよ。来てくれてほんまに嬉しいです。あなたが村に復讐するのは当然ですし、もし俺の話した寓話の方がほんまなんやったとしても、そんなもんはもう、俺が死ねば全部藪の中やないですか。
あなたのお父さんの気持ち、少しはわかる気がします。
自分とはまったく違う生き物は何よりも恐ろしくて、ありえんほど美しくて、惹かれてもうたらもう戻れへん。
……あなたもそうなんですか?
ああせやったら、俺が女やったら良かっただけの話なんかな。残念です。
せめて楽に殺してな。
藪問答 草森ゆき @kusakuitai
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