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 ああ、怖がらせて悪かったよ。そうだよなあ、いやわかっちゃいたんだけどさ、そうか、そうだな、あんたは何も知らないんだし、おれも見たわけじゃあないからな。

 話してくれてありがとう。爪と牙は……ほら、これで消えただろ? ごめんごめん、そんなに怖がらなくていいよ。

 寓話の化け物そのものじゃあないんだからさ。


 そんじゃあ、次はまたおれが聞いてもらおうかな。まず言っちまうと、おれが知っている話とあんたが聞かせてくれた話はかなり食い違っている。

 流れはほぼ同じだし、重なる部分はあるけどね。母さんの失踪とか父さんの怪我の感じとかは、大体一緒。


 おれが聞いた話はこう。


 母さんに受け入れてもらえた父さんは、母さんを山に連れて帰っちゃったわけだ。母さんが、みんな父さんを怖がるかもしれないし、って言ったらしい。それで、二人は山の中でそれはもう仲良く過ごした。おれなんかできるくらいには仲良く暮らして、だけどあるとき父さんが、おまえだけでも村に帰るといいって、説得したんだ。

 なんせおれだよ。この通り、見た目がちゃんと人間だった。だからさ、山で危険に暮らすよりも、母さんとおれだけでも村に帰って、人の暮らしをするべきなんじゃないかって、父さんは思ったんだな。

 母さんは父さんの気持ちがよくわかった。そんで、おれのことも確かに心配だった。

 だから村に戻ったけど、湖でよく化け物と会ってたってのが知れ渡ってて、追い返されたらしいんだ。

 ま、それは仕方ないじゃん。村人の気持ちもわかるぜ、おれは。抱いてるの絶対化け物の子供だし、そんなのと暮らすの嫌じゃん、あんただって嫌だろ。

 ともあれ母さんはまた山に帰った。それから次は、父さんが一緒についていった。


 違うのはこの辺りからだよ。


 父さんは一応、人間の言葉が話せるからさ。母さんと一緒に戻って、ふたりを村に住まわせてほしいって頼んだ。でも受け入れるのは難しくて、断られた。父さんは諦めなかった。村の近くに滞在するところを作って、毎日、毎日、頼みに行ったんだ。

 そしたらある日、父さんだけがいる時に、母さんの両親が来た。ふたりを住まわせるのは構わないけど、父さんが怖くてみんな、嫌がってるって話してくれた。ふたりだけを住まわせたとしても、たとえばおれが仲間はずれにされたり、母さんに何かあったりしたときにあんたがすっ飛んでくるかと思うと恐ろしくて、とても受け入れられないって。

 ならどうすればいいか、父さんは聞いた。まずその、獣とも思えない、鎧を着てるような見た目が怖いって言われて、おれと母さんのために剥がした。次に子供が怖がると言われて爪と牙を剥いだ。真っ赤に光る目が怖いって言われて、抉るまではできなかったけど、布を巻いて隠した。両親は良かった本当に良かったこれなら大丈夫だって喜んで、実は母さんとおれはもう連れて行ったんだって言われて、何も見えない中誘導されて村に向かった。はずだった。

 父さんは崖から突き落とされた。谷底に落ちてから、気がついた。はじめは何が起こったかわからなくて、布を剥ぎ取って確認したらさ……


 父さんより先に、母さんが谷底に落ちてたんだ。おれごとね。


 化け物の父さんと、母さんに抱えられて守られたおれは、一応生きてた。まあ無傷じゃないんだけどさ、ほらここ、肩のところ……へこんでるだろ? これは父さん曰く、斜面にぶつけて抉れた傷だ。

 母さん? 生きてるわけねえだろ殺すぞ。ぐちゃぐちゃになって花みたいに可憐で綺麗だった姿なんて見る影もなかったって、泣きながら話されたんだぜおれはさあ。


 ……はは、冗談、怖がらなくていいよ、殺さないって大丈夫。

 それにさあ、これ、おれの言ってることが本当だったらさ、人間の方が怖いじゃん。


 化け物。

 あんたらの方がよっぽど、化け物だ。

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