2

 そのあと、ですか。俺には想像しかねますけども、わざわざこんな、もうほとんど人も残ってへんような場所までご足労いただいたからには、よほどの事情があるんやなあとは思うてます。

 とりあえず、今おっしゃったことを事実と見て、思い出したことがひとつだけあります。

 しょうもない寓話ですよ。この村に伝わっとったらしい、注意喚起の類の他愛ない言い伝えです。

 今あなたの言うたような導入なんです。昔々の話です。村で一番美しいとされていた娘が、山に住む化け物に出会って連れ去れてもうた、というところから始まります。

 ……聞きたい? ええ、わかりました。ほな話させてもらいます。


 かつてこの村に住んでいた娘は、狼を醜くしたような風貌の、恐ろしい化け物に見初められてしまい、山へと連れ去られてしまいました。両親や兄は毎日山に入り、娘の姿を探し続けましたが、娘の姿はおろか化け物の姿も見当たりません。

 ところが諦めかけたとき、ふらっと娘が戻ってきました。両親と兄は喜びましたが、村のみんなは怖がりました。

 なんでやって?

 娘が腕に、子供を抱いていたからです。

 それはもちろん、化け物の子供でした。両親と兄は止めましたが、怖がった村人たちは娘を山へと追い返してしまいました。

 さあ、翌日です。

 娘は再び、村へと戻ってきたんですが、腕には相変わらず子供を抱いており、その隣には……

 化け物が、ついてきてもうてました。


 今度は恐ろしさのあまり、追い返すこともできません。娘と化け物は村に住み着いてしまい、村人の恐怖の日々が始まります。

 化け物は獰猛で、非道で、人間とはまったく違う生き物です。食事は当然のように人間で何人も傷つけられ、中には丸ごと食べられてしもうた村人もいました。

 このままでは生きていかれへん、なんとかして化け物を追い出さなあかん、村人たちは考えました。

 そして村長を中心に話し合い、化け物退治の計画を立てました。

 正面から戦っても勝たれへん。せやから、完全に服従したふりをして、少しずつ追い払おうという計画です。


 ……話を飛ばすようになるけども、さるかに合戦という昔話を知ってはりますか?

 ああ、知ってる。良かった。村人が立てた作戦は、主にこの、さるかに合戦に則った流れになるんです。

 まず、陽動係が外でわざと騒ぎを起こして、化け物を庭に出てこさせます。それから弓矢が得意な村人が化け物の目をこう、びゅっと射抜いて潰してまうわけです。

 視界さえ奪えばあとは簡単で、もがき苦しむ化け物に村一番の力持ちである村人がのしかかって爪や牙を折ったり、鍛冶を営む村人が仕事用の火で体を焼き、逃げ出した化け物をみんなで崖に突き落とす。

 化け物は谷底で息絶え、怖くて従ったままやった娘も泣いて喜んで、村にも山にも平穏が訪れました。めでたしめでたし。


 これが、ここに伝わってる寓話です。


 俺はこの話をまったく間に受けてへんけども、なんやろうな、今ちょっと、怖なってきてますよ。

 あなた、鏡見ますか?

 はじめここに来て話し始めた時には、なんや妙な人が来はったなあようわからんこと言わはるしどうしょうなあ程度に思うてましたし、今の寓話もこういうしょうもない、昔話をもじったか派生させて伝えたか、とにかく子供に「山に入ったらあかんよ、化け物に連れ去られてまうからな」って、怖がらせる意図の作り話やと思うてたんですが……

 違うんですね?

 怒らんといてください、今のはほんまにただ伝わってただけの話で、俺が適当に言うたもんやないんです。


 牙と爪が、剥き出しになってるんですよ、今。

 おさめてもらえませんか、お願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る