17.私の中で変わったこと

 それから数日が経った日の事です。

 私はその日もいつもどおりに朝の街並みを見下ろしていました。だけど、数週間前とは違う事が一つあります。


(あ……)


 通りの向こうからやってきた隊長さんと目が合います。慌てて引っ込むこともなく、私は笑って小さく手を振りました。隊長さんも手をあげて何やらジェスチャーをしています。呼んでいるのでしょうか?


「おはようございます、隊長さん」


 カーディガンを引っ掛けて通りに出ると、彼はそこで待っていて下さいました。早朝の誰も居ない通りで、キラキラとした朝日が輝いています。


「おはよう、こんな朝早くにすまない」

「いいえー、大丈夫ですよ。最近はどうですか?」


 もう一人のウィルフレドさんとは上手くやって居ますかと尋ねると、隊長さんは苦笑を浮かべて肩をすくめて見せました。


「何とか折り合いをつけてやっている。あいつめ、私と会話できるようになってからというもの、日中余計な口出しが多くてな。やれ戦い方がどうの、部下への指導が手ぬるいだの……夜、自宅に帰ってから交代することが多いかな」

「あはは、今は呼んでも出てこないですかね?」


 そう尋ねると、隊長さんはほんの少し目をつむります。目をあけるとニヤリとどこかで見たような笑いを浮かべました。


「何やらもっともらしい言い訳を並べている。たぶん君と顔を合わせたくないんだろう、泣いたところを見せたのがよほど恥ずかしかったと見える」

「ふふ」


 いつか、また私の前にも姿を現してくれるでしょうか。……そんなに遠い先の話でもない気がします。なんとなくそう思うんです。


 自分の手を見つめていた隊長さんは、どこかすっきりしたような表情で続けます。


「いつか私たちは統合するのかもしれないし、そうではないのかもしれない。でも、それで良いのだと君が気づかせてくれた。お互いのいいところを少しずつ見つけてゆっくり話し合っていくさ。『俺』も少しあいつを見習おうと思う。面倒くさいところを全部こっちに押し付ける厚かましいところとかな」


 いつもどこか緊張しているように固かった隊長さんが、いたずらっぽく笑ったことで私は思わず吹き出します。副隊長さんの苦労は少し増えそうですけど、ご本人も頼ってくれと言っていたことですし、いいですよね?


 ひとしきり笑い合ったところで、隊長さんは懐から緑色の巾着を取り出しました。こちらの手に乗せると中を確認してくれと言います。

 ずしりとした重さに首を傾げながら開けると、中にはとんでもない枚数の銀貨が入っていました。仰天した私は慌てて突き返そうとします。


「こ、こんなに頂けませんっ。使った材料は大したものじゃなかったし、そもそも私はまだ新米で――」

「いいや聞いてくれ。チコリ君、君は私を――『俺』たちの未来を救ってくれたんだ。これは君の働きに対する正当な報酬だ、どうか受け取って欲しい」


 真剣な声で言われてしまえばそれ以上拒否することはできませんでした。なんだか誇らしい気持ちになりながら、ありがたく受け取らせてもらう事にします。


 その時、時計塔の鐘が街に鳴り響きました。鳥がバサバサと飛び立っていく方向を見上げながら、隊長さんは呟きます。


「もうそんな時間か、行かなくては」


 その言葉を聞いた瞬間、私の心は冷たい手でキュッと掴まれたように縮こまりました。

 報酬を受け取ったので依頼は完了。それはつまり、隊長さんとの縁がこれで切れてしまうという事です。

 当たり前のことなのに忘れていました。ここ数週間の慌ただしかった日々が、急に遠い過去の物になっていくような気がします。


「では失礼する、今日も一日気を付けて」

「あ……」


 あぁ、これでお別れです。みんなの隊長さんとそれを遠くから見つめるファンに戻るだけ。

 去っていく背中が遠い。思わず伸ばしかけた手は途中で力なく落ちていきます。胸にぽっかり穴が開いたように寂しいです。仕方ありません、だって私なんかが――


「っ、」


 キッと顔を上げた私は、痛む胸の辺りを掴み口を開きました。

 それでも吸い込んだ息は言葉にならず、胸元にたまったもどかしい気持ちが地面を蹴るエネルギーへと変換されます。傍から見ればヨロヨロと情けない歩みだったでしょう。だけど、これが今の私の精いっぱいだったんです。


 五、六歩駆けたところで先を歩いていた隊長さんが歩調を緩めました。立ち止まった彼は、何かを決意したかのような表情で振り向きます。


「「……」」


 驚いて足を止めると、お互いに見つめ合う時間が流れました。鳥たちがチュンチュンと鳴く中、私は瞬きをします。


 少しでもつついたら弾けてしまいそうな緊張感の中、慎重に動いたのは隊長さんでした。緊張したように顔をこわばらせた彼はすぅっと息を吸い込んで、


「あー……次の非番の日なんだが、チコリ君は空いているだろうか?」

「へ?」

「前に話しただろう。大の男が一人でケーキ屋に行くのは恥ずかしいから、その……」


 ぎこちない動きで指し示した先には、緑のひさしのお店がありました。以前私が美味しいとおすすめしたケーキ屋さんです。

 すぐには理解できずポカンとしておりますと、隊長さんは矢継ぎ早にこう続けました。


「ほら、報告したいことが色々残っているから。アイツの事もゆっくり話したいしこんな道端ではなく茶を飲みながらと思ったんだが」


 ここでグッと詰まった彼は、少しトーンダウンして不安そうに頭を掻き乱しました。


「その……無理にとは言わないが……お茶でもどうだろう?」


 心の中で弾けた気持ちが、顔にまでせり上がってきます。熱くなる頬を感じながら私は首をもげそうな勢いでブンブンと縦に振りました。


「ぜっ、ぜひ! た、楽しみですっ、行きます! 絶対行きます!」

「なら次の木曜の午後は?」

「大丈夫ですっ」

「わかった、昼過ぎに迎えに来る」


 ほっとしたように口元をほころばせた隊長さんの笑顔が、私にだけ向けられています。


 こんな、こんな夢みたいな事ってあるでしょうか。お腹の底からこみ上げる嬉しさが、何度も何度も私の心臓をもみくちゃにしていきます。

 緩んだ頬をとても隠せません。私は胸の前で右手を握りしめ、一心に彼の瞳を見上げました。

 隊長さん、隊長さん、嬉しいです。どうやったらこの心を伝えられますか? もどかしくてくすぐったい、こんな気持ち初めてです。


「待ってます、ずっと」


 心の底からの一言を伝えると、それまではにかんだ様に微笑んでいた隊長さんが、わずかに目を見開き静止しました。

 どうしたのかと見上げていますと、彼は真剣な顔をして右手をふいに上げました。そのまま私の頬に触れようとして――その直前でグッと拳を作り引きました。ンンッと咳払いのような物をして顔を逸らします。


「私としたことが。……いやなんでもない、忘れてくれ」

「?」


 頬を染め口の端をピクピクとさせていた隊長さんでしたが、本格的に時間が押しているようです。時計を見上げると爽やかに片手を上げ、道を引き返して行きました。


「じゃあまた」

「はいっ!」


 私はそれを笑顔で見送ってから、店の前へと戻りました。

 あぁ、なんだか清々しい気分です。今までは苦手だった店番も、なんだかできるような気がしてきました。


 店の前の看板を見上げます。トーリエ錬金術屋は今日も営業中。

 錬金術はみんなを幸せにするもの、ですよね。


 さぁ、今日も一日がんばりましょう!



 おわり



+++



最後までお読みいただきありがとうございました。

もしこの話を気に入って頂けたのであれば、他作品も女の子が頑張るファンタジー揃ってます。

短編~長編までありますので、よかったら覗いてみて下さい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

街角錬金術師と秘密のレシピ帳 紗雪ロカ@「失格聖女」コミカライズ連載中 @tana_any

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ