16.二人のウィルフレドさん
目を真ん丸にしていた裏人格さんでしたが、視線を逸らすと手を借りずに一人で立ち上がります。
「ケッ、そうやって素直に謝れるところ、ホントに俺とは似ても似つかねぇ」
どうなるものかと身を固くして見守っていた私でしたが、しばらくためらう素振りを見せていた彼はどこか遠い眼差しで言いました。
「でも、その優しくて甘っちょろい性格も、俺の中にちゃんと存在してたって事なんだよな、そこのひよっこの言い分を信じるなら」
「フレドさん……」
「ああわかったよ、俺の負けだ。意地を張るのはやめる。一つの体に二つの人格、分裂したなら元に戻ればいいだけの話だ。お前が俺を制御できるっていうんなら、それが一番いいんだろう」
頭を豪快に掻いていた裏人格さんでしたが、ふいにこちらを向いて苦笑を浮かべます。それはこれまで見た中で一番柔らかいと感じるものでした。それを見た隊長さんは、心底嬉しそうに安堵した表情を浮かべます。
「ならその代わりとして私にはユーモアというものを教えてほしい。どうにも部下からは堅物だと思われているらしいから」
「ハハッ、度を超すかもしんねぇぞ?」
二人の人格はどちらからともなく手を差し出します。指先が触れ合った瞬間、二人の身体全体がぽうっと光り始めました。二人分のシルエットは少しずつ重なり、その輪郭が曖昧になっていきます。
「不思議なモンだな、欠けていた部分が埋まるみたいだ」
「私たちは二つで一つ、だったんだな」
あぁ、分かれていた人格が統合するのです。これでようやく――
「「ぶはぁぁっ!!」」
「……へ?」
混ざり始めていた二人は、とつぜん電流が走ったかのようにお互いの手を振り払いました。そしてそのまま信じられないような顔でお互いの顔を見つめています。私は何が起こったのか分からずおそるおそる話しかけました。
「ど、どうしたんですかお二人とも、いったい……」
私の声を皮切りに、二人は我に返ったようでした。先に裏人格さんがずびしっと指をさしながら叫びます。
「なっ、なんなんだお前、その綺麗すぎる心は、あぁ!? どこに欲持ってんだよ悟りでも開いてんのか!?」
「それはこっちのセリフだ! 貴様普段から何を考えっ……冗談だろう!? どうしたらそのような思考が生まれるんだ!」
裏人格さんはおろか、あの隊長さんですら狼狽しきっています。二人は気味の悪い物でも見るような目つきでお互いに距離を取り始めました。
「ムリムリムリ! 怖っ! 逆に怖いわ! お前、自覚ないみたいだけどある意味俺よりよっぽど闇深いからな!?」
「な! 何を失礼なことをっ、どちらかと言えば貴様の方が狂人だろう!」
「やんのかテメェ!」
「どうしてそうなる!」
ぽかんと成り行きを見守っていた私は、ふいにこみ上げてくる笑いを押さえることができませんでした。
「ぷっ、あは、あははははっ」
互いの胸倉を掴んでいた二人はそっくり同じ顔でこちらに振り返ります。それがますますおかしくて、私はお腹を抱えて笑う事しかできませんでした。笑いすぎて滲む涙を拭いながらようやく切れ切れに喋ります。
「あのですね、ムリにでも今すぐ一つに戻る必要はないと思うんです」
バラバラだったジグソーパズルを組み合わせるのだって、力ずくではめ込めばおかしな絵になってしまいます。
私の錬金術と一緒です。あせらず慌てず、じっくりとやっていけば、きっといい結果が得られるはず。そう考えた私は、両手にポットとティーカップを具現化させて微笑みました。
「いずれ統合するかどうかはお二人が決めることですけど、その話し合いはゆっくりお茶でも飲みながらでもいいんじゃないですか?」
「お前それ、また痺れ薬でも入ってるんじゃないだろうな」
「入ってませんよ! 失礼な!」
裏人格さんがボソッと呟いたので、私は肩を怒らせます。すると裏人格さんはおろか隊長さんまで笑い出してしまいます。なんでぇ!
ひとしきり笑った裏人格さんでしたが、ふいに真面目な表情をすると隊長さんの方へと顔を向けます。
「いい。世間でやっていくにはお前の方が何かと都合は良いんだろう」
このまま頼む、と小さく続けた裏人格さんでしたが、隊長さんが何か返す前に釘を刺しました。
「ただし! もう抑えつけようとすんのはやめろ。心配しなくても意味もなく人を傷つけたりなんかしない」
まっすぐな眼差しに、裏などないように見えました。隊長さんはわずかに微笑み、「あぁ」と短く返事をしたのです。
なんとか丸く収まりそうな雰囲気に私は笑顔になります。と、その時、急に上空に引っ張り上げられるような感覚が走りました。両手を見れば透け始めています。現実の私が起きようとしているのでしょう。
「あのっ、私もう行きますけど、大丈夫ですか?」
見る間に宙に浮き、こちらを見上げる二人の姿がどんどん小さくなっていきます。私が居なくなってまたケンカを始めるんじゃないかと少し不安になりますと、裏人格さんがニヤリと笑ってこう言いました。
「それは目覚めた時のお楽しみってやつだ」
「えぇっ?」
「心配しないでくれ、私もすぐ起きるから」
(あ……)
二人は穏やかに笑って見送ってくれます。その笑顔はそっくり同じ物で、もう心配は要らないのだと、理屈ではなく心にストンと落ちました。自然と口の端が持ち上がりながら、私は答えます。
「……わかりました。もう大丈夫、ですね」
「じゃあな、ひよっこ」
はい。と返事をしたはずですが、声は出ませんでした。名残惜しいような気がしながらも視界が白んでいきます。
――ありがとう
覚醒する間際、最後に聞こえた声がどちらの声だったのかは……私には分かりませんでした。
***
「ん……」
夢の世界から帰ってきた私は目をこすります。誰かに肩を揺さぶられているようです。誰……?
「ちょっとやだァ、何やってんのよ?」
聞きなじみのある野太い声が間近で響き、私はまだ覚醒しきっていないぼんやりとした頭で返事をしました。
「ふぁい、おとーさん、お帰りなさい」
「どういうこと? なんで騎士隊長さんがアタシのベッドでおねんねしてるわけ??」
お父さんは寝ている隊長さんの肩をいきなりガッと掴むと激しく揺さぶり始めました。フィールドワークも楽々こなすお父さんなので、片手でも余裕です。
「ちょっとアンタ起きなさいよ、父親の留守中に嫁入り前の娘と一緒になって何してたんじゃワレェ!!」
「ん、チコリく……うわっ!?」
「しかもアタシのベッドでなんて、いやぁぁ破廉恥! マニアック!!」
「ちょ、誤解」
隊長さんは首根っこを掴まれて、ずるずると引きずられていきます。いつも思うけどお父さんすごい力……。
ここでハッと我に返った私は慌てて後を追いかけます。ですが、抵抗虚しく隊長さんは一階に引きずり降ろされたところでした。
「チコリぃ! 塩もってきな! 塩ッ」
「だから誤解だと……っ」
「お父さん、あの、」
止める間もなく猫のように吊り下げられた隊長さんは、店の入り口からぺいっと外に放り出されてしまいました。扉が閉まる直前、尻もちをついた彼は振り返って私を見ます。
「依頼の料金はまた後日! 改めて来る!」
その鼻先でピシャンと閉めたお父さんは、重たいため息をついてから頬に手をあてました。
「んもう、アタシが居ない間に何があったのよ? ちゃんと店番できてたの?」
久しぶりの姿に、私はどこか張り詰めていた緊張が抜けていくのを感じました。クスクスと笑って誤解を解くことにします。
「お父さん、あのね――」
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