15.話を聞いて下さいっ

「そこだ!」

「がッ……!!」


 弁解する余地などありませんでした。動揺して隙の生まれた裏人格さんは、隊長さんに吹き飛ばされてしまいます。

 宙を舞った彼は聖剣を手放し、背中から地面に落ちました。遅れて落ちた剣がガラガラと虚しい音を立てます。


「っ……」

「勝負あったな」


 立ち上がる暇を与えず、隊長さんはその鼻先に剣を突き付けました。


 誰も動きません。風さえ吹かないこの精神世界では、張り詰めた緊張感に押しつぶされてしまいそうです。

 私は誤解をなんとか解こうと口ごもるのですが、上手く言葉になって出てきません。

 私、何をしているんでしょう。いつも言葉足らずで、人に誤解させてばかりで……。


 泣きそうになった寸前、裏人格さんの口から微かに震える声が流れ出しました。


「あぁそうかよ、そんなに俺が憎いかよ……」


 その言葉にどれだけの思いが込められていたのでしょう。俯いてしまった裏人格さんの声に私の胸は締め付けられます。きっと憐れに思ったのは隊長さんも同じだったのではないでしょうか。迷いなく突き付けていた剣先がわずかに振れます。

 それを察した裏人格さんは、突然カッと目を開きました。目の前の剣を躊躇いなく素手で掴み、自らの首筋に当てさせるよう引き寄せます。


「おいどうした、同情でもしたか!? ここまで来てためらってんじゃねぇよ。殺れ! その手で断ち切るんだよ!!」


 裏人格さんは泣いていました。それまで強がっていた彼が見せた初めての弱さは、子供のように無垢な涙でした。クシャッと顔を歪ませた彼は、剣をそっと離します。


「頼むからこれ以上、俺を惨めな気持ちにさせないでくれ……お前ならわかるだろ、俺なんだから」


 その願いで、隊長さんの目から迷いが消えました。哀れむような、慈悲深ささえ感じる哀し気な表情で剣を掲げます。柄を握る手に力が込められ、救済の一撃が振り降ろされます。


 トロ臭い私でもようやくわかりました。泣いてても何も解決しない、何かを変えるためには行動で示すしか無いんだと。グッと拳を握りしめた私は今度こそためらわず踏み込んでいました。


「なっ――!?」

「チコリ君!」


 両手を広げて二人の間に割り込んだ私は、痛みを覚悟してギュッと目を瞑りました。腕か、肩か、そのぐらいならいいです。お二人の為なら……!


「っ……?」


 ところが、どれだけ待っても痛みは来ませんでした。

 何事も無いことを察した私は、おそるおそる目を開きます。すると隊長さんの聖剣は顔面ギリギリのところで止まっていました。嫌な汗がぶわっと吹き出します。

 奇妙な沈黙が訪れました。生きてる、私いきてる。お二人がようやくこちらに目を向けてくれました。ならやることは一つです。

 私はガクガク震える足を何とかいなし、裏返りそうになる声でようやく伝えました。


「わ、たし……お二人を戦わせるために引き合わせたんじゃありません」


 ぎこちなく首だけを動かした私は、あっけに取られて口を開けている裏人格さんを見据えました。


「ま、まず、誤解を、解かせてください。私、裏人格さんに消えてほしいだなんてこれっぽっちも思ってません」


 完全に固まっていた隊長さんが、ようやく剣を退けてくれます。ひどく青ざめている彼も含めて見えるように、私は少し横にずれました。二人をしっかりと見ながらいまだバクバクと暴れ続ける胸を押さえます。


「今の戦いを見ていて、やっと気づきました。裏人格さん、一年前盗賊に襲われていた私を助けてくれたのは、あなただったんですね」


 森の中で隊長さんに助けられた時の引っかかり。それは剣の構え方でした。同じ肉体を動かす二人ですが、鏡に映したように利き手が違うのです。

 隊長さんは右利き。裏人格さんは左利き。思い返せば、裏人格さんが店内をあちこち物色している時も左手ばかり使っていました。


「騎士らしく演じてはいたけど、この街に配属されたばかりのあの時は『まだ』あなただったんですよね?」

「……」

「だけど、そうして演じていたはずの人格が意識しない内に自分とは次第に乖離していった。気づけばオリジナルであるはずの自分は奥深くに押しやられ、表に出て来られるのは過去の古傷となった『何かが割れた時』だけとなってしまった。違いますか?」


 沈黙が答えを示していました。その時、後ろから肩を掴まれて引き戻される感覚がします。


「どいてくれチコリ君。たとえそうだったとしても、私はそいつを消さなければならない」

「隊長さ……」

「『騎士隊長』という品格を保つためには、そいつの存在があってはならないんだ」


 その横顔を見た私はなんだかやりきれなくなって、再び剣を構えようとする彼の背中に問いかけます。


「ならどうして、そんな苦しそうな顔をしているんですか?」


 ぴくりと動きを止めた彼は答えません。私は必死になって訴え続けました。


「私、隊長さんが好きです。過去を知った今でもその気持ちは変わりません。でも私が憧れた隊長さんを構成したのだって、裏人格さんというベースがあっての事なんじゃないですか?」


 『こうありたい』と望んで出来上がったのが今の隊長さんなら、裏人格さんだって同じはずなんです、絶対。


「結局のところ優しいんです、他人のために一生懸命尽くす隊長さんも、仲間のために全ての責を負って一人あの街を去った裏人格さんも。根っこの部分は同じなのに、どうして分かり合えないんですか? お二人とも相手の悪い面にしか目を向けたくないように感じるのは気のせいですか?」


 自分の嫌いなところは誰にだってあると思います。私だって直したいと思うところはいっぱいあります。ドン臭いところとか、引っ込み思案なところとか。だけど、


「そういった点を認めず自分の性格ごと否定してしまうのは、自傷行為と変わりないと思うんです。隊長さんが聖剣を向けているのは裏人格さんじゃありません。あなたは今、自分の胸に剣を突き立てようとしてるんです」


 そろそろ涙腺が限界でした。驚いたように目を見開いている裏人格さんの姿がじわぁと滲んでいきます。


「要らなくなんてないです、必要だからっ……二人が二人とも、自分を守るために生まれた人格でっ……どちらかが欠けてもダメなんです! お願いだから、あなたが嫌だと思う自分を捨ててしまわないでっ」


 そう訴える頃には、私はみっともなく感情を垂れ流していました。ぐすっと一度しゃくりあげると、ぼやける二人と思しき物体を見つめて、結局のところ一番言いたかった本音を伝えます。


「私は、どっちのウィルフレドさんにも消えてほしくないです……」


 ああ、なんてみっともない。お父さんならもっとスマートに説得できるでしょうに。


 永遠に泣き続けている事なんてできません。次第に感情が落ち着いていくと、視界もだんだんとクリアになっていきました。

 じっとこちらを見続けていた二人でしたが、先に動いたのは隊長さんでした。フゥーっと全部吐き出す勢いでため息をついた彼は、再び具現化させた鞘に剣を納め、まだ座り込んだままだった裏人格さんに膝をついて手を差し伸べます。


「すまなかった、第二人格のくせに主人格であるお前を消そうなど。つい感情が先走ってしまったが力で解決するのはよくないな。チコリ君の言う通りだ、……二人で話し合って、なんとか妥協点を探れないだろうか?」

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