第4話妻問い

「なんとまあ、娘をさらってきたのですか」

娘を肩に担いで、戻って来た神祖尊みおやのみことを見て、筑波岳つくばのやまの神は大いに呆れた。


「いやいや、この娘は、そなたの嫁御よめごぞ」

神祖尊が、静かに娘を下ろすと、筑波岳の神を見て笑った。

娘は途中で寝てしまったらしく、小さな寝息を立てていた。


「大胆な娘だ」

筑波岳の神は笑った。


「悪いが、何か敷物を。このままでは、体が痛むであろう」

神祖尊が声をかけると、どこから現れたのか、使用人らしい白装束の稚児ちごが二人、毛皮の敷物を持って来た。


 それを部屋の隅に敷くと、娘を運ぼうと、身をかがめた。

「よい、我が運ぼう」

まだ子供のこと、不器用に娘を持ち上げようとしているのを、見るに見かねた筑波岳の神が動いた。

その逞しく太い腕で、軽々と娘を抱き上げると、そっと敷物の上に下ろした。


「ううん……」

娘は微かに身じろいで薄目をあけたが、夢でも見ていると思ったのだろうか、筑波岳の神を見上げて一瞬微笑み、また眠ってしまった。


「ふむ」

筑波岳の神は、首をかしげた。


「……で、あろう?」

神祖尊は意味ありげに言った。


「眠っているとはいえ、我の神気に当てられぬ娘がいるとは、珍しい」

筑波岳の神は、娘の顔をのぞき込んだ。


「痩せているが、美しい娘だな」

「そうだろう、そなた好みの乙女だと思うてな。それに、我の神気が近づいても動じなかったわ」


「名はなんという?」

筑波岳の神が聞いた。


「知らんよ、それを聞くのは、そなたの役目だ」

神祖尊は笑って、筑波岳の神の背をドンと突いた。


「我は、ちょっと行って、娘の弟とやらをさらってくる。娘と約束したのだ。一緒に暮らせるようにすると」

経緯いきさつがわからないが、後で説明してくださいよ」


「ああ、わかった。後は任せる。娘が起きたら、名を聞いておけよ」

神祖尊は言い置くと、再びやしろの外へ出て行った。


 当時、娘の真名ほんみょうを聞くことは、妻問つまどい、つまり結婚の申し込みを意味している。


霊峰、筑波岳の神気に当てられない娘など、いるはずがない。伴侶を持つことをあきらめていた筑波岳の神の前に、希有けうな娘が、それも彼好みの娘が現れたのだ。


「これはひとつ、妻問いしてみるべきだな」

筑波岳の神は楽しそうに、娘のかたわらに座して、娘が起きるのを待った。

(終)

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筑波岳神の妻問い~神祖尊は歌垣で筑波岳神の嫁を拾う 仲津麻子 @kukiha

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