後編


「……もう、このような真似はおやめください!」


 今まで黙っていた聖女が声を張り上げた。


「わたしの作った薬のせいで、そんな風に不幸になる人が出るなんて思っていなかったのっ!! わたしはただ、お父さんや近所のおじさん達が枕を濡らすことなく、毎日笑って過ごせるようになってもらいたかっただけなのにっ!? それを、教会や国王陛下が戦争も辞さない覚悟で取り合うなんて思ってなくてっ、こんな恐ろしいことになるなら、あんな薬作るんじゃなかった・・・」


 深い後悔の滲む悲痛な声で、彼女は顔を覆う。


「リジェネよ、頼むからそのようなことを言わないでくれ・・・」


 情けない顔で、困ったような顔をする国王……父。


「・・・そんな不幸の連鎖を作るくらいなら、わたしはあの薬のレシピを公開します!」

「なんだとっ!?」

「や、やめるのだっ!!」


 ざわつく会場。制止の声を上げるのは、我が父である国王とそれに連なる権力者達、そして教会の重鎮。爵位の低い者達は、歓声を上げている。


 どういうことだ?


「リジェネ・ケポワール! 中毒性のある危険な薬のレシピの公開は、推奨できない!」

「あ、わたしが開発したのは、毛生え薬です」

「・・・は?」

「えっと、聞こえませんでしたか? 王太子殿下。わたしが開発したのは、毛生え薬です。毛根が絶滅しちゃったツルっツルな人でも、産毛が生えて、やがてはふさふさに戻れるという薬です」


 どことなく誇らしげな聖女……リジェネ・ケポワールの話によると、彼女の開発したのは、危険でもない、人体に有害な物は混入していないという、正真正銘の毛生え薬。


 そして、その薬を巡って、国王陛下と教会の重鎮の方とで権利の取り合いが生じ、気が付いたときにはあれよあれよという間に聖女扱いされ、教会で保護という名の軟禁状態で毛生え薬を作らされていたのだとか。


 睡眠時間も削られ、馬車馬の如く薬を作らされ、頭がぼんやりしていると、近衛騎士達が助けに来たらしい。ようやく助けてもらえたと思ったら、城へ連れて行かれて謁見の間で王太子|(わたし)の婚約者にされてしまい、驚愕。


 教会は、彼女に作らせた毛生え薬、ケ・モドールを自分達が優先的に使用し、余った分をちょっと頭の部分が寂しい方々へ高額で売り付けていたようで・・・


 と、彼女は語った。


 教会が法外な値段で毛生え薬を極秘販売したことで、領地や家を傾け、妻や娘を売ってまで薬を買おうとする者が出る始末。


 おまけに、一度失われて奇跡的に戻った毛髪が、薬をやめることで再び失われるのでは? という疑心暗鬼に陥り、精神的に毛生え薬へ異存。薬物中毒のような症状へ見えたのだとか。


 紛らわしいにも程がある


 確かに、彼女を擁護……というか、必死に囲っておこうと画策した者達は皆、頭が少々……いや、なにも言うまい。


 父である国王は、記念式典で聖女(髪に愛された女性)を囲い込み、毛生え薬を独占して儲けようとした……という風に疑われ、求心力が低下。わたしへ王位が巡って来る日も近いかもしれない。


 実際、毛生え薬を目を付けた、頭が……な他国の重鎮へ極秘裏に売り付けたり、自国へ有利なように交渉に使用する意図があったようだ。


 教会関係者達は一時ではあるが聖女(髪に愛され……以下略)を軟禁し、毛生え薬を作らせ、独占したという犯罪行為すれすれの諸々が暴露され、上層部が一新された。


 父の言った通り、リジェネ・ケポワールの作ったのは、ある意味世界を揺るがす薬だったようだ。


 実現しなくて良かった。きっと、父や公爵達の企みが実現していたら、我が国は他国の上層部の者達に大層恨まれていたことだろう。


 それから、王太子であるわたしが酷い勘違いをしたことや、父やら権力者達のやらかしを謝った聖女(髪に……以下略)リジェネ・ポワールについては、毛生え薬のレシピを無事公開し、奇跡の毛生え薬をブランディングしてシリーズを開発し、莫大な富を得ている。


 元々研究好きな性質で、結婚願望なども無かったので、忙しくしているのは性に合っているのだとか。


 そして、わたしは――――


 かねてよりの婚約者であったリアナと結婚。ちなみに、公爵は既に隠居して息子へ家督を譲っている。


 あの、髪に愛されし聖女事件から十数年が経ち、少しの波乱はあったものの、割合穏やかな治世を敷いている。


 そして・・・ちょっと生え際の辺りが気になるお年頃になって来た。


 ケ・モドールは、わたしにはまだ早いだろう。あれは、毛根が死滅しても効果のある強力な薬。


 ケ・ポワポワにすべきか、ケ・ラヴィにすべきか、ケ・サラサラにすべきか悩んでいるところだ。


 なに? 新商品のケ・ア・モーレだとっ!?


 あの頃――――毛生え薬に大金をつぎ込み、必死になって狂乱していた男達の気持ちが、ほんの少しだけわかるような気がする。


 まぁ、あのような騒ぎを起こす気は毛頭ないが。


__________



 読んでくださり、ありがとうございました。


 最後まで読んだら、最初の祈りを思い出しましょう。枕に散った長いお友達の残骸への嘆きです。(笑)


 頭髪問題で弱味を握り……というのは、昔どこぞの皇帝がカツラなのを他国の外交官にバレて、「バラされたくなければ言うことを聞け」と、色々無茶振りをし、皇帝がその要求を飲み、結果国を傾けてしまったという史実を元にしています。


 皇帝なのに、国よりカツラバレの方が勝っちゃったんだ……と。(笑)


 国民は堪ったもんじゃないですが。



 リジェネ→回復。


 ケポワール→ぽわっとすればいいな。


 ケ・モドール→そのまま。


 ケ・ポワポワ→そのまま。


 ケ・ラヴィ→セ・ラヴィ+ラブ。


 ケ・サラサラ→ケ・セラセラ。


 ケ・ア・モーレ→ケア+ア・モーレ。


 不快に思った方がいたらすみません。


 感想を頂けるのでしたら、お手柔らかにお願いします。

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カミに愛されし聖女との婚約を破棄するっ!? 月白ヤトヒコ @YATO-HIKO

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