カミに愛されし聖女との婚約を破棄するっ!?
月白ヤトヒコ
前編
――――嗚呼、カミよ。
我が頭上へお
わたしはあなたのことをこんなにも想っているというのに、なぜあなたはわたしにこんなにもつれないのですか?
わたしはあなたを愛し、尊敬し、あなたに愛される為に厳しく節制しているというのに・・・
こんなにも努力しているのに、わたしに見向きもしない、むしろわたしの心を蹂躙するあなたが憎い!
けれどわたしはっ・・・それ以上にあなたのことが恋しくて仕方ないのです。嗚呼、どうかカミよ。
わたしに少しでも慈悲をお掛けしてくださるのなら、矮小なるこの身の、あなたへの渇望へとお応えくださいませ――――
今日も今日とて、悲痛な祈りの声が響き渡る。
朝は夜明け前から。寝所の床で・・・
✧˖°⌖꙳✧˖°⌖꙳✧˖°⌖꙳✧˖°⌖꙳✧˖°⌖꙳✧˖°⌖꙳✧
国王である父は敬虔で、神へとよく祈っていることは知っていた。
だが、だからと言ってこの暴挙はどうかしていると言わざるを得ない。
第一王子であるわたしと、公爵家令嬢との婚約は、十年前程に貴族間のバランスを取る為にと取り決めた婚約だった。
公爵令嬢である彼女とは、幼い頃から切磋琢磨し合い、愛情を築いて来た。
わたしの自惚れでなければ、彼女の方にも憎からず想われているように感じていた。
だというのに、ここ最近教会で保護されたという神に愛されし娘を聖女として祭り上げ、王太子であるわたしの婚約者に据えるというのはどう考えても常軌を逸している。
「今日からこの娘がお前の婚約者だ。丁重に扱うように」
父である国王がある日突然、城へと連れて来た女性をわたしの婚約者へ据えると言い出した。
「は? なにを言っているのですか? 父上。わたしの婚約者は、何年も前からリアナだと決まっている筈です!」
聖女だという女性は、見るからにわたしよりも年上で・・・こう言ってはなんだが、リアナより美しいワケでもなく、顔色が悪くて痩せた身体に、あまり手入のされていないような肌や髪。所作も洗練されてはいない。
強いて言えば、理知的な雰囲気をしているという程度しか誉めるところが見当たらない。このような女性が、国母になれるとは思えない。
「彼女は、失われしカミを我が身へと復活せしめるという奇跡を起こせし偉大なる女性だ。公爵とも既に話は付いている。彼女を公爵家の養女とし、お前と婚姻させる。これは、彼女を教会から保護する為に必要な処置だ。異論は認めぬ!」
「どういうことですかっ!? リアナをわたしの婚約者から下ろしただけでなく、新しい婚約者として聖女を公爵家の養女に? リアナを侮辱するにも程があるっ!?」
「だから言っておろう。彼女の偉大なる奇跡は、世界すらも揺るがし兼ねん。このまま教会に取り込まれ、利用され、馬車馬の如く使い潰されるのを黙って見ているワケにはいかんのだ! 話は以上だ。下がれ」
と、追い出されてしまった。
明らかに父の様子がおかしい。
婚約のことを確かめる為とリアナに会いう為に公爵邸へ向かうと、
「殿下の婚約者は聖女様に変更されました。リアナと殿下は無関係なので、今後はあの子に会うのをお控えください」
そう言われて、リアナの顔を見ることすら叶わずに追い返された。
公爵も、あのぽっと出の聖女とやらを信奉しているようだった。
挙げ句、リアナとの婚約があの聖女との婚約にすげ替えられたのも本当のことだったらしい。
一体全体どうなっているのだ?
そう思ったわたしは、独自に聖女とやらの調査をすることにした。
そして、調査を開始したわたしは――――恐ろしい結果に身を震わせた。
聖女とやらは元々、結婚もせずに薬剤師をしていた職業婦人だったらしい。既に適齢期は過ぎ、嫁き遅れと言える年齢。
道理でわたしよりも年上に見えたワケだ。
そして、とある薬を開発してしまったのだとか。その薬については、秘匿性が非常に高く、どのような効果を持つのかを調べることが叶わなかった。
ただ、その薬は非常に効果を発揮するもので……例えば、高位の聖職者が教会へ集まるお布施を私的に流用して大金を投じて不正に入手しただとか、とある伯爵位を持つ者が領地や屋敷、更には妻や娘までをも娼館へ売り飛ばして手に入れようとしただとか、今まで社会を混乱に陥れることのみに執心していた裏社会の重鎮が出家しただとか、数々のとんでもない噂が出回っている。
他にも、危険な程にその薬に対して執着し、薬が無いと禁断症状に陥るという者まで出ている始末。
そのような危険物は、よもや薬とは呼べないのではなかろうか?
取り締まり対象になるような、それも恐ろしく中毒性の高い危険な薬物・・・
と、そこで、わたしは一番あってはならない可能性に気が付いてしまった。
父がおかしくなったのは、いつからだ?
王妃教育も半ばを終えた、身分も申し分ない公爵令嬢というわたしの婚約者を、立ち姿もなっていない聖女とやらへすげ替えるなどと言った暴挙に出たのは・・・
父は、もしかすると、既に聖女が開発したという危険な薬物の虜になってしまい、正気を失い掛けているから、あのようなことを決めたのではないか? そして、それは父だけでなく公爵も、他の貴族、教会の重鎮達も・・・
そう、疑念を持ってしまった。
父は、聖女を城へ置くようになってから、とても上機嫌だ。心なしか、肌艶も良くなっているような気もする。
薬物の影響か・・・
そして、わたしは、決断した。
危険な薬物の虜となり、正常な判断が付かなくなっている者達を国の中枢から早く切り離さなくては、手遅れになってしまう。
あの、聖女を騙る魔女を断罪し、この城から追い出さなくては! と。
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父である国王の即位二十五年式典。
そこで、わたしの婚約者のすげ替えが発表される。
このときが、聖女を騙る魔女を断罪するチャンスだ。
「聖女を騙り、中毒性のある危険な薬物を広めしリジェネ・ケポワール! そのような危険人物を王太子妃にするなどできよう筈もない! よって、あなたとの婚約は破棄する!」
わたしの言葉に、水を打ったような沈黙が流れる。
「なにを言うか貴様っ!? 幾ら息子とてそのような暴挙は
と、真っ赤になって激昂する国王。
「陛下の方こそ、正気ですかっ!? わたしが気付いていないとでもお思いかっ!? そこな聖女を騙る者の作った怪しい薬を、それこそ中毒になる程使用しているからそのような理不尽な取り決めをしたのではないのですかっ!? いい加減目を覚ましてくださいっ!! この式典の参加者の中にも、彼女の作った薬を購入する為に莫大な金額を投じ、領地を傾け、それでも飽き足らず、妻や娘を娼館へ売り付けた非道な者がいることは聞き及んでいるっ!!」
そうわたしが言うと、顔を背ける者や、挙動不審になる者、真っ赤な顔や、反対に顔色を失って俯く者が多数。すると、
「……もう、このような真似はおやめください!」
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