8.聖域の聖女達第六席――エステラ。

「…久々にきたな」


夏樹の住まいは福岡でも田舎のほう。

久々に見た街並みは、片隅にある記憶とこれっぽっちも変わっていなかった。

時は平日。

土日でないだけましではあるが、さすがに人もたくさん行きかっている。


「――なになに?なんか始まるの?」


転移先はとある公園だった。

高速バスセンターの真隣に位置する為、多くの一般人がいる。

そこに突如として現れた修道服の集団。

事情しらない彼らからしたら、目を引く光景である。


「佐奈(さな)。【人払いの加護】を頼む」


「……」


佐奈と呼ばれた小さ目の修道服を身にまとった少女。

エステラの頼みに返事は返さなかったが、その場で小さく頷いた。

そして、突如その場にしゃがみ込み、地面に手を触れる。


「―――っ」


何か小さく呟いた気がするが、夏樹にはよく聞こえない。

その瞬間、転移の際と変わらぬ光が辺りを一瞬照らす。

あまりの眩しさに夏樹は少し目を閉じるが、

その間にもう光で目を遮られる事はなかった。


「っ!……人が…」


夏樹は驚愕の光景を目にした。

先ほどまで聖女達シスターズに注目していた人々が、

急に興味を失ったかのようにその場から立ち去ってしまったのだ。

しかも一人も残らずに。


「――設定は半径10km圏内、一時間。それ以上は感知されるから無理」


「ああ、十分だ。ありがとう」


「……今のも加護の力なのか」


聖女達シスターズである彼女達が使用している【加護】と呼ばれる能力。

その力は、人によって違うらしいが、大きく分けて2分類に分けられている。

戦闘特化型と、いわゆる支援特化型。

【人払いの加護】の内容を見る限りでは、支援特化型と言えるだろうか。


「ああ、そうだ。【人払いの加護】は、設定した場所から人を誘導することができる。

 ほら、みてみろ」


エステラの説明に半信半疑の面持ちで聞く夏樹。

そして更に指を差された方向を見てみる。

なんと、先ほどまで騒がしく走っていた車は、すべてその場に立ち止まっていた。

そのうえ、運転手は全て乗っていない。

ものの見事にもぬけの殻なのである。


「……改めてみるとやばいな加護。俺も使いたくなってきたぜ」


「ふん。半吸血鬼ハーフヴァンパイアは女しかなれないのよ」


「そうなの!?」


確かに聖女機関は女性しかいない組織である。

だが、そのことに何かしらの意味合いがあるとは夏樹は知らなかった。

その為、真相を聞いたせいか、ちょっとばかしテンションが下がってしまう。

そんな夏樹の心情も置き去りに、エステラはメンバーへ声をかけた。


「よし、各位聞いてくれ。今から私と静香、そして夏樹くんはウルス、実里の

 捜索に向かう」


総勢8名の戦闘聖女バトルシスターに、エステラが言い放つ。


「他の皆は、逃げ遅れた一般人がいないかの捜索、

 そして血人けっとがいた場合は、殲滅に当たってくれ」


エステラの指示に、各それぞれの担当が理解したように頷く。

適格な支持力を見るからに、

さすがは【聖域の聖女達テンプルムシスターズ】の一人というところか。


「あと、【エマーティノス】に遭遇した場合は必ずわたしに救援を要請してくれ。

 絶対に一人で戦おうとするな」


今回の作戦のネックはやはり【エマーティノス】であり、

実力としてはこの中ではエステラが一番勝率が高い。

そうなれば、必然的に他の者が遭遇した場合、命の危険度が跳ね上がる。

二人以上いればなんとかなるかもしれないが、賭けには変わりない。

その為のエステラを指名した救援の有り方なのだ。


「では、頼んだぞ」


エステラの指示に従い、各自バラバラに走り去っていく聖女達シスターズ

皆が走り去っていく中、公園内には4人だけが残る形となった。


「あれ?君はいかないのか?」


予定より一人多いことに気付いた夏樹。

残っている少女――。

先ほどの佐奈と呼ばれている彼女に、声をかけた。


「……私は探知系の加護にも強い。人探しは得意」


半径は指定されてたとしても、10kmという中々の距離。

その中からこの入り組んだ町を散策するのは、

絶望に近い果てしない苦行だろう。


「私達は戦闘系の加護しか持たないからな。ナビゲーター役だ」


「そうか。よろしく」


「……ん」


反応は薄くも、軽く頷く彼女に夏樹は頷き返した。


「さて、大体の目星はつくか?佐奈」


「同時に【空視の加護エクストスデティクトス】も発動しておいた。

 4km先の交差点に何か違和感があるみたい」


「ふむ」


「もうわかったのか!?すごいな!」


思ったより一瞬で場所を探知した佐奈に驚く夏樹。

改めて加護による恩恵の強さを再認識する。


「――別に」


夏樹のテンションの高さに、佐奈は少し照れ臭そうに答える。

修道服のローブを被っている為、あまり表情はわからないが、

かすかに赤みを帯びている気がした。


「むぅ……さすがに目的地には問題なくたどり着けるとは思っていなかったが」


「――?」


エステラの言葉に夏樹は疑問を浮かべる。

その時だった。


「っ!?」


地面から湧き上がる、微かな振動。

一見すると地震のようにも感じるが、どうも違うようにも感じた。

――まるで地面全体を手でかき回しているような揺れ方だったのだ。


「まぁ、いるわよね」


「……あれが…血人けっとか?」


振動も止まった中、夏樹は正面を見据えた。

――蠢く影。

そう形容しようとも、なんとも形容がしがたい造形であった。

全身真黒な四肢に、対照的な真っ白な顔。

否、顔ではなく、まるで仮面のようなものをつけている。


「そうだ。20……いや、30はいるな」


「任せるわ。大人数は私の得意分野でもないし」


「心得た」


夏樹の中でも吸血鬼のイメージは、少なくとも奴らのような異形の姿ではない。

もっと人間らしく、知能もある。

喋る事もできると思っていた。

しかし、正面からこちらににじり寄ってくる姿は、あまりに想像とかけ離れていた。

そんな夏樹の焦りを置いていくように、エステラが前に立つ。

そのまま背中に背負っていた真っ白な布切れから、

勢いよく何かを取り出し、血人けっとへと差し出すように向けた。


「刀…」


「あんたも聞いたように、【血の加護ブラッドブレッシング】によって

 引き出される能力は様々よ」


唖然と見ている夏樹に対し、静香が淡々と説明を行う。

その間、胸元から小瓶を取り出し、一気に飲み干すエステラ。

おそらく【血の加護ブラッドブレッシング】であることは、

夏樹の目にも明らかであった。

そして何を思ったのか、エステラは空になった小瓶を、

勢いよく手で握りつぶした。


「!?」


真空になった瓶を手で握り潰す行為など、人間では容易く行うことはできない。

いや、行うことすらしない。

何故なら今のように手が血塗れになるからだ。

しかし、エステラはそんな状況にも平然としており、

血が滴るその手を、刃の切先に触れさせた。


その時、真っ白な刃の色がゆっくりと変化する。

まるで空白のキャンバスに、一つずつ色を落としていくような、

そんな情景が続き、やがて刃は真っ赤に染めあがってしまう。

そのまま剣先をゆっくりと腰元にしまい込み、

いわゆる【居合】の形に収まった。


血人けっとの存在は、さほど近くもないが、遠からず。

少しずつ進軍してくる中、時間もあまり残されていない。

そんな中、エステラが静かに呟いた。


「――『血雅破砕刃けつがはさいじん』」


夏樹はその瞬間、一瞬の瞬きを許してしまう。

たった一瞬の出来事だが、夏樹はその行動を深く後悔することになる。


つい先ほどまで間違いなくそこにいた数体の異形。

そのどこまでも吸い込まれそうな漆黒の体が、

音もなく一瞬で胴体から切り伏せられていたのだ。


「――っ」


息を着く間もない一瞬の居合。

いつの間にか真横へと伸びているエステラの刃。

そして、音を立てて崩れ去り、灰になっていく異形の数々。

この間わずか10秒。

一瞬ともいえるこの時間で、立ち塞がる脅威を消し去ってしまったのだ。


「…お、おおお」


「……はぁ。また強くなってるわね」


「ははは!今日は一段と調子が良いようだ。新記録だな」


刃を地面に振るい、返り血を地面へと吐き捨てるエステラ。

その一連の動作を行った後、エステラの腰元へと鞘に入り収まる。


「この実力で六席なのか?」


夏樹の疑問は当たり前である。

つい先ほどまで、4人を立ち塞いでいた異形達。

【血の加護ブラッドブレッシング】の効果があるとはいえ、

難なく一瞬で切り伏せてしまった。

間違いなく戦闘聖女バトルシスターのトップクラスである事には間違いないのだが、

その上の実力を、夏樹には想像することができなかった。


「ふむ。単純に私は加護を一つしか持ち合わせていないからな」


「そうなのか?」


「ああ。【吸血刃 裂祓さきばらい】。この刀が私自身の加護なんだ」


先ほど猛威を振るった刃。

血を生贄にし、力を振るう刀。

加護は能力の事を差す事が多い中、物体としてその名を得ているものもある。

それがこのエステラの用所持している武器というなの加護なのだ。


「基本的に加護持ちは2つ程度を持っている人が多いわ。

 私も身体強化系の加護、それにもう一つ持ってる。

 佐奈も探知と人払いの2種類」


「……」


静香の追加の説明に、佐奈は静かに頷いた。


「つまり、エステラはその加護一本で六席まで成りあがったっていうことか?」


「よく気づいたわね……そうよ。普通に考えたらあり得ないけどね」


戦闘において加護の数は自分を守る武器になる。

いくら加護の一つが強力だとしても、やはり様々な能力を持っている方が有利だろう。

しかし、そんな中エステラは刃一つで成り上がった。

それが努力の証なのか、才能なのかはわからない。

だが、その実績は確かに彼女の強さを表していた。


「ははは!そんなにおだてても何もでないぞ。……まぁ」


豪快に笑うエステラだったが、続く言葉に陰りを見せた。


「だからこそ、実里に追いつくことは絶対にあり得ないんだがな」


「実里……」


【聖域の聖女達テンプルムシスターズ】の第一席。

生半可な実力でなれないことは、夏樹は当に理解しているつもりだ。

しかしながら、実里の実力をまだ見たことがない。

そう考える夏樹は、先ほどの説明を思い出す。

加護は数を用いているものが有利。

その言葉を念頭に置いて、質問を投げかける。


「実里は何個ぐらい持ってるんだ?」


やっぱりその質問がきたか。

とばかりの微妙な顔を、夏樹に3人が向ける。

至極当然の質問ではあるのだが、夏樹は何か嫌な予感を受けた。

そして、3人が溜息を吐き、同時に言葉を揃えて言い放つ。


「……10個」


「……oh」


馬鹿らしくも思える桁違いの数に、夏樹も苦笑いを向けるしかなかった。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





(あり得ない…あり得ない…あり得ない!!)


エマーティノスは絶対捕食者として君臨していた。

全ては上位吸血鬼ヴァンパイアオーダーの為に。

しかし、聖女機関という忌々しい組織が設立されたのを皮切りに、

なつめは不運の連続に見舞われている。

彼女の得意とするのは肉弾戦。

鋭い爪を用いた接近戦。


その爪の前には、ダイヤモンドですら真っ二つにできる自信があった。

――ただそれは、攻撃が当たればの話である。


「なんでぇ!!なんで当たらないの!?」


叫ぶなつめをあざ笑うかのように、爪先は捉えていたはずの獲物を外し、

地面に次々と積み重ねられていく。


「――いくらやったって当たらないよ」


「くっ…くそがああああ!!!」


いつものように余裕の表情を浮かべる余裕はない。

物理に何かしらの耐性があるのだろうと、なつめは考えた。

それならば遠距離攻撃を行えばよい。

そう考える彼女は、血から補ったエネルギー弾を相手に飛ばす。

――が、確かに直撃していたその攻撃。

その瞬間、自身の腹部に鈍い痛みが走る。


「うぐっうう!!痛ぁい!!!痛い痛い痛い!!」


「――【反射の加護リフレクター


実里の10個所持する加護の一つである。

あらゆる遠距離攻撃は、彼女には通用しない。

それどころか、直撃した攻撃は全て相手へのダメージとして固定化される。


「あたし、ちょっと怒ってるんだよね」


「――何を……」


実里の言葉に、地面に蹲りながらも必死に返事を返すなつめ

怒気を含んだその物言いに、なつめは静かに恐怖を感じる。


「お前だよね。ウルスが吸血してしまった原因・・


確かにウルスの吸血は、なつめによる襲撃が起因であることは間違いない。

あの場でなつめを撃退するには、彼女の実力を上回る必要がある。

苦肉の策で思い立ったのが、ウルス自身も半信半疑であった吸血の力であった。


「ウルスって……あの金髪の……!?」


なつめは思い当たる節があった。

つい先日、偶然見かけた戦闘聖女バトルシスター

上位吸血鬼ヴァンパイアオーダーへの捧げものに丁度良いと考え、手を出した。

しかし、ここにきてイレギュラーの存在。

そう、五嶋夏樹の協力による吸血。

あえなく撤退をするしかなかった忌々しい記憶。


「色々聞きたいことあるけど、もう一人いるんだっけ?そっちに聞けばいいか」


「――何を」


数十メートルの距離を一蹴りで詰める実里。

痛みで動けないなつめの前に、そのまま立ち塞がる。


「冥途の土産にもう一つ教えてあげるよ」


「……?」


「あたしの【反射の加護リフレクター】なんだけど、

 受けた攻撃をストックできる機能があるんだよね」


遠距離攻撃を防ぐ絶対防御。

この戦闘で実里へ飛んできた遠距離攻撃の数々。

その全てを避けてきたわけではない。


「まさか」


なつめの自慢としているその爪による攻撃。

切り裂くこともできるが、投げて飛び道具にする事もできる。

――それら全てが、遠距離攻撃扱いとして含んでいるとしたら?


「自分の攻撃で死になよ。その自慢の爪の切れ味でさ」


「――やめっ」


周囲をつんざく鈍い音。

一瞬の間もなくなつめを貫く、自身の爪。

皮肉にも、その自慢の切れ味に絶命するとは思わないだろう。

途切れ行く意識の中、なつめは思う。


(【血の加護ブラッドブレッシング】を受けていないのに……)


なおも止まらないなつめを貫く感覚。

【反射の加護リフレクター】は実際の攻撃を返すわけでなく、

正確には、受けた攻撃と同じダメージを相手に返す。

だが、なつめの四肢には無数の穴が開き、切り裂かれ、

最後の感情を振り絞って棗(なつめ)はこと切れた。


「化……物……」


「――お前らに言われちゃおしまいだね」


息絶えたなつめの死体に、舌を出しながら実里は答えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

血の滴る世界で最高の晩餐を あすなろさん @raikurokuro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ