7.本当の初任務

静香による吸血未遂事件からあまり時間が経ってない頃、

夏樹達一向は、他の戦闘聖女達、《バトルシスターズ》と共に再度大広間へと集合した。

無論、外出をしている実里とウルスを除いて。


「いきなりの招集で申し訳ありません」


「何かあったのか?影虚さん」


相変わらず笑顔ではあるが、何か緊張した顔つきの影虚に、夏樹は問う。

影虚はその繕った笑顔を解き、周りを一瞥。

そして、ただ一言言い放った。


「【エマーティノス】が現れました。ただ、今度は二人同時です」


「っ!!!」


その言葉を聞き、一瞬で緊迫感が増す場。

夏樹も【ヘスティア―マ】側の組織事情を、少しは把握したつもりではあるが、

周囲の動揺に少し不安を覚え、静香に耳打ちをする。


「なあ、その姉妹が2体同時ってのは、どのぐらいやばいんだ?」


「2人いれば、東京都心は軽く壊滅に追いやれるわね」


「やべえじぇねえか!!」


基本的に【エマーティノス】の姉妹は、一人行動が多いとの事。

しかし、今回ばかりは例外。

ただでさえ【聖域の聖女達テンプルムシスターズ】でギリギリ敵うかわからない実力である。

通常の戦闘聖女達バトルシスターズでは、対処できないだろう。


「――して、出現地点はどこなのだ」


周囲の騒ぎを一蹴するような、凛とした堂々たる声。

腕を組んで仁王立ちをするエステラに、周囲の注目が集まった。


「福岡の中央に位置する、天神です」


天神。

福岡市の中央区に位置する、九州最大の繁華街である。

数々のショッピングモールが立ち並び、ビジネス街なども多く立ち並んでいる。

福岡で最も栄えている都市とも言えるだろう。


「――妙なの」


「何がだ?」


いつの間にか夏樹の真横に来ており、首を傾げるトレシーヌ。

納得していないその表情に、夏樹はさらに疑問で返す。


吸血鬼ヴァンパイアは基本的に人が集まるとこで狩猟ハントは行わないの。

 存在を公にするリスクが高すぎるし、今後の事を考えるとおかしいの」


中央に位置する都市なだけあり、人口ももちろん福岡の中ではトップクラスに多い。

一般人に吸血鬼ヴァンパイアの事が知られれば、何かしら対処を打たれる可能性が高い。

その為、やつらは人通りが少ない場所で狩猟ハントを行う。

しかし、今回はなぜそのような人が多い場所で行ったのだろうか。


「――そうか!【血の加護ブラッドブレッシング】の原料……!」


エステラが何かに気付いたように発言する。


「ええ。おそらくはそこを狙ってきたかのように見えます」


「どういうことなんだ?」


「今、実里とウルスは【血の加護ブラッドブレッシング】の原料を調達へ出かけてます」


夏樹も気になっていた、【血の加護ブラッドブレッシング】の作成方法。

人間の血を元にしているという話は聞いたが、いかんせん作り方などは何も聞いていない。


「【血の加護ブラッドブレッシング】は、この支部内に血液を持ち帰り、しかるべき場所で

 研究を行った後、製造されます」


「原料…というのはつまり誰かの血液ってことなのか?」


「はい。とある場所の献血センター経由で、こちらにお裾分けをしてもらっているんです」


「意外と…なんていうか庶民的感覚なんだな」


「……聖女機関の金銭事情も厳しいので」


血液の以外な出どころに、夏樹は驚きの声を上げる。

それを聞いた影虚は、恥ずかしそうに頬を欠きながら笑う。

つまりは、原料を持ち帰っている二人に対し奇襲を仕掛け、最低でも原料の破棄、

もしくは二人の削除がやつらの目的なのであろう。

しかし、事の重大さに気付いた夏樹は声を張り上げ、


「って、ウルスと実里がまずいんじゃないのか!?」


「状況は深くはわかりませんが、二人の通信が途中で途絶えてしまいました。

 おそらくなつめによる結界のせいかと思われます」


夏樹も覚えのある彼女による結界。

視界の悪さも目立つ赤い霧、人影が一人も見えない孤独感。

聞いている限りでは、通信なども全て遮断されるような能力なのだろう。


「ただ、今回出撃している片割れは序列一位の実里。棗なつめ》には負ける事はありません」


改めて聞くことで、実里の信頼度、そして強さが夏樹にはひしひしと伝わってくる。

おそらく他の戦闘聖女バトルシスターも同じ考えなのだろう。


「それより、血人けっとの存在、そしてもう一人のエマーティノスの存在が気になります」


元人間の吸血鬼達。

夏樹は実際には見たことはないが、一般人ならば決して敵うことはない。

なすすべもなく惨殺されるだろう。

そして、もう一人の【血濡れの三姉妹エマーティノス】の存在。


「三女のとばりの実力は、正直まだ情報が不足してます。

 ただ、実里が負ける事はないかと思います」


「……やっぱりすごいんだな、実里」


「当然よ。やつらが逆に実里の存在を避けるぐらいなんだから」


忌々しそうな表情で呟く静香。

その表情を目にして、姉妹問題を一瞬思い出し、夏樹は憂鬱になった。


「――しかし、対象が長女のひびきの場合、実里で勝てるかはわかりません」


「……? そのひびきってのも、あまり実力がわからないのか?」


なんとも歯切れの悪い言い方をする影虚。

その表情に違和感を覚え、再度耳打ちで静香に問いかける。


「逆よ」


「……逆?」


「元々聖女機関の支部は7つあったの」


「――まさか」


「そのまさかよ。ひびきが出現した日は過去二回のみ。……その二回で二箇所壊滅したわ」


衝撃的な内容に、驚きを隠せない夏樹。

ひびきに関しては情報が少ないのではない。

――たった二回――

たった二回の出現で、優秀な人材を揃えている聖女機関の支部が壊滅しているのだ。

しかも二箇所も。


「いくら実里が強いからって限度ってものがあるの」


「……まぁそりゃ、俺は実力見てないからなんともいえんが」


「それと同じで、ひびきも実里と対峙した事はない。

 だから現時点では、どっちが勝つかは私の情報データにもないの」


実里とひびき

強さはどちらも未知数。

まるで怪獣大バトルのような夏樹は、少し置いて行かれた気分になった。

そんなことを思っている間に、影虚が周囲に対して指示を出す。


「他の皆さんには、周囲の血人けっとの殲滅。そして彼女達の捜索をお願いしたいのです」


内容に聞いていたシンプルかつ、端的な今回の作戦。

敵の出現地点に出向くのだから、戦闘は避けられないだろう。

だからこそ、戦闘聖女達バトルシスターに招集がかけられたのだ。


聖母マリア。一つお願いを聞いてくれないか」


「なんでしょう」


「――今回の作戦。夏樹・・くんも同行を許可してくれ」


「!?」


エステラの提案に、ざわめく聖女達。

しかし、一番驚いているのは何よりも夏樹本人であった。

夏樹自身に戦闘力は全くない。

むしろ足手まといにしかならないだろう。

その認識はエステラにもあるはずだが、より一層エステラは強い言葉で、


「夏樹くんはウルスのパートナーだ。何より、この聖女機関という組織を知ってもらう

 には良い機会ではないか」


「……確かに、一理あります。しかし、夏樹さん自体が危険に晒される必要はないと

 私は考えております」


影虚は珍しく笑い顔を消し、手を上に振りかざす。

彼女が振りかざした手は、残心を残し、空間に透明のスクリーンのようなものが出現した。

スクリーンに映った景色は、夏樹にも覚えがある、天神の街並みであった。


「【視界の加護ビジブリティアライアンス】を使用すれば、ここからでも監視できます」


「私が夏樹くんを守ろう。それに、いざとなったら転移の加護テレポーテーション聖母マリアの判断で行えばよいだろう」


影虚の提案は、安全性もあり、非常に納得のいく提案であった。

しかし、エステラも一歩も引かず、毅然とした態度で言い放つ。

しばらくの間、周囲に静寂が満ち、二人は無言のまま見つめあう。

そんな時間にも終わりを告げるように、呆れた顔の影虚が、


「―――はぁ。わかりました。何か考えがあるのでしょう」


と、手にかざしているモニターを、投げ捨てるように彼方へと消し去った。


「恩に着る」


「エステラから圧を掛けられるとは思いませんでしたわ。立派に成長しているわね」


「はは、聖母マリアの教えの賜物だよ」


先ほどまでの緊迫感はなかったかのように、笑いあう二人。

そんな中、納得の言っていない顔の人物が一人。

そう、夏樹であった。


「……あんた、ずっと思ってたけど自分の考えを言えないタイプ?」


そんな夏樹を憐れみなのか、馬鹿にしているのか。

静香は座り込んだまま、膝を抱え、声をかける。


「……ていうか、俺が言ったところで力でお前らに敵うわけないだろ」


「聖女機関を暴力組織と思ってる発言なの」


少し不満そうなトレシーヌの言葉を流しながら、夏樹は深く溜息を吐いた。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「夏樹くん」


「……エステラ」


戦場に出向くための準備時間。

特に持ち物はない夏樹は、大広間にて待機をしていた。

そこに、出撃のきっかけとなったエステラが声をかける。

相変わらず不満そうな顔で、夏樹はエステラへと向き直った。


「まぁ別にいいんだが、ああいうことは事前に説明してから言ってくれ」


「ははっ、すまんすまん。まぁ、私がついているからには安全は保障しよう!」


エステラは豪快に笑いながら、夏樹の肩を叩く。

その自信は、夏樹の先ほどまでの不安を吹き飛ばすかのように、

純粋にエステラの強さを認知する証にもなった。


「私もいるんだから、大舟に乗ったつもりでいなさい」


「静香?お前も俺についててくれるのか」


「ああ。私達の任務はウルスと実里の捜索。もとい、ウルスと君を再会させる任務だ」


「…再会ねえ」


再会といえるほど、あまり時間も経っていないのだが、

そこを突っ込むのは野暮かと思い、夏樹は口を瞑んだ。

そんな夏樹から少し離れ、耳打ちで話をするエステラと静香。


「――それに、王子様が助けにくるシチュエーション。

 これで二人の仲も縮まるに違いないだろ?」


「……まぁそりゃ私も憧れるけど、あいつが王子様ってどうなの?」


「……?」


夏樹は疑問に思い、二人に近づこうとした。

しかし、その試みは袖口を誰かに掴まれて失敗に終わる。


「――トレシーヌ」


「夏樹。今回私はいかないけど、怪我だけはしないように祈ってるの」


「心配してくれる優しさぐらいはあるのか。なんか意外だな」


「夏樹に何かあったら、私の欲しい吸血の情報データが埋まらないの。それだけは嫌」


「……俺の言葉返してもらっていい?」


そんな冷静な突っ込みを入れる中、影虚が大広間全体へ号令をかけた。


「――お待たせしました。これより【上位転送の加護バーストテレポーテーション】を開始します」


【上位転送の加護バーストテレポーテーション】。

【転移の加護テレポーテーション】の上位種であり、より多くの人数を任意のポイントへ転移ができる。

聖母マリアしか使用ができない、上位の加護である。


夏樹に取って初めてとなる、聖女機関の出撃。

これがどんな運命になるのかは、夏樹次第――。

もとい、エステラと静香の実力にかかっている。

少しばかりの緊張を覚えながら、夏樹の眼を光が覆った――。




 






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