6.優しい嘘の中の悪意

「私は聖女機関の諜報員なの」


「諜報員……か」


聖女機関の規模を考えても、存在はするだろう。

何しろ相手の吸血鬼ヴァンパイアの力は未知数。

情報は一つでも多くほしい。


「さっきの透明化も、あんたの能力か?」


「そうなの。透明化の加護インビジブル。私の諜報任務に欠かせない存在」


「まぁ確かに、かなり役に立ちそうだよな」


相手から気づかれないというのは、かなり利点がある。

ばれない様に情報を集めるのには、うってつけの能力と言えるだろう。


「さ、もういくの。ここは私の領域。さっさと静香を探しにいくの」


「――ちょっと待て」


修道服を脱ぎつつ、再度透明化を図ろうとするトレシーヌ。


「なんでお前が知ってる?」


「――ヒューヒュー」


下手くそな口笛を吹きながら、滝のような汗を流す彼女。


「お前、あの場にいたな?」


「黙秘権なの」


「おい」


既に体の大半が消えかかってるトレシーヌの肩を、必死に掴む夏樹。

修道服を脱ぎかけていた彼女は、焦りながら夏樹を押しのけようとする。


「なっ!?何するの!!馬鹿、変態!!」


「俺だってしたくねえよ!!でも頼む!この際あの場にいたことはどうでもいい!!」


「何を頼むっていうの!?私の貞操をどうする気なの!!」


「ばっ、ちげえよ!!此代姉妹の事だ!!」


いつの間にか服のつかみ合いになっていた二人は、いったん落ち着いて冷静になった。

軽く息を乱しながらも、トレシーヌは透明化を解除し、椅子に座り込んだのだった。


「ふぅ…あの姉妹の仲が良くないのなんて、今更すぎて知ろうとも思わないの」


「あんたは…はぁ、いったら聖女機関の情報屋だろ?頼む。少しくらい何か教えてくれないか」


「―――しょうがないの」


夏樹の必死なお願いに、悟ったように息を吐くトレシーヌ。

おもむろに椅子から立ち上がったかと思うと、壁に立てかけている本棚を吟味し、一つの本を取り出した。

そのままパラパラとめくり、やがて一つのページで目を止める。


「実里がこの福岡支部に来たのは、約一年前。その時から今まで、ずっと仲が悪いの」


「一年……か」


長いようで短い期間。

ただでさえ多忙な組織だ。

一年ぐらいあっと言う間に流れるだろう。


「やっぱり、静香は実里に対してコンプレックスを抱いているのか?」


「…それは本人に聞かないとなんともいえないの。でも……」


直球な夏樹の質問に首を傾げながら答えるトレシーヌ。

しかし、次のページを捲った際、一瞬訝し気な表情を見せながら、彼女は答えた。


「実里の序列が一位になったのは、三年前。本部での事なの」


「3年前か。それまでは序列が少し下だったんだろうな」


夏樹は人差し指で首をなでながら、少し考えて答える。

序列争いの事に関してはあまり聞いてはいないが、何かしらで変動もあるのだろう。

だが、一位を取る実力である為、元々序列の順位はよかったと考えた。


「三十五」


「――三十五?」


「実里の一位の前の序列の話なの」


「は!?」


序列三十五位。

ウルスよりも、そして妹の静香よりも下の順位であった。

つまり、実里は序列をごぼう抜きどころか、三十四抜きしたことになる。


「…何があってそうなったんだ」


「それ以上は私も知らないの。本人が言いたがらないから」


「……その事は静香は知ってるのかな」


「さあ。知ってるからこその態度にも見えるし、知らない上でああいう態度なのかもしれないの」


もし知っていた場合は、あの態度に関してはいくらでも想像がつく。

静香の性格だと、まず実里に問い詰めるだろう。

しかし、実里が教えてくれないとなると、険悪になるのもわかる。

姉妹で隠し事をされるのは、あまり気分が良いものではないだろう。

逆に事情を知らない場合はどうだろうか。

その場合だと、最初に考えていた、コンプレックスの問題が、一番濃厚な気はする。


「――トレシーヌ。入るわよ」


「「っ!!」」


突如、部屋の外から声が聞こえた。

それは、先ほどからの話題の中心人物の声色であることは、二人には瞬時にわかった。


「珍しく鍵がかかってないわね……っげ、なんであんたが」


「オ、オウ、キグウダナ」


青色のツインテールを掻き分け、訝し気に夏樹を見る静香。

まさにタイムリーな出来事に、俳優もびっくりな某演技をかます夏樹。

助けを求め、トレシーヌを目で追うが……


(あいつ…透明化しやがったな!!)


「トレシーヌはいないのね…本返しにきたのに」


「あ、ああ。さっき出かけて行ったぞ」


「ふーん…。で、あんたは何の用でここにいるの?聖母マリアとの話は終わったのかしら」


どうみても偶然ではないようにも思える居合わせに、夏樹を怪訝な目で見放す静香。

その視線を感じるたびに、背中に滝のような汗が流れるのを必死に抑えながら、


「あ、ああ。終わったよ……」


「……そう」


夏樹の言葉に、意外にも静香は一言だけ返した。

そのまま部屋に足を踏み入れ、手に持っていた本を、テーブルへドサッと置いた。


「――それ、全部仕事に関する参考書か?」


静香が置いたのは、一際でかい書物であった。

体術、武術、そして加護に関する書物。


「そうよ」


静香は軽く息を吐くと、椅子に座り込み、そのまま伸びをする。


「私は誰よりも強くありたいの。…この間は、吸血したウルスに負けちゃったけど、今度は勝つわ」


何ともないようにも見えるが、夏樹は気づいた。


(……目が赤い)


おそらく泣き腫らしたのだろう。

今の毅然とした態度が、彼女が必死に隠そうとしているのがひしひしと伝わる。


「お前はえらいな」


「っ!?何よ、いきなり」


「いや、思っただけだよ。弱さを見せようとしないところがすごいなって」


人は、どこかに必ず自分の弱さがある。

そして、それは確実に誰かの眼に映る。

だが問題は、それを隠そうとするかどうか――。と夏樹は常々思っている。


「俺はすぐに弱音を吐くことがあるし、誰かに話を聞いてもらいたいと思ってしまう」


「……まぁそれが普通よ。私はプライドが高いだけ。それぐらい…わかってるわよ」


「いいんじゃないか?何かあっても、自分で立ち直れてるってのは才能だと思うぞ」


「……ものは言い様ね」


夏樹は少しキザっぽい言い回しをしてしまったことを後悔した。

しかし、静香なりに何か思うことがあったのだろうか。

テーブルに肘をついて聞く彼女は、もう怪訝な表情は見せていなかった。


「ただ、本当にきついときは、少しぐらい吐き出したほうが絶対楽になるのは確かだけどな」


「………私と同じだと思ってた」


「……?」


「私の双子が別の支部にいるって聞いた時、嬉しかったのよ」


語りだす静香の表情は逆方向を向いており、夏樹のほうからは見えなかった。

しかし、声色から、少し寂しさを感じさせるようにも聞こえる。


「当時、私にはライバルがウルスしかいなかったわ。ああ、私と同じ実力の姉妹が、ここに来てくれるんだって思ってた」


人が成長するには、同じ実力のものと過ごす事が有効的である。

学校での部活動などでも、ライバル同士での切磋琢磨が実力を磨く。

静香もそう考えていたのだろう。


「…でも、初めて模擬戦をやった時、手加減された」


「――手加減か」


「ねえ、『血の加護ブラッドブレッシング』の、身体能力の向上力は知ってるわよね」


「人によって違う、というのはしってる」


「……私は最大限の恩恵を受ける事ができたわ。この支部でまともに勝てるのはエステラぐらいまでね」


他の実力がどのぐらいかはわからない。

しかし、静香の自信からもってすれば、かなりのものなのだろう。


「それでも負けたのよ……しかもあいつは加護を受けてなかった!!」


「―!」


『血の加護ブラッドブレッシング』は、戦闘聖女バトルシスターには生命線ともいえる代物であり、

戦闘前には必ず摂取する。

しかし、それを服用していない実里に負けた。

その事実が、彼女のプライドを大きく傷つけたのだった。


(思ったよりも大変だぞ……影虚さん)


話しの全容を聞く限りでは、大体の経緯は理解した夏樹。

しかし、解決しようにも、双方の話を聞く必要があると判断した。

静香だけの言い分を聞くわけにはいかないだろう。


「…あいつは、私を馬鹿にしてる」


「そ、そんなことないんじゃないか…?多分」


「いや、絶対そうよ」


夏樹が必死になだめようとするが、静香の声は更に温度を上げた。


「ねえ…。あんたの血を飲ませなさいよ」


「はっ!?」


突如体に衝撃が走った夏樹。

何が起こったのか、理解するまでに少し時間がかかる。

だが、理解した時には、静香に地面へ押し付けられていたのだ。


「あいつに勝つ為なら……悪魔にだって魂を売るわ」


「ま、待て待て!!落ち着け!!」


(力がやべぇ…)


腐っても人間と半吸血鬼ハーフヴァンパイア

力で夏樹が勝てるはずもない。

首ごと頭を抑え込まれ、静香はその八重歯を見せる。

びくともしないその力に、夏樹はなすすべもなく覚悟を決めたが……。


『静香。そこまでにしとくの』


突如二人の頭に声が響き渡る。


「――トレシーヌ。止めないで」


聖母マリアから吸血は、解析が出るまで禁止といわれてるの』


「……わかってるわよ。でも、私は一刻も早く!」


『【懺悔室】に行きたいなら、勝手にするの』


懺悔室。

教会などには、よくある建物である。

人々が犯した過ちを、聖女に告白し、許しを得る非常に慈悲深い神聖なる場所。

だが、その言葉を聞いた瞬間、まるでこの世のものではないものをみたように、

静香は滝のような汗を流す。


「……いや、もうあそこには行きたくない!!!!!」


『わかったらいいの』


「……?」


何故助かったのかはわからない夏樹だったが、

静香が体から離れている間に、こっそりと立ち上がった。


(とりあえず助かった…のか?)


『私のおかげなの。感謝するの』


(おう。それはいいんだけどな。最初からいてくれたらもっと助かったんだがな)


『面白いものが見れたから、私は満足なの』


(お前性格悪いな)


静香に聞こえないように、心に語り掛けてくるトレシーヌ。

思いのほか、正確の悪さに不満そうな顔をした夏樹。


「……ん?」


突如、か細い機械音がなった。

音の主を探すと、静香が携帯を取り出していたのだった。


「……大広間に集合だって」


「何かあったのか?」


「わからないわ……でも、なんにせよ」


少しばかり崩れた修道服を直し、こほんと咳払いをする静香。

その場から立ち上がり、服を二、三回ほどはたくと、


「全員招集だから、明るい話ではなさそうだわ」


緊張した表情を作り、彼女はそう呟いたのだった。

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