冷たい歴史は繰り返す
ゆきまる書房
第1話 冷たい歴史は繰り返す
──坊や、どうしたの? 眠れない? そうか、そうね。こんなに外がうるさいと、なかなか眠れないわね。
そうだ。じゃあ、今日はお母さんが話をしてあげる。絵本の読み聞かせじゃなくて、今日はお母さんの昔話をしましょうか。坊やにも話してない昔話よ。大丈夫、この話をしたらすぐに眠れるから。
お母さんはね、昔、お母さんのお父さんと、お母さんのお兄ちゃんとお姉ちゃんと一緒に暮らしてたんだ。お母さんのお母さんは、お母さんが小さい時にいなくなってしまったの。お母さんのお母さんがいなくなった時、お母さんのお父さんはひどく落ち込んでね、しばらくお仕事にも行けなくなったの。家のこともできなくて、お母さんがお母さんのお兄ちゃんとお姉ちゃんと一緒にお母さんのお父さんを慰めようとしても、お母さんのお父さんはますます落ち込んで、どうにもならなくなった。
それでも、お母さんのお父さんは強い人でね。お腹が空いているお母さんたちを見て、「自分がしっかりしないといけない」と立ち直って、お母さんたちのご飯を買うためにもう一度お仕事を始めたの。お母さんのお父さんのお仕事は大変でね、一度お仕事に言ったら何日も帰って来ないこともあったの。それでも、お父さんは必死にお仕事を頑張って、お母さんもお母さんのお兄ちゃんとお姉ちゃんと一緒に、家のことを一生懸命やったんだ。そうしたら、だんだんとお母さんのお母さんがいた頃のようにみんなが明るくなって、本当に幸せだった。
お母さんのお母さんがいなくなってしばらく時間が経った時、お父さんはお仕事に行ったまま帰らなくなったの。何日も、何日も。一週間が経っても、お母さんのお父さんは帰って来ない。お母さんはもちろん、お母さんのお兄ちゃんもお姉ちゃんも心配してね、それからもう一日してから、お母さんのお兄ちゃんが「お父さんを探しに行く」って言って、家から出て行ってしまったんだ。
でもね、お母さんのお兄ちゃんも、何日経っても帰って来なかった。心配で泣いたお母さんに、お母さんのお姉ちゃんは「私が必ず二人を連れて帰ってくるから」って言って、お母さんのお姉ちゃんも家から出て行ってしまった。案の定、お母さんのお姉ちゃんも帰って来なかった。お母さんのお父さんも、お母さんのお兄ちゃんも、誰も家に帰って来なかった。
お母さんは怖くなってね、このまま誰もいない家で暮らさないといけないって思うと、寂しくて仕方なかった。だから、お母さんも家を出たの。お母さんのお父さんの仕事場に、お母さんは急いで行ったの。その日は猛吹雪で、視界も悪くてね。雪が膝の高さまで積もって足場も悪くて、足がもつれて時々転びそうになった。だけど、お母さんはお母さんの家族に二度と会えなくなることの方が怖くて、必死になって歩いたの。
そうして、やっとお母さんのお父さんの仕事場に着いたの。周りはすっかり真っ暗になっていてね、辺りはしんとして音も聞こえない。お母さんは、お母さんのお父さんの名前を大声で叫んだ。だけど、返事はなかった。お母さんは、お母さんのお兄ちゃんの名前と、お母さんのお姉ちゃんの名前も叫んだ。誰の返事もなかった。お母さんは、がむしゃらにその場を探し回った。だけど、見つけられなかった。
お母さんもだんだん疲れてきてね、行く当てもなくただ探すことしかできなくて、途中で倒れてしまった。だけどね、その時、懐かしい声が聞こえてきてね。お母さんは周りを見渡してみた。そうしたら、遠くに、お母さんのお父さんの服が見えたの。急いで立ち上がって、そっちに向かった。そこには、お母さんのお父さんがいたの。お母さんのお父さんに触れると、氷のように冷たかった。その隣に目を向けると、お母さんのお兄ちゃんとお姉ちゃんもいたの。二人とも冷たかった。お母さんは泣いてしまったの。だって、もう、みんなと一緒に暮らすことはできないから。
その時、お母さんの後ろに誰かがいた気配がしたの。後ろを振り返ると、そこにはお母さんのお母さんがいた。驚いて声も出なかったわ。お母さんのお母さんは、とても悲しそうな顔をしていた。そして、こう言った。
「ごめんなさい」
お母さんのお母さんは、お母さんに顔を近付けてきた。お母さんはその時、頭のどこかで「危ない」と思ったの。「このままじゃいけない」と思ったお母さんは、お母さんのお母さんを思い切り突き飛ばした。お母さんのお母さんが倒れた時、お母さんは死に物狂いで近くにあったお母さんのお父さんの猟銃を拾って、お母さんのお母さんの頭を殴った。何度も、何度も。お母さんのお母さんは、「やめて」って叫んでいたかな? よく覚えていないわね。
我に返った時、お母さんのお母さんは動かなくなっていた。お母さんのお母さんの頭から、血は流れていなかった。だけど、お母さんのお母さんの顔にどんどんひびが入っていって、やがてパリンと大きな音を立てて、お母さんのお母さんの体は粉々に砕けたの。お母さんのお母さんの体は小さな小さな光の粒になって、雪の中に埋もれていった。
──坊や、どうしたの? 顔色が悪いわよ。
え? どうしてそんな話をするのかって? それはね、お母さんがしたことが間違いだったということに気づいたからよ。お母さんはね、家族を亡くしてからずっと一人だった。あなたのお父さんと出会って、あなたが生まれて、本当に幸せだった。だけどね、お父さんに私の正体を知られたの。私は人であって人でないの。人の血と、人じゃない者の血が流れているの。
お母さんのお母さんはね、人じゃなかったの。お母さんのお母さんは、お母さんのお父さんと出会ってしまって、お母さんたちを産んで、人のような生活を送っていたの。だけど本当は、お母さんのお母さんはお母さんのお父さんと出会った時、お母さんのお父さんを殺さなきゃいけなかったのに、できなかった。正体を隠して、お母さんのお父さんと一緒になって、家族になったの。
だけど、お母さんたちが生まれてしばらくして、お母さんのお父さんは昔の話をした。お母さんのお母さんと初めて出会った時の話。お母さんのお母さんはその時に、お母さんのお父さんを殺さないといけなかった。だけど、お母さんたちのことを考えて、お母さんのお父さんの自分の正体を明かして、行方をくらました。
その後、お母さんのお母さんは、一人で山の中で暮らしていた。だけど、ある日、お母さんのお父さんが山に入ってきた。お母さんのお父さんは、お母さんのお母さんに戻ってくるようにせがんだの。お母さんのお母さんは、後悔したの。「ああ、あの時殺しておけば」って。そして、お母さんのお父さんを殺してしまった。かつて、お母さんのお父さんのお兄さんを殺したように、氷漬けにして。それから山に入ってきたお母さんのお兄ちゃんも、お母さんのお姉ちゃんも。せめて苦しくないように、まるで眠るかのように、凍らせて殺した。その後にやってきたお母さんも殺そうとしたけど、逆にお母さんに殺されてしまった。
だけど、今になって、あの時のお母さんのお母さんの気持ちが分かるの。あの時、お母さんは、お母さんのお母さんに殺された方がよかったのよ。そうすれば、お母さんはあなたと、あなたのお父さんを殺さずに済んだのだから。
ん? なあに? お父さんはどこ? 大丈夫、お父さんは今、先に幸せなところにいるわ。坊や、安心して。寒いのはほんの一瞬で、後は眠るように死ねるから。大丈夫、怖がらないで。
さあ、坊や、目を閉じて。
冷たい歴史は繰り返す ゆきまる書房 @yukiyasamaru1
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます