第2話 幼馴染の男子にサクラを頼まれたんやけど

【土曜日のデート、楽しみにしとるからね♡】


 感情が暴走してる。

 そう思いながらも、熱に浮かれたようなラインを送ってしまった。


「ウチ、何やってるんやろ……」


 ラインを送ってからバタンとうつ伏せになる。


雄平ゆうへいがウチのこと意識してくれてたなんて」


 サクラを頼まれたときは、またいつものことかとちょっとガッカリだった。

 それでも雄平と一緒に居られるならと快諾したのだった。

 でも、雄平も私のことをいいなと思ってくれていたとか。


「これホントに現実なん?」


 夢じゃないだろうかと思えてくる。

 だって、だって。

 土曜日のデート次第だけど、付き合おうと言われたわけだし。

 それだって電話で決めるのは……みたいな感じだった。

 

「ウチに都合よすぎやろ!」


 信じられなくて枕をバンバンと叩きつけてしまう。


「姉ちゃん、夜中にうるさい……って何やっとるん?」


 ノックもせずに入って来た妹のまつりが怪訝な目で見ている。

 しまった。


「いやあの、これはやね……」


 妹相手とはいえ醜態を見られたことが恥ずかし過ぎる。


「雄平君にデートにでも誘われたん?」

「ちょ、ちょっとなんでそれを……」

「やって、姉ちゃん、雄平君と遊ぶときいっつも浮かれとるやん」

「う……」


 否定できない。


「でも、いつもみたいに姉ちゃんとふつーに遊んでくるだけやないん?」

「今回はちゃうもん。ウチのこと、その……ええと思うって言ってくれたし」

「え?ほんと?良かったやん。姉ちゃんの報われん恋によーやく終止符が……」

「報われんとか余計なこと言うんやない!」

「事実やろー。でも、雄平君に愛想尽かされんようになー」

「わ、わかっとるちゅうねん。いいから祭は部屋に戻りや」

「はいはい。姉ちゃんもお幸せに」


 妹が退散した部屋の中で、私は祭の


「愛想尽かされんようになー」


 の言葉を反芻していた。

 そうだ。土曜日のデート次第では


「やっぱりごめん。灯だとちょっと……」


 と言われる可能性だってあるんだ。

 服とかどこで遊ぶかとかよく考えないと。


「よし!まずは服決めよ!」


 今まで遊んで来て思ったことだけど。

 雄平はフェミニンな感じよりガーリーな感じが好みだ。

 だから、そういうのを色々意識した服を考えなきゃ。


 あとは……アクセサリーだけど、ちょっと迷うところだ。

 中一の時にプレゼントしてもらった安物のネックレス。

 ちょっと遠出した時に「せっかくだから」とくれたもの。

 でも、気づいてくれなかったらただの無骨なネックレスだ。

 それよりは普段身に着けるネックレスの方が。


 あとは……去年の誕生日にもらったシュシュ。

 彼なりに色々考えてくれたのか、結構可愛い感じので私も気に入っている。

 ただ、ネックレスにシュシュ。

 両方とも雄平にもらったのを身に着けていくとか意識し過ぎな気がする。


 それに、身に着けて行っても気づいてくれなかったら少し悲しい。

 

(本当に……どうしたもんやろなあ)


 そんな諸々について悩んでいると瞬く間に日は過ぎて約束の土曜日。


 11時前のすっかり暑くなった上本町駅前で私は落ち着かないでいた。


(やっぱ少女趣味過ぎたかもしれへん)


 選んだのは花柄でフリルのついたいかにもなワンピース。

 ネックレスは迷ったけど以前に彼からもらった無骨なものを。

 そして、髪にはやっぱり以前にもらった桃色のシュシュ。

 普段ボーイッシュな服が多い私だけに自信がなくなってきた。

 なんてしょぼんとしていると、少し遠くから見慣れた顔。


「そこのお嬢さん、ちょっといいですか?」


 幼馴染から放たれたその言葉に


「ぷっ」


 思わず噴いてしまった。

 ナンパするにしても「そこのお嬢さん」って。


「そこのお嬢さん……お嬢さん」


 笑っちゃまずい。わかってはいるけど。

 思わずリピートしてしまう。

 

「灯さあ……僕なりに色々考えて来たんだけど」


 不服そうな雄平の顔つきは馴染みのあるもので。

 さっきまでの緊張が消え失せてしまう。


「やったら……どうしたんです?そこのお兄さん」

「ぷっ」


 それっぽい返しをしたのに噴かれてしまう。


「雄平……ウチなりに返しを考えたんやけど」

「だってさ。灯にそれ言われるとギャップが凄いって」

「もう。さっさとご飯行こ?恥ずかしくてしゃーない」


 駅前でこんなやり取りを続けるのもいい加減恥ずかしい。 


「あ、ちょっと待って」

「どしたん?これ以上寸劇続けるんも面倒やろ」

「そうじゃなくて……服、似合ってる。可愛いよ」

「か、かわ……あ、ありがと」


 心なしか誉め言葉をくれた彼の顔も赤いような気がする。

 でも、凄く嬉しい。


「それと。ネックレスとシュシュ。考えてくれたんだろ?」

「ま、まあ。せっかくくれたもんやし?ほかに機会もないやろ」


 ああ、もう。昔からこうだった。

 きちんと細かいところまでいつも見てくれて。

 そんな気遣いが細かいところも含めて好きになったのだった。


 ふと、彼の方をまじまじと見てみる。

 Tシャツはいつかの修学旅行で買った奴だ。


「お揃いとかもいいと思うんだけど」

「えー。雄平とお揃い言うんはちょっとなー」


 なんて悪ふざけをして買った、鹿児島県のご当地Tシャツ。

 デートに着てくるのとしては……だけど、雄平なりに思い出の品を持ち出して来てくれたんだろう。その気持ちが嬉しい。


「そのご当地Tシャツ。デートに着てくるんはどうかと思うで?」

「ちょっとネタっぽいのも悪くないでしょ」

「でも……あんがと。雄平なりに考えてくれたんやろ?」

「僕なりには、ね」


 彼なりに今日のデートのことを色々考えてくれたんだろう。

 その気持ちが伝わっただけで十分だった。


「ほら、行こうか」


 瞬間、ぎゅっと手を握られる。

 急に恥ずかしくなってきて、手汗がどんどん出て来る。

 ああ、ようやく雄平とのまともなデートなのに。


「そういえば、灯は緊張するとよく手汗かいてたっけ」

「今日くらい出えへんで欲しかったんやけどね」

「それだけ意識してくれてるわけだし、気にしない気にしない」

「なーんか、ウチだけ緊張しとる気がするんやけど」

「僕だってちょっとは緊張してるよ」

「ちょっと、ね」


 大好きな人とのデートで嬉しいのだけど。

 こんな時間で妙に余裕ぶる雄平がちょっとだけ気に食わない。

 でも、そんなこともどうでもいいくらいにやっぱり嬉しい。


「ご飯だけどどうする?」

「ウチはあっさりなんがいい」


 手を繋ぎながらだから、やっぱり手汗が出てくる。

 それが恥ずかしくて、ちょっとぶっきらぼうな返事になってしまう。


「じゃあ回転寿司とか?近場にあったでしょ」

「やったらそれで」

「さっきからどうも口数が少なくない?」

「もう……緊張しとるの。手、繋がれるんとか久し振りやし」

「そっか。灯にそういう可愛らしいところがあったとはね」

「今まで芽がないと思ってたから平気やっただけやし」


 今日は初めての「本当の」デート。

 緊張しないわけがない。


「逆に雄平はなんで平気なん?もしかして、彼女いたことあるん?」

「いやいや、居ないって。灯はよく知ってるでしょ」

「やったら、なんで平気そうなん?」

「だって、灯がやたら緊張してるから……ちょっと可愛くて」


 褒められているはずなのに、やっぱり余裕そうな態度が気に食わない。


「やっぱりウチばっかり緊張してるのは納得いかへん」

「まあまあ。そこらへん気にしても仕方がないでしょ」


 なんて少しもやもやしてたのは最初の内だけ。

 回転寿司をパクついたり。

 カラオケでお互いノンジャンルで好き勝手歌ったり。

 秋物を見るのに付き合ってもらって、色々試着したのを見せて居たり。

 気が付けば時間が過ぎるのも忘れて楽しんでいた。

 最後にゲーセンに寄って格ゲーで対戦した後に建物を出てみると、そろそろ日が落ちようとしていた。

 といっても、これで18時過ぎなんだから夏は日が落ちるのが遅い。


「なんか久しぶりにいっぱい遊んだね」

「夏休みに入ってから、雄平とはあんまり遊んどらんかったよね」

「暑いからつい出不精になるんだよ」

「確かになあ」


 正直、今だってかなり暑い。

 制汗剤をつけてこなければきっと汗だくになっていたに違いない。

 

「ん」


 行きは雄平に主導権を取られっぱなしだった。

 だから、帰りくらいはと私から肩を組んでみた。


「ちょ、ちょっと。恥ずかしいんだけど」

「あれだけウチを恥ずかしがらせといて……」

「いや、悪かったって。ちょっとからかい過ぎた」

「反省しとる?」

「反省してます」

「ならよし」


 なんだか、正直今でも夢みたいだ。

 こうして恋人かと見紛う格好で二人っきりで帰ってるなんて。


「今日のデート次第ではその……付き合うって約束だったじゃない?」

「そ、そやね」


 デートに夢中ですっかり忘れてた。


「僕はその……結構いいかなって思ったんだけど。灯はどう?」

「はっきり言って欲しいんやけど」


 雄平が照れているのわかる。

 でも、お付き合いのはじめがそういう「なんとなく」はやだ。

 これも私の我儘だけど。


「灯のことが好き。僕と付き合ってほしい。どうかな?」

「……」


 はっきり言われて、頭の中が真っ白になってしまう。

 その言葉を期待してたはずなのに、いざ言われると……恥ずかしい。


「ちょ、ちょっと。灯。どうしたの?初めて見るくらい顔真っ赤だけど。それに手汗凄いし」


 そういえば、そうだった。気が付くと手汗がだらだらだ。

 せっかく告白してくれたのに色々情けない。


「んと……嬉しいんやけど、恥ずかしくてちょい色々考えられへんくて」

「ぷっ。はっきり言ってって言っといて……」


 くすくすと笑われているのが悔しい。


「ウチも雄平のこと、ずっと好きやった。ウチで良かったら……お願い、します」


 何故か深々と頭を下げていた。

 ああ、何やってるんだろう、私。


「うん。こちらこそ。ところでさ……ずっとって言ったけど、いつから?」


 ああ、そうか。つい言ってしまったけど。


「小4の頃。ウチ、緊張すると手汗出るの凄い嫌やったんよ。覚えとる?」


 特に一部男子のからかいようはそれはひどくて。

 

「そうだったね。凄い気にしてたのは覚えてる」

「で、転校生やった雄平がウチの隣に来て、めっちゃ緊張しとったんよ」


 それこそ、隣の席の彼からもわかるくらいに手汗だらだらだった。


「思い出した。そんなこともあったかも」

「で、雄平はそんなウチに何言ってくれたか覚えとる?」

「なんだろう。そんなに気にしないよ、とか?」


 この男は何を言ってるんだろう。

 そんな真っ当な慰めだったら私もそんなに気にならなかったのに。


「そういうのもちょっと可愛いね、って言ったんよ」

「え。何言ってるの?当時の僕」

「しかもや。ちょっと手を繋いでみようよ、とか言い出すんよ」

「あ。それはなんとなく覚えてる」


 本当に何を考えてたんだろう。


「案の定凄い手汗出たんやけど、雄平は全然気にせえへんかったんよね」

「いやまあ、そういう体質の子もいるって知ってたし」

「そんな感じで色々あって……雄平のこと好きになっとったんよ」


 コンプレックスだった手汗のことを受け入れられたのもそうだったし。

 そういう……スキンシップをしたのもきっかけだったのかもしれない。

 

「逆に……雄平はウチのこといつから?」


 ついでだから知っておきたかった。

 中学からだろうか?あるいは高校からだろうか?


「あのさ……言っても怒らない?」

「うん?別に怒らへんよ」


 強いて言うなら昔からだったら嬉しいなって思うくらいで。


「実はあいつからナンパけしかけられた日なんだ」

「え」


 どういうこと?


「ナンパが嫌だったから、代役で真っ先に浮かんだのが灯だったわけだけど」

「うん。それで?」

「なんとなく口走った「デート」に灯が食いつくもんだから、そこから「あれ?実は灯って結構魅力的じゃないかな」……とか思い始めて。えーと……怒った?」


 なんか聞いていて溜息しか出ない。

 私はあんなに昔から好きだったのに。

 雄平はつい最近で、きっかけもそんなだったなんて。

 でも、最初に惚れたのは私だし。


「怒らへんよ。すこーしだけモヤモヤするくらいや」

「ごめんって。その分は、これから色々埋め合わせしていくから」

「それやったら、これからウチのこともっと好きになって欲しい」

「それは全然大丈夫。ていうか、今日で色々可愛いなって思ったし」

「そ、そういう言葉ばっかりポンポン言っても……」

「なんて言いつつ、かなり照れてるでしょ」

「あー。なんかそんな風に余裕ぶってるのキライや!」

「何拗ねてるのさー」

「拗ねとらんー」


 そんな掛け合いをしながら私は誓ったのだった。

 彼をもっともっと私に夢中にさせてやる、と。

 ふと、西の空を見上げる。

 沈んでいく太陽が生暖かく私たちを見守っている気がした。 

「青春だねえ」と。


☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆

ヒロインパートの方が長くなった感じがする短編です。

楽しんでいただけたら、★レビューや応援コメントなどいただけると嬉しいです。

☆☆☆☆☆☆☆☆

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罰ゲームでナンパするのが嫌だったので幼馴染にサクラを頼んだらデートすることになった 久野真一 @kuno1234

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