罰ゲームでナンパするのが嫌だったので幼馴染にサクラを頼んだらデートすることになった

久野真一

第1話 幼馴染にサクラを頼んでみたんだけど

「王手」


 夏真っ盛りの放課後に悪友の野太い声が響き渡る。


「これは詰みだね。負けたよ」


 悔しさすら起きない圧倒的な勝負だった。


「ふっふっふ。これで50戦30勝20敗やな」

「正直もうちょっと勝率をあげたいところだね」

雄平ゆうへいはムラがあり過ぎるんだよ。気分で打つこと多いやろ」


 わかったように言うなあ。


「否定はしないよ。で、罰ゲームはどうする?」


 こいつとは小学校からの付き合いの悪友。

 将棋をするたびに勝った方が罰ゲームを提案するってのをずっと続けてる。


「今日はちょい面白い罰ゲームを考えて来たんよー」

「なんか嫌な予感がするんだけど」

「ずばり……上本町うえほんまち駅前で10人ナンパ。どうや?」


 大阪にある近鉄上本町きんてつうえほんまち駅。

 僕たちが住む町の最寄り駅で行きかう人も少なくない。


「別にいいんだけどナンパとかただの迷惑行為だと思うんだけど?」


 白けた目線で彼を見据える。それ以前に面倒くさいのも本音だ。


「もちろん、人様の迷惑にならない範囲でやるんやって」

「休日に暇そうにしている人を控えめに誘うくらいなら」


 上本町駅で乗り降りする人は結構多い。

 暇そうな女性10人を見つけて、軽く声をかけるくらいならいいか。


「雄平がお堅いのはよくわかっとるから。それでええよ」

「で、君は影から見てるわけだよね」

「もちのろん。見届けんと罰ゲームにならんやろ」

「だよね……はぁ」


 うー……回避するいいアイデアはないだろうか。

 ふと馴染みのある顔が思い浮かんだ。

 あかりにお願いすればいいじゃん。

 同じく小学校の頃からの付き合いの女子。

 ボーイッシュな髪形や控えめな胸、女子にしては長身。

 趣味が男子寄りなこともあって男女問わず親しみやすいキャラだ。

 あいつにサクラ役をお願いすれば……。


「ナンパに成功したらその時点でゲーム終了だよね」

「もちろん。でも、さすがに雄平には無理やろ」


 この野郎。


「言ってくれるね。僕だってやるときは本気でやるよ」

「本気、ねえ……」

「何が言いたいの?」

「何か妙なことを思いついたんやないかってな」

「失敬な」


 部活から帰って夕ご飯を食べてお風呂に入って。

 寝るまで数時間の間。

 僕は早速、灯に電話をかけていた。


「こんばんは。さっきぶり、灯」

「こんばんは。急にどうしたん?」

「さっきまであいつと将棋やってたんだ。それで例のごとく……」

「あの罰ゲームな。もう何回やっとるん?」


 含み笑いをする灯の声。

 男同士でしょうもないことをしてる、なんて思ってそうだ。


「ざっと50回。それはどうでもよくて、次の罰ゲームがナンパなんだよ」


 小学校4年生で大阪に引っ越して来た僕は未だに標準語を使う癖が抜けない。


「雄平が嫌がりそうな罰ゲームやな。納得。ウチは何すればええん?」


 灯は本当に人がいいなあ。

 そういうところも人徳なんだけど。


「サクラになって欲しい。ナンパが成功すれば罰ゲームは終了だからさ」

「しゃーないな。一肌脱いだる」


 聞こえてきたのは仕方なさそうな溜息と承諾。


「よ!姉御!灯ならそう言ってくれると思ってたよ」

「変な褒め方せんでええから」

「いやいや。本当に感謝してるって」

「で、ウチはナンパされて一緒にご飯でも食べればええの?」

「それでもいいけど、せっかくだからちょっと遊ばない?」

「お昼で終わっても暇やしね。カラオケでも行く?」

「あとは本屋で新刊を色々見たいかも」

「やったら、秋物の服も見たいんよ。付き合ってくれへん?」

「了解。じゃあ、そんな感じでよろしく。今週の土曜日空いてる?」

「空いとるよー。11時くらい待ち合わせでええよね」

「ランチタイムだと混雑しそうだし、そのくらいがいいか。じゃあ、それで」


 いやー、さすがに灯は話が早い。

 

「言っとくけどランチは奢りやからね?」


 冗談めかした声。


「もちろん。ていうか、服以外は僕持ちにしてもいいくらいだよ」


 くっだらない罰ゲームに付き合わせるんだし、それくらいは。


「もう。雄平はそこまで律儀にならんでええっていつも言っとるのに」

「性分だし、仮にもデートでしょ。僕もちょっとくらい見栄張りたいんだよ」


 なんて冗談めかして言ってみたんだけど。


「デ……デート、なん?」


 向こうから聞こえてきたのは困惑の声。


「そりゃ、灯は女子だし男女二人きりだったらデートじゃないの?」


 何をいまさら。


「実は罰ゲームは口実で、ウチのことちょっとはええな……とか……」


 最後の方はかなりぼそぼそとした声だったけど、聞こえてしまった。

 灯の奴、かなり照れてる。

 

 考えてみるとだ。灯ははっきり言って可愛い。

 性格だってノリがいいし、こんな頼みに頷いてくれるくらいお人好しだ。

 一緒に居てて飽きない。

 変にキャピキャピもしてない(僕はそういう人種が苦手なのだ)。

 こういう風にちょっと乙女な部分だってある。


(本当のデートにしてしまっていいような気がしてきた)


 僕も高校二年生。彼女が欲しくないと言ったら嘘になる。

 でも相手が居ないと思ってたけど、灯は全然アリアリでは。

 さっきの反応見るにあいつもやぶさかではないみたいだし。


「んーと。実は……ちょっと前からいいかも、と思ってた」


 今しがた、灯が相手ならいいかもと思ったばかりなのに大した言い草だ。

 でも、今いいかもと思ったなんて言ったら怒ること間違いなしだ。


「そ、そうなんや。ウチも……雄平やったら、悪くないかもって……」


 待て待て。ちょっと急展開過ぎないか?

 

「じゃあさ。今度のデート次第で決めるっていうのはどう……かな」


 さすがに電話で決定してしまうのもどうかと思うし。


「そ、そやね。さすがに電話でとかいきなりやし」


 灯さん、凄くノリノリなんですけど。

 僕は僕で話している内に、灯ならかなりいいのではと思い始めてしまっている。


「じゃあ土曜日の11時に上本町駅前で。正面に立っててくれればいいから」

「う、うん。それとデートなんやから……服とか色々考えてくから」

「ああ。僕もその辺は考えとく」

「じゃあ。楽しみにしとくな?」


 ツーツー。


「ナンパじゃなくて灯と普通にデートになってしまった」


 正直、灯のことはこれまで恋人になり得るとは思っていなかった。

 でも、意識してみると友人としてだけじゃなくて女性としても魅力的。

 付き合いが長いから変に気兼ねもしなくていい。

 

(もし本当に灯と付き合うことになったら)


 ベッドに寝転びながら、ふとそんなことを考えてしまう。

 僕も健全な高校二年生だ。お付き合いにはやはり興味がある。

 にしても、いくらなんでも唐突過ぎだろ、僕よ。

 手近に魅力的な異性がいたから……とか男としてどうなんだ。

 恋ってのはもっと燃え上がるようなものじゃないのか?

 いやでも……灯は相手として全然アリ。

 灯も僕のことを憎からず思ってたことがわかったわけだし。


「よっぽどのことがないと流れで付き合うことになりそうだし」


 嬉しいんだけど、どこか落ち着かないような。

 ついさっき意識し始めたばかりで付き合っていいんだろうかという戸惑い。

 さすがにちょっと灯に不誠実じゃないだろうか。

 なんて思っていたら―


【土曜日のデート、楽しみにしとるからね♡】


 明らかに浮かれた灯からのライン。

 

(可愛い)


 不覚にも浮かれたラインを見てそう思ってしまった。

 これは土曜日のデート、気合い入れて行かないと。


 この時点で僕は、当初の罰ゲームという趣旨をすっかり忘れてしまっていた。

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