猫のふぐり本があるのなら、オジサンのふぐり本があってもいいじゃない
豚園
これが本当の可愛いふぐりじゃあッ!
で、どうしたんだよタケシ。一緒に出かけようなんて。珍しいじゃん。
あんまり長時間連れ回すなよ。俺、冷房の効いてるところから基本出ないからさ、暑さに慣れてないんだ。
嫌になったら熱中症のフリして倒れてやるからな。
ま、お前のそのバーコードハゲのほうが日光に弱そうだけど。俺様はお前と違ってフサフサだからなぁ?
ハハハ。
しっかしお前、なんだよその格好。
今は真夏だぞ。それ、冬に着てるコートだろ。そんなもん羽織って暑くないのか?
いいトシなんだから本当に倒れるぞ。
そういえば、今日はどこに行くつもりなんだ?
※ ※ ※
だんだん人が増えてきたな。
大きな建物もたくさん……って、ここ、俺とお前が出会った辺りじゃないか。そうだよな?
なんだよお前、思い出話したくて出かけたのかよ。
あー、オジサンってヤツはホント、昔話が大好きですねぇー。
ま、さっかく来たんだし?
付き合ってやらなくもないけど。
お前と出会った頃の俺ってすげぇ荒れてた。
毎日毎日ケンカしててさ。身体中に引っ掻き傷できてて。
ケンカでボロ負けして、動けなくなってた俺を助けてくれたのがお前だったな。そうそう、ちょうどこの路地裏だ。
病院に連れていってもらって、美味しい飯も食わせてもらってさ。
俺は親の顔すら知らないから、お父さんってのはこんな感じなのかなーって思った。
それからなんだかんだお前の家で世話になってるけど、まあ、あれだ……感謝してるよ。 あんな美味い飯は生まれて初めて食べたしな。
あれ、思い出の場所素通り!?
オイオイオイ、違うなら違うって先に言えよ! 俺だけ恥ずかしいだろ!
あーあー。今の嘘、嘘ついたわ。
俺、べつにお前なんかに感謝とかしてねえから。勘違いすんなよ。忘れろ。
……もしかして病院に連れて行こうとしてたりする?
やめろやめろ病院は嫌いだ!
最近はケンカもしてねえし、お前のくれた飯食ってんだから健康だって。
いいか、病院だけは絶対に嫌だからな!
※ ※ ※
うわっ、どうしたんだよ急に。その怒りの表情は。
あ、俺知ってるぞ。お前がそういう顔するのは、仕事の連絡が来たときだ。
どれどれ、俺にもスマホを見せろ……ってこれTwitterじゃん。お前が裸の写真を撮ってアップしてるアプリだろ。
いつも楽しそうにやってるくせに、どうしたんだよ。
『超絶可愛い猫のふぐりで癒されよう』だって?
この記事がなんだ?
お前だって、いつもこんな感じの写真を撮ってるじゃないか。
『悶絶する可愛さ! ハムスターのおしり本発売!』
へー。ネズミのケツが本になってんだ。
これは可愛いっていうより無防備じゃね。
やっぱ飼われると危機感ってもんがなくなるよなー。こんなヤツ、この辺に居たら一瞬でエサでしょ。
で、お前はなんでこれ見て怒ってるわけ。
はあ、はあ……いやそりゃ、中年男性のふぐりとケツはキモいだろ!
……いや、たしかによくよく考えてみると、なんで他の動物のふぐりやケツは出版オーケーなのに、人間のはダメなんだろうな?
タケシが言ってる通り不平等な気がしてきた。
うーん。猫のふぐりはふわふわで可愛いけど、オジサンのはシワシワしてるし、なんかナマっぽさがあるからとか?
ほら、動物の赤ん坊だって、生まれたばかりで毛が生えてない、皮そのまんまみたいな状態のヤツはちょっとキモいじゃん。
オジサンのふぐりは一生その状態だからキモがられるんじゃないかなー。
知らんけど……。
だからタケシが人間である以上、可愛いふぐりとして紹介されるのは無理だと思うぞ。
いっそ、タケシが猫になるってのはどう?
ふぐりも可愛くなるし、今までアップしてきたTwitterの金玉画像まとめで書籍化一直線だ。
俺としても、お前が猫になるってのは悪くねえ話だし?
ハハハ。
ま、猫的には、勝手に撮られた金玉写真をネットに放流させられた挙げ句、本屋で晒し者にされてるわけだからさ。どっちがマシかって話。
あー、タケシのTwitterに「キモい」ってメッセージがきたんだ。
「通報します」ともきた?
それで最近様子がおかしかったのか。なるほどねぇー。
お前はただ、たくさんの人に自分の金玉を見てもらいたいだけなのにな。
家でいつもそう言ってるじゃん。俺、知ってるよ。
そりゃあ、お前にとっちゃ、人間以外のふぐりだけ有り難がるような風潮は面白くないよなぁ。
……そうだ!
人間に飼われてる猫やハムスターについてる金玉の権利が人間にあるってんなら、いつか人間を飼う上位存在が出てきたらイケるんじゃね?
『ペット人間の可愛いふぐり本』ってさ。
でもこれじゃ、いつ実現するかわからないかあ。タケシ、そんなに老い先長そうじゃないもんな。
ハハハ。
……タケシさ、あんまり早く死ぬなよ。
お前が死んだら、俺はまたケンカばかりの生活に逆戻りだし。それに俺はもう昔みたいに強くねえから。
ケツ本に出てたネズミどもと同じだよ。お前に飼い慣らされてすっかり腑抜けだ。しかも、ちょっと太った。
でも、お前との生活はそんなに……わ、悪くねぇし?
だからタケシが生きてる間に叶うといいな。
金玉を堂々と見せたいってゆー、お前の夢。
※ ※ ※
お、ここが目的地?
ようやくかよー。デカいビルだな。なんか横断幕がかかってるし。
ええっと……。
祝『ハムスターのおしり』大ヒット
祝『猫ちゃんのふぐり』10刷目
ってここ出版社か!
おいタケシ、このビル見てからずっと震えっぱなしだけど、大丈夫か?
寒い……わけはないよな。そんな分厚いコート着てるんだもんな。
わっ!
なんだよ急にそんな抱き寄せてきて!
こんな往来で恥ずかしいだろ。ガキじゃないんだぞ。
ん!?
タケシ……もしかしてコートの下、裸なのか?
いやいや、マジで素っ裸じゃないか!
え、なに。さっきからずっとぶつぶつと……。
証明してやる、だって?
タケシ、もしかして、自分の金玉もイケてるってことを、ケツ本出してる出版社に見せに来たのか!?
落ち着け! まだこの国ではオジサンの金玉は認められてないんだよ!
キモがられて警察呼ばれるのがオチだ。やめとけって。一緒に家に帰ろう。
だって……。お前が捕まったら俺は一人だ。
そんなの、さみしいよ。
うおっ、急に抱き上げないでくれ。
なんだよ。帰ろうよタケシ。俺たちの家に帰ろうよ。
「なあ、オレ、仕事クビになっちゃった。露出アカウントがバレてさ。次の仕事も見つからない。そろそろ家賃も払えなくなるし、レオのご飯も買えなくなっちゃう。もう、オレには何もないんだ……」
……なんだよ。
久しぶりに話しかけてくれたと思ったら、そんな、こと……。
「だからオレ、最後にやってみるよ。社会の不条理さを気づかせてみせる。金玉を見せたいというオレの夢のために。そして金玉を晒され続ける君たちのために」
なんだよその言い方。
そんなの……さよならみたいじゃねえか……。
「一人で来るのが怖くて君を連れてきてしまったけど、もう大丈夫だ。ここから先はオレひとりでいい。君はもう自由だ。こんな露出趣味の中年に付き合わせてしまって申し訳ない」
おい、おい!
置いていくなよ。本当にひとりで露出するつもりなのかよ。
たしかにお前は露出趣味の変態中年だよ。
でも、でも俺の命の恩人で……たったひとりの家族なんだよ!
行くな。行かないで。待って。俺だってお前のこと大切に思ってんだよ。
お前の夢、見届けたいんだよっ!
お願いタケシ、俺も連れてって。
届いてくれ俺の声……!
「にゃあっ!!」
※ ※ ※
大きな鳴き声に立ち止まると、走ってきたレオがオレの脚に擦りついてきた。
何度も何度も。
「レオ……。一緒に来てくれるのか?」
黒い毛玉のようなレオの背中を撫でる。艶々とした毛並みが心地よい。
オレの愛猫はにゃあっ、と元気よく返事をしてくれた。
自分についてきてくれる存在がいる。
なんて、嬉しいことなんだろう……。
知らぬ間にオレは頬を濡らしていた。
「よし、行くぞレオ! オレたちで新たなふぐり伝説を作り出そう!」
「にゃああ!」
出版社のロビーに走り込みながらコートの前ボタンをあける。
ロビー中央まで来たところで、オレはコートをはらりと脱ぎ捨て、その場にいた人々に向かって裸体を御開帳した。
足元ではレオがお尻を掲げ、そのふわふわなふぐりを見せつけていた。
ありがとうレオ。
君と過ごした日々は、オレの一生の中で一番、楽しかったよ。
突然のふぐりの登場に混乱し、悲鳴がこだまするロビーで、オレは思い切り見得を切る。
「これが本当の可愛いふぐりじゃあッ!」
外の空気に触れたオレの極端に小さい睾丸が、うふふっと笑うように小さく震えた。
猫のふぐり本があるのなら、オジサンのふぐり本があってもいいじゃない 豚園 @butano-sono
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