2戦目 新兵
生徒たちは不安と、その美しさにため息をついた。
艶やかな黒髪、白い肌、まるでお人形さんのようなスタイル。濃紺はスタイルを誤魔化すための服なのだが、彼女に関してはより綺麗なプロポーションを際立たせている。
彼女の魅力は容姿だけではない。細かな所作、何気ない動きがとにかく綺麗なのだ。立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花ということわざの意味を知ることができる人だ。
天は二物を与えず、なんていうが大嘘だ。愛らしくも凛とした声、このままアニメの声優になれるぐらいだ。発音が奇麗なのだろう、すっと耳に入ってくる。できれば彼女のボイスCDが欲しいぐらいだ。
雑草の中に生まれた一輪の花、それが彼女だ。
その花が今、水を失ったかのようにしおれている。
この数日彼女は彩を失い、足はふらつき目も虚ろ、とても見ていられなかった。
「芹川さん、保健室に行った方がいいじゃないかしら」
一人の生徒が話しかけた。
クラス内で激しい論争と共に決まった「声をかけ係」だ。彼女は儚げな微笑みを浮かべた。
「いいえ、大丈夫です。すぐに治りますから」
「そんな、あたしたち不安で・・・」
「ありがとうございます。そう言ってもらえて、とても嬉しいです」
そう言って彼女は「声をかけ係」の手を握った。
「少しクラスの皆さんと距離があったようで、寂しく思っていたんです。仲良くしてくだされば、こんなのすぐに治りますよ!」
満面の笑みを直視した「声をかけ係」は、しめやかに失神した。
「ちーす」
芹川は制服のまま逆さに椅子に跨ると、背もたれに顎を乗せながら嬉しそうに話し始めた。
「今日クラスの子に初めて話しかけられたの! これがきっかけで友達になれるかな! ああ、でも、なんかびっくりしすぎて謎のお嬢様口調で受け答えしちゃった。変な目で見られてないかな・・・」
嬉しそうに椅子の上でくねくねする芹川。その様子を見て、ああ、変な誤解は加速したなとサトイモは察した。
「佐藤、佐竹、佐助? えっと何て名前だったっけかな、さすがに最初の自己紹介だけで名前とか覚えられないって」
「普通に通に聞きゃ教えてくれるわよ」
「確かに。なんかしっかり名前覚えてる方が必死さが出てヤバいっすよね」
芹川はいい奴だ。
スーパーお嬢様という誤解が晴れても失望されたり、イジメられたりすることはないだろう。個人的には今の芹川の方が魅力的に見えるぐらいだ。
彼女を利用すれば、我がサークルは安泰。所属し続けてくれるだけでサークルは常にいっぱいになるだろう。
だが、危険な爆弾でもある。
芹川が「FPSはちょっと・・・」と言えば「よし、滅ぼそう」となる。マジでサークルが滅びるのはもちろん、この学園で吊るされることになるはずだ。
芹川は下の売店で購入してきたのだろう60円のお茶を飲みながら顔をしかめた。
「まだアレ?」
「3D酔い、頭がずっと痛いっす」
サトイモはその様子を苦笑気味に眺めた。
3D酔い、3Dのゲームを遊んでいると車酔いや船酔いと同じように、頭ぐらぐらで気持ち悪くなる症状だ。FPS嫌いの「3D酔いするから遊べない」という常套句を生み出してしまうほどだ。
「日をまたぐほどとはねぇ」
車酔いでも船酔いでも乗り物を下りてしまえば治るものだ。
が、芹川はよほど相性が悪いのかこの数日ずっと不調が続いているようだ。
「少し休んだら?」
女子はもちろん、男子ですら一人称視点は嫌われている。
特に日本。日本人は世界で最も一人称視点ゲームを嫌っていると断言していい。国産のゲームで一人称ゲームは、ゼロなんじゃないだろうか? 少なくともぱっと思い出すような有名な一人称ゲームは存在しない。
だけど、サトイモはFPSが好きだ。
ハマった理由が「人とは違うゲーム、戦場こそがあたしのフィールドだぜ。ワイルドだろぉ?」なんて理由が大きい。
「体調が回復するまで休みなさい、部長命令よ」
もしこのことがバレたのなら・・・わたしは殺される!
そんな心配をよそに、芹川は白い顔をしながらも爛々とした目を向けてきた。
「なに言ってるんですか! ゴブレンドの侵略を止めることができるのはレンジャー・マスターしかいないんですよ!!!」
そんなことを力強く訴えてきた。
「精神体のスピリテアも全生命体の肉体を奪い宇宙を完全に支配しようとしている。もはやレンジャー・マスターしか宇宙を救える人はいないんですよ! こんな頭痛なんかに負けていられない!!」
そう言いながら、さっそくゲーム機を起動しようとしていた。
そうこの3日間、芹川はサトイモがおすすめしたゲームにすっかりハマってくれているようだ。
彼女にはまずネットで「全国対戦」ではなく、チュートリアルも含まれた「ストーリーモード」を遊んでもらう事にした。
なんといっても多くのプレイヤーを唸らせた名作を知ってもらいたいという気持ちだったのだが、芹川はすぐに頭をテーブルにのっけて動かなくなってしまった。
「ほら、少し休みなさい。お姉さんがケーキ買ってきてあげるから少し語り明かしましょう」
「おごりっすか?」
「おごりよ」
わーい。
素直に喜ぶ姿を見て、本当に可愛いなこいつとビビってしまう。
200円のショートケーキを嬉しそうに食べながら、それでも青白い顔に変化はなかった。
「なんか海外のゲームって、変に抵抗があったんですよねぇ」
「わからんでもないよ」
ゴリラみたいな大男が、スプラッター映画のように血まみれになりながら笑いながら殺しまわるイメージはあった。というか、今彼女がやっている『トーラス』シリーズもゴリマッチョ男が宇宙人を殺しまわっているが・・・
「映画ですね、映画。最近よく見るアメコミ映画みたい」
「長さから行くと海外ドラマかな」
「確かに! そっちかも!」
ゲームは子供が遊ぶもの。
日本だとそんな概念が強く、共感しやすいからと主人公は学生や子供ばかりだ。
ところが海外、世界はそんな概念はない。というより、確かに映画を作るつもりで作っているので、オッサンかオバサンばかりだ。下手すりゃ50代ぐらいの爺さん婆さんの恋愛ドラマを見せられる。
「海外ドラマって、見始めちゃうと止めどころなくしちゃいますよね」
「今日は休憩」
「ぐぬぬ・・・」
やはり相当辛かったらしく、素直におしゃべりに付き合ってもらった。
「私の場合は弟が遊んでるのを後ろで眺めてましたから、普通の女子よりかは抵抗がなかったのかなって」
「へー。なにやってたの?」
んーっとといいながら難しい顔をしながら記憶を引き戻す。
「えっと、あのゾンビがいっぱい出る奴」
「ああ! そう言えばアレも一人称視点だったわ!」
ホラーゾンビゲームの『コンテイジョン』シリーズ、確かにあれは日本製で世界的に評価の高いゲームだ!
ネット対戦メインで考えていたため、ネット対戦のないストーリー重視のゲームがすっぽりと抜けていた。
「そっちイメージしてた!? わたしもさすがに全部はやってないけど、卒業してった先輩がそっち系もやってたからおすすめあるよ?」
「あ、いえ。こういうのも面白いというか、ホラー過ぎても、ちょっと困るかなぁとか」
「あー・・・うん」
日本人の作った日本ホラーは、日本人に効く。
海外ホラー作品は案外日本人からするとあまり怖くない。人によってはコメディとすら言っているぐらいだ。
芹川はケーキを食べた後、サトイモが教えた車酔いの薬を飲んでため息をつく。
「結構車酔いとかは平気な口だったんだけどなぁ。
「わたしもそうよ。それとこれとは別なんじゃないかな」
芹川は目を丸くした。
「あれれ、先輩も3D酔いしたんですか? 先輩はどうやって克服したんですか?」
「吐いてもやった」
真顔になってこちらをじっと見つめてくる。
「遊びなんだし。校外マラソン、微熱なのに死にそうな顔で休ませてくださいって言う必要ないじゃん?」
「・・・私はマラソン好きだから微熱でも普通に出る」
「ま、まぁ、そんなことしてたら自然と平気になった。でも、まぁ、漁師も何十年乗っても船酔いする人がいるらしいし、体質だと思うから無理は禁物よ」
芹川はなるほどと頷き、その後おもむろに、ゲームの続きを始めた。
クラスの面々は集まり、葉菜さまのことについて話し合った。
「今日も青い顔をなされていたわ。きっと・・・元よりお体がお強くなかったのですわ」
「ええ、もっと早くに気が付くべきでしたわ」
彼女たちは痛ましげにため息をついた。
「佐々木さんが声をかけた時、とても嬉しそうになさっていたわ。きっと今まで病室で暮らしていて、お友達がいらっしゃらなかったのよ。やっと学校に通えるようになったのだけど、まだ快調というわけじゃない。それでも学校に通いたいからと無理をなされているのだわ」
「そ、そんなっ!」
彼女たちは今にも涙をこぼしそうだ。
「守護らねば」
誰かが呟き、みなが頷いた。
「あたしたちが守護らねばいけない。クラス外の人たちの、品が無くて無遠慮な方々が話しかけてきたのならお体を崩されるやもしれません」
「守護らねばなりません」
「葉菜さまとお友達となるためには、まず我々が審査してからです」
「守護らねばなりませんからね」
こうして芹川は病弱属性が新たに追加され、クラスメイト達は変な宗教じみてきたのだった。
FPSガール 新藤広釈 @hirotoki
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