FPSガール

新藤広釈

一戦目 入隊希望

 大正浪漫溢れる生徒玄関を抜けると、現代的な校舎が現れる。

 小走りの彼女を責める者はいない。

 有名デザイナーが手掛けたセーラー服風の制服はピシッとしていながら愛らしい。濃紺で着やせしてみるシルエット、スカートはプリーツで隠し短パンのようになっていて、ミニっぽく見せる工夫がされている。逆に長く見せるのが難しかったのだろう、居直ってスラックススタイルも選べるようになっている。

 タイは学年ごとに色が決まっているので変えられないが、それ以外ならかなり自由に着崩すことが許されている。さすがにピアスやタトゥーは禁止されているが、化粧やインナーに靴下は自由だ。冬には学校指定のカーディガンは8色から選べて、校内はとても華やかになってしまう。

 彼女たちは、とにかく姦しい!

 教室内、食堂、カフェ、多目的ホールに集まっては怒鳴り合ってんのかと勘違いするほどお喋りし放題! 自由、自主性、将来に役立つなどで隠された本当のモットーは「遊ぶならとことん」である。躾の厳しい女学園の対局にあのがこの学校だろう。

 ただ場所は都会から遠く離れた、悲しいほどのど田舎にある山奥にある。

 最寄り駅は徒歩30分、バス停からでも10分、校門をくぐるまでに長い坂を登らなければいけない。

 その代わり、広大な敷地が自由に使える。春には花見用の公園があり、夏には男子禁制のキャンプ場、秋には日本で最も行きやすい女子校の文化祭があり、冬には有名講師を迎えて3泊4日の地獄の勉強会。厳しい花嫁修業より自由奔放に育って欲しいという親に選ばれている。

 遊びに行く学校、ダメ人間製造学校として揶揄されることも多い。しかし不思議と社会で活躍する卒業生が多く、起業したり政治家になったりと目立つ。

「厳しい教育は社会が自由であることを忘れさせるのかもしれませんよ」

 現在、初の女性総理大臣に最も近いと言われている政治家の言葉だった。


 ハンバーグ弁当は、なんとも悲しい。

 小さなハンバーグにマカロニ、「ヘルシーでしょ?」と目をそらしながら言っているような付け合わせのキャベツともやしの、煮た、なにか。米も底上げされた容器に、世の不景気を感じずにはいられない。

 女子寮の食堂は朝と夜だけ。お弁当かサンドイッチのどちらかを選べる。足りないなら夜8時までやってる1階の売店でお菓子かカップ麺を購入しないといけない。ただ商品が大型スーパーなどで売ってる謎商品が多くて手を伸ばしにくい。

「・・・」

 あっけなく空っぽになった容器を眺め、ぶにっとする腹に触れ、肩を落としながら食堂から出た。

 談話室には夕食よりお喋りが忙しいらしいグループがいた。友達がいたので軽く挨拶をして女子寮掲示板に持って来ていたチラシを張り付ける。

『ゲームサークル FPS中心、一緒に戦場を駆け巡ろうぜ! サークル部屋02 放課後いつもやってます! 連絡はサトイモまで!』

 里妹千理恵(さといも ちりえ)は絵が描けないので文字だけだ。掲示板にはイラストや写真が混じっていて、とても魅力的に見える。

「おーす、サトイモ。新寮生集めて公園とキャンプ場の掃除兼花見をする予定なんだけど、あんたも来る?」

「いく」

 友達に誘われ、間髪入れず返事をした。

「ほんじゃ小冊子できたら渡すから。あ、そいや最近サークル部屋狭くなってきたんで、テントあんたんところ置いていい?」

「いいわけねぇだろ」

 軽く蹴飛ばすとギャーと言いながら飛んでいく。「乙女ゲーしに行くから~」という他の連中に「へいへい」と答えながら2階の寮内サークル部屋、『ゲームサークル』と名札が掛けられた部屋に入った。

 5人で使っていた時は狭く感じたが、今は広々としてみえる。

 長テーブルを壁に詰め、小さなモニターを並べている。自作PCが3台、中古で買ったコンシューマー機は数多く積み重なっていた。テーブルの下に置かれた段ボールにはゲームCDや、数枚映画のブルーレイが入っている。

『部員入んなかったら売るか捨てるかしちゃってよ』

 卒業していった先輩たちは笑いながら去っていった。だけどこれらは先輩たちがバイトをしてお金を貯めて購入していることを知っているので、ゲーム機もパソコンも、このサークル部屋だって残していきたいと思っている。

 だが・・・前途多難だ。

 ただでさえ日本人はFPS嫌いが多いってのに、女の子は特にキツっす。それでも数いりゃ数人ぐらい居そうなものだが、寮内サークルなのだ。

 部活と寮内サークルは違う。

 部活は部費が出て顧問の先生がいて、ちゃんと内申書に書くこともできる。そこへ行くと寮内サークルは寮生だけで部費も出ない。ただのサークル部屋が使えるってだけの、友達の集まりだ。

 さらにさらに、女子寮の利用者が極端に少ない。

 小さいながらちゃんとしたビルで、門限は8時と学生寮にしては長い。お風呂もビジネスホテルぐらいはあり、狭いながら一人部屋。テレビ、PC、無料Wi-Fi、空いた部屋を使い毎週土曜の夜は無料映画鑑賞もできる。食事こそ外注の弁当にサンドイッチだけど、自慢の学園食堂割引券が貰えるので至れり尽くせり!

 こんな素敵な女子寮なのに利用者が少ない理由は、なんと・・・お金持ちは寮を使わずマンションを借りてしまうらしいのだ!

 この学園は、超お金持ち学校なのだ。

「どーすかなぁ」

 パソコンに電源を入れつつ、スマホから今日送られてきた画像を眺める。

 横にずれている友達をスマホで撮るフリをして、後ろを歩く女子を盗撮した映像。

 すっさまじい美少女だ。

 中央にその少女、ピントも美少女に向いている。

「サトイモ、お願い! あんたパソコンとか詳しいんでしょ? この子だけの画像にして!」

 と、送られてきた。

 パソコンでゲームしてるだけで何一つ詳しくないのだが・・・まぁ、画像加工ぐらいできなくはない。

 盗撮とはいただけないが、後ろ暗い秘密を共有する方が仲良くなれるってもんだ。コネ、ツテってのは作っておくに限る。どこでどのような役に立つかわからないもんだ。

「ん?」

 ノックがあり、扉が開いた。さっそく乙女ゲーしに来たのだろうと振り返る。

「どもー、入りたいんですけどぉ」

 スマホの中にいる美少女が部屋に入って来た。


 今学園内を騒然とさせている超美少女。

 まるで爽やかな春の風がごみごみした部屋に舞い込んできたかのように、彼女は部屋に入って来た。

「えっと、入部希望です。1年の芹川葉菜(せりかわ はな)です」

 水墨画のような艶やかで長い髪、陶器のような白く柔らかそうな肌、人を魅了せずにはいられない切れ長な瞳、形のいいベストな鼻筋、幼さと淫靡さを兼ねそろえたぷっくりとした唇。こんな生物がリアルに存在するのかと、幻覚でも見ているのかと思うほどの美しさだ。

 姦しき野獣とはいえ育ちのいい乙女たちばかりの学校で、ギョッとさせてしまうほどの美少女。

 隣り合う中学からエスカレート形式の学園で、彼女のことは誰も知らない。変態どもがどこに住んでいるのか尾行したらしいが、すぐに見失ってしまうらしい。それは車で送り向かいされているからと推測されていた。

「ええっと、その、どうでしょうか?」

 彼女の悲しげな瞳に、慌てて正気に戻った。

「あ、あ、ああ、いやいやいや! は、ははは! えっとさ、まさか新入部員が入ってくるなんて思ってなくってさ!!」

 声を裏返しながら、スマホを暗くする。

「ゲーム部って言うかさ、特にFPSを中心にやっていくつもりなんだけど、大丈夫?」

「もちろん」

「FPSって知ってるの?」

 当然と頷くお嬢様に、サトイモはFPS知ってんだと意外に思った。

 ファーストパーソン・シューティングゲーム。両目で見たかのような画面で行動する、シューティングゲーム。代表的なゲームは大体、戦争が題材であることが多い。

 虫も殺せそうにない清らかな、たぶん霞を食って生きてきたに違いないと思わせる彼女が硝煙漂う血の大地を駆け巡る地獄を知っているなんて。

「ええっと、2年の里妹千理恵です。まー、なに遊んでもいいんだけどね。言っちゃえばここはゲームコーナー、あたしがいなくても勝手に入って勝手に遊んでもらってもいいよ」

「そうなんですか?」

 彼女は、どことなくホッとした表情になった。

「あ、売店でお姉さんがお茶とお菓子買ってきてあげる。新入部員確保おめでとう会を開催する! 庶民の味を味わいたまえよ!」

「あはは、できればお嬢様の味の方が興味あるんですけどね!」

 ん?

 芹川は回る椅子に胡坐をしながら座ると、くるくると回り始めた。


 慣れた手つきでポテトチップスの袋を開けると、無遠慮にバリバリ食い始めた。

「おごりごっちゃんでーす! いやぁ、ただで食べるお菓子ほどおいしいもんはありませんな! 地味にコンビニじゃ売ってないようなレアお菓子ばかりってのがいいですよね」

 綺麗な唇で、炭酸飲料をごくごくと飲み始める。

 ぷはーっと子供のような笑みを向けてきた。

「いやぁ~超ビビってたんっすよ、最高級のお嬢様校っしょ? ウチなんて学費払えなくて母方のばあちゃんに無利子でお金借りて通う事になった庶民っすよ」

「え、そうなん?」

「それが聞いてくださいよ、サトイモ先輩。第一志望と滑り止め落ちちゃって、記念受験したここが受かっちゃって、さっすがに高校浪人するのはちょっとってことで大慌てっすよ! 何とかお金工面したのはいいけど、中学からの友達全然いないわけですよ! なんかここ中学からエスカレート形式でもうグループができちゃってて、ボッチキメちゃってたんですよ。勇気出して話しかけても「庶民が話しかけんな、オホホ」みたいな態度でがっつり避けられてて、女子校でカレシは諦めてたっすけど友達もいない女子高生生活かよって絶望してたところなんっすよ!」

 深窓の令嬢風の容姿から紡ぎ出される軽やかな言葉は、脳をバグらせた。


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