第3話 121号潜水艦 その3
次の日の早朝、外が騒がしくて、少年は目を覚ました。
「ん? 何だろう?」
ベッドから起き上がり、二階の窓から下を見下ろした。
すると、警察官が数人と軍服を着た軍人たちが自分の家の前に集まっているでは無いか。
そして、その中心には、若い軍服を着た女性の背中があった。彼女は、何かを確認するように電話をかけているようだった。その姿にいら立ちを見せている他の軍人たちが待ってはいられないというように玄関の扉を叩き始める。
「ロマニア海軍の者です。開けてください!」
(―――海軍?)
少年は疑問を浮かべる。何故、ロマニア海軍の人間がこの家に来ているのか? 少年はその光景を見て、嫌な予感を覚えた。
急いで階段を下りると、母親が何が何だかわからないまま、鍵を開けて、扉をあけた。すると軍人らがずかずかと中へ入り、母親を押しのけて、靴を脱ぐこともなくリビングへと向かった。少年が慌てて追い駆けると、軍人たちは何かを必死になって探しているようだった。タンスの引き出しを開けたり、本棚にある本を乱暴に取り出してみたり。
しかし、目当てのものは見つからないらしく、彼らは苛立ちを隠せずにいた。
「おい、見つかったか?!」
「いえ! 見つかりません!」
「そこの引き出しを確認しろ!」
母親が何が起きたのか、全くわからず、ただオロオロとしている。
「一体、何があったのですか?」
母親は軍人らに尋ねるが、誰も答えようとしない。代わりに軍人ではなく、警察官が落ち着くように促す。
「奥さん、落ち着いてください」
そう言われても、落ち着けるはずがない。
「あの……、これはどういうことなんでしょうか?」
「貴方の息子さんが、軍事機密を持ち出した疑いがあるのです」
「えっ!?」
母親の顔色が変わった。
「息子が……、何をしたと言うんですか?」
「詳しくはお答えできませんが、息子さんが、昨日、ヘンドランス海軍基地で、写真を撮られたとか」
「写真って……」
「それはこちらでは把握しておりません。なので、確認させて頂きたいと思いまして」
「だからと言って、こんな早朝に来るなんて非常識じゃありませんか?」
「申し訳ございません。緊急を要することだったものでして―――」
警察官が母親に説明をしている間にも軍人らは部屋の中を荒らしまわっていた。すると別の軍人らがまた玄関からやってきて、その姿をみた指揮官らしき男が、二階へ上がるように指示を出した。
「ここにはないかもしれん。上を探せ」
「「「はっ!」」」
3人が返事をして、階段を駆け上がっていく。少年は何を探しているのか、心当たりがあった。慌てて、追いかけるも、すでに3人の軍人は自分の部屋へと入り込み、ベッドの下や机の中などを捜索し始めていた。
少年は、その様子を見て、あることを確信する。
(―――121号潜水艦の写真だ。絶対にそうだ……)
そして、勉強机の上に置いてあった日記帳に一人の軍人が手を伸ばした。少年はそれを見ると、慌てて飛びつき、奪い取ろうとするも、軍人の手の方が早かった。書かれている内容、そして、張り付けられたい一枚の写真を見た瞬間、軍人たちの表情が変わる。
「あ、あった!! 少尉!! ゲンベルグ少尉!!」
一人の兵士が大声で叫んだ。その声を聞いて、呼ばれたゲンベルグが警察官や母親を押しのけて、階段を駆け上がり、兵士から日記帳を受け取る。
「間違いない。121号潜水艦だな」
ゲンベルクは安堵したような表情をしたあと、すぐに少年を睨みつけると、叱るような口調で言った。
「君、自分が何をしたのか、わかっているのか? 立ち入り禁止区域に入り、極秘潜水艦の写真を撮るとは……逮捕されてもおかしくないんだぞ」
その言葉を聞いた少年の顔色は一気に青ざめていった。ゲンベルグはおもむろに胸ポケットからZIPPOライターを取り出すと、ジッポーの蓋を開き、日記帳に火をつけ、床に落とす。
「わぁあああっ!!!」
少年は慌てて、燃えていく日記帳を取り押さえようとするも、既に手遅れであった。
「この事実をどう報告するか……」
ゲンベルグはそう言いながら、考え込んでいると女性軍人がやってきて、怒鳴り声をあげた。
「少尉!! 何をやっているんだ!!?」
ゲンベルクは、ちらりと彼女を見るも、特に悪びれる様子もなく、こう答える。
「はっ。証拠隠滅です、少佐殿」
「なにッ!?」
「この少年はロマニア海軍の極秘潜水艦『121号潜水艦』の写真を撮ったのです。もし、搭載していた『アレ』が世論に公表されれば、我々は破滅しますよ」
「だからといって、このような乱暴なことは許しません!」
そういうと少佐と呼ばれた赤髪の女性軍人は着ていた上着を脱ぎ、燃えている日記帳の炎を消そうと上着を覆いかぶせ、足で踏みつけ始めた。
火は消えて、半分ほど焼けた日記帳が残った。それを拾い上げると日記帳を開き、少し燃えてしまった写真を取り出した。
「121号潜水艦……まさか、本当に残っていたとは……」
ゲンベルクはその写真を手に取るとまじまじと見つめる。そこに写っているのは紛れもない、ロマニア海軍の121号潜水艦だった。少佐は少年に視線を向けると質問してきた。
「なぜ、君はこの121号潜水艦の存在を知ったの?」
「……それは、それは……おじいちゃんが昔、この船に乗っていて……艦長を務めていたって……」
少年は震えながら、答えた。それに少佐は眉を寄せた。
「ということは、君はもしかして、エーデルワイス大佐の孫ということ?」
「……そうです」
少佐は考えるように顎に手を当てる。
「なるほど……。それで、ヘンドランス海軍基地にね。エーデルワイス大佐はまだご存命なのかしら?」
「……亡くなりました」
「そう。残念ね。一度、お会いしたかったわ。彼は間違いなく、このロマニアを救った英雄の一人よ。讃えられるべき海の戦士だったわ」
少佐は写真を一瞥したあと、何かを考えるような様子だったが、一度、頷くと再び、少年へと視線を向ける。そして、持っていた写真を少年へと差し出した。驚いたような顔をした少年に対して、少佐は告げる。
「これは、貴方に返すわ。でも、約束して。この写真は絶対に誰にも見せないって」
「え?」
「いい? わかった? 返事は?」
「はい」
少年は、疑問しながらも返事をした。その返事を聞くと、少佐は満足そうな表情を浮かべる。
「よろしい。それじゃあ、もう二度とこんな真似をしないこと。いいわね」
「はい」
少年は、小さく返事する。一連の流れを見ていた他の軍人らが不満を表した。
「少佐、いいのですか?」
「構わないわ。彼なら大丈夫でしょう」
「しかし!」
「この写真を見たところ、例の『アレ』はどこにも写ってないし、発射管もしまっている。これならただの潜水艦の写真にしか見えないはずよ。それに、仮に見られたとしても、この子の証言だけで『アレ』の存在を証明できるとは思えないわ」
「確かに……そうかもしれませんが……」
「それよりも、今は、121号潜水艦のことで頭がいっぱいだわ。他に誰かが見つけるかもしれないし。すぐに、司令部へ報告しないと――。君、このことはくれぐれも内密にお願いするわね」
少佐は少年に向かって、念を押す。その言葉を聞いて、少年はコクリと首を縦に振った。
「よし。それでは、全員、撤収! 海軍司令部へ、直ちに121号潜水艦の確保をするようにと連絡を」
少佐が声をあげると、他の軍人らは部屋から出ていく。その様子を見て、母親が駆け寄ってきた。
何がなんやらわけがわからない状態だった母親は撤収していく軍人らを見て、とにかく深々と頭を下げた。少佐は家の中を見て、顔をひきつらせた。
「申し訳ない。乱暴な真似をしました」
「もう、大丈夫なのですか?」
「ええ。解決しました。それでは私たちはこれで失礼いたします。あとは警察の方で。さあ、行くぞ」
少佐はそう合図を出すと、軍人らは家を後にして、それから警察官が遅れて、家を出ていった。
嵐のように去っていった軍人らを呆然と見送る。少年は手に持っている写真に視線を落とした。
少し焼けてしまった写真。そこに写っている『121号潜水艦』と自分の姿。おじいちゃんの潜水艦。
そして、軍人たちが言っていた『アレ』とは何だったのか、気になってしまったが、少年は考えないようにすることにした。
この秘密を墓まで持っていかなければいけないのだとそう感じ、少年は焼け焦げた日記帳に写真を挟んで、机の引き出しにしまったのであった――――
秘匿事項ー121号潜水艦 飯塚ヒロアキ @iiduka21
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