第2話 121号潜水艦 その2

 それから3年後のこと。高校生になった少年はロマニア海軍の資料を読み漁っていた。世界が平和になったことで、秘匿事項でもあったロマニア海軍の兵器資料なども、現在では漏れたところで、何ら問題がないということで、ある程度は一般人に公開されるようになり、少年はそれを読んでいたのだ。


 121号潜水艦についての資料を探すも、やはり見つからなかった。


「まあ、そうだよな」


 潜水艦の資料なんてものは機密の塊だ。一般の人間が閲覧できるようなものではないし、そもそもそんなものが簡単に見つかるなら苦労しない。


 しかし、それでも少年はその潜水艦について知りたかった。祖父が国を守るために命を預け、数多くの敵船を撃沈したその艦のことを。


 祖父との約束を果たすために。少年は資料を読み漁った。


 そしてついに見つけたのだ。


 121号潜水艦とロマニア海軍との関係性について書かれた記事を。


 記事によると、121号潜水艦は第34潜水艦隊に所属していたそうで、南沿岸にあるヘンドラス海軍基地があるとのこと。ロマニア海軍にとっての最前線基地であり、重要な拠点だったようだ。


 この基地には、新型潜水艦の配備や、新型魚雷の開発などが行われていたらしい。戦争が終結後、必要なくなった防衛、急激な軍備縮小のあおりを受け、現在は基地としての機能を失い、完全に放棄されており、新たに別の海軍基地が作られているという。


 なんとこの記事を書いた記者は、実際にヘンドラス海軍基地に行ったことがあるというのだ。しかも、取材ではなく観光で行ったようで、洞窟や地下施設などを見学したとかなんとか……。


 そこで少年は気付いた。祖父の乗っていた潜水艦は、もしかするとそこにあったのではないか? と。


 そうと決まれば、すぐにでも出発しなければ! こうして少年は、ロマニア南部にあるヘンドランス海軍基地へ旅立ったのであった。





 ♦♦♦♦♦





 少年の姿はロマニア南部の港町ヘンドランスにあった。軍直轄の街だったこともあり、その名残として、弾薬倉庫やトーチカ、対空砲陣地跡などが、今もそのままの形で残っている。建物のほとんどが、燃えにくいレンガ造りになっているのも特徴的だ。レンガの壁にはアメストリア軍からの攻撃を受けた生々しい銃弾の跡が残っていたりして、戦争の激しさを物語っているようだった。


 この街から少し離れたところに、そのヘンドランス海軍基地がひっそりと佇んでいる。かつては多くの軍艦が停泊していた場所だが、今は見る影もなく、錆びた鉄屑だけがそこにあった。侵入者を阻むフェンスも朽ち果て、警備する兵士もいなかった。それどころか、同じように観光客が訪れている始末である。


 少年は、基地の入り口付近にある案内板を見て、現在の海軍基地の場所を確認していた。そこには、かつてここにあった巨大な軍事施設はもう無いことをはっきりと示しており、代わりに慰霊碑が設置してある。


『祖国を守った偉大なる英雄たちここに眠る』


 と書かれている石碑には、数々の名のある軍人の名前が刻まれており、中にはロマニア軍の将校の名前もあった。当然、生きて帰ってきた祖父の名前はない。祖父は生前、多くの仲間が海で死んだ、そう言っていた。


 少年は無言のまま、慰霊碑の前で祖父の代わりに手を合わせた。


「さてと、行こうか」


 しばらく祈った後、少年は立ち上がった。そして、海軍基地の敷地内を歩き始めた。ほとんどの建物が取り壊され、今では更地となっている場所も多く、兵舎の天井も抜け落ちてしまっている。


『ここより先、危険』『一般人の立ち入り禁止』といった立て看板があった。その近くに地下施設に向かう階段があったであろう場所があり、そこに大きな穴ができていて、そこから海水が流れ込んでいた。その横では、かつての防空壕らしきものがいくつかあり、壁が崩れているところもあったが、中に入ることができた。


 しかし、そこには何も無かった。いや正確には、何もかもが無くなっていたのだ。海に向かって掘られた大砲陣地あと、取り外された機銃座、そして弾薬庫跡……。どれもこれも無惨にも破壊されてしまっていた。


 少年はその光景を見たとき、自分が何のためにこの場所に来たのか分からなくなってしまった。


「ここは……僕が探している場所じゃない」


 少年は力なく呟くと、その場を後にしようとした。そのときだった。視線の先、鉄製の扉が開いたままになっている建物を見つけた。おそらく元は格納庫だったのだろう。中に入ると、そこは薄暗く、床には瓦礫やらゴミやらが散乱していて、とてもではないが人が住めるような環境ではなかった。


 少年はゆっくりと奥へと進んだ。そして、一番奥の部屋まで行くと、ドアノブに手をかけた。


 施錠されていると思っていたが、なんと、鍵が開いていたのである。恐る恐る部屋に入った瞬間、波の音が聞こえてきた。どうやら外に繋がっているようだ。


 そこは広大な空間が広がっていた。地面はコンクリートで覆われ、天井はレンガによって補強されている。渡り通路のようなものがあり、その先には1隻の船が停泊していた。船体は美しく輝いており、まるで博物館に展示されているかのような雰囲気さえ感じさせるものだった。


 この船は祖父が持っていた写真と同じ形をしていて、発令所がある場所付近の壁に『121』と書かれた数字が見える。


 間違いない。この船こそ、祖父の乗った潜水艦なのだ。少年の心臓の鼓動が激しくなると同時に、興奮を抑えきれなくなっていた。


 今すぐにでも乗り込みたい衝動に駆られるも、なんとか理性を保ち、冷静になろうと努めた。とにかく、写真を撮るべきだと思った。自分の姿も写すつもりだった少年は階段をのぼり、反対側へ移動するための渡り廊下を渡った。潜水艦がちょうど真ん中あたりで、持ってきていたカメラと三脚を取り出し設置する。祖父の残した双眼鏡を首から下げ、カメラのシャッタータイマー機能を使い、20秒後に設定すると、急いで潜水艦の近くへと駆け降りる。双眼鏡を片手にカメラ目線で、シャッターが下りるまで待つ。カシャッという音とともにフラッシュが焚かれ、その光で一瞬だけ目が眩んだ。その後、すぐに潜水艦の写真を確認する。


 そこには、しっかりと潜水艦の姿が写し出されていた。間違いなく祖父の乗っていた潜水艦だ。


「やった!」


 少年は思わず声を上げてしまった。それほどまでに嬉しかったのだ。少年は祖父と撮った最後の写真の横に、この一枚の写真を貼ることにした。


「おじいちゃん、約束は果たしたよ」


 少年はそう言って、祖父との思い出に浸っていた。


 それから自宅へと帰り、記念すべき日のことを忘れないため、写真に「2015年5月」とペンで書き込んだ。それから日記にも書き記すことにした。


『今日は、僕の人生の中で、最も大切な日になった。おじいさんの潜水艦をついに見つけたからだ。この潜水艦の名前は『121号』、僕がずっと探し求めていたものだ』

 と……。

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