秘匿事項ー121号潜水艦

飯塚ヒロアキ

第1話 121号潜水艦

―――ロマニア国は70年前、ある戦争に巻き込まれた。当時、列強諸国に囲まれていた小国ロマニアは貧弱で、技術面においても他国に遅れをとっていた。


 ただ、運が良かったのか、これまで、島国ということもあって、どこの国にも侵略されたことのなかったため、ロマニアには危機感がなかった。しかし、70年前、大国アメストリアが各国に対して、突然の宣戦布告。


 それと同時に、各国に電撃戦を仕掛け、大陸の小国は次々に飲み込まれ、植民地となっていった。


 次はロマニアだ、誰もが、そう思った。


 そして、運命の日。ついにロマニアにも侵略を開始した。


 海岸沿いに集結したおびただしい数のアメストリア軍の軍艦はロマニアの民に恐怖と絶望を与えた。


 ロマニアも万が一に備えて、湾岸沿いに防衛線を敷いていたが、戦艦からの砲撃、爆撃機からの絨毯爆撃によって、壊滅的打撃を受け、さらには昼夜問わず、鳴りやまない砲撃の音、降り注ぐ砲弾……圧倒的戦力差にロマニアは対抗する術がなかった。


 被害が拡大していく中で、ロマニアの首相デオトクスは徹底抗戦の宣言をする。


 彼ははっきりとした声で台本もなしに、演説をした。


「―――我々は断じて降伏はしない。世界を蹂躙する独裁者の言いなりにはならない。我々は戦う。例え、我が国だけになったとしても。例え、私一人になっても。我々は戦う。どんな状況下においても。大海で、海岸で、空で、泥中で、丘で、街で、ジャングルで、あらゆる戦場において、我々は武器を手に、我々自身の正義を貫く。それが我々の祖国のために」


 ラジオで放送されたその演説に、国民は賛同し、折れかかった誇りを取り戻すため、独裁者打倒を掲げ、一致団結し立ち上がった。


 『追いつけ、追い越せ、アメストリアに!』


 そんなスローガンのもとにロマニアの国民は戦争にあらゆる分野で自主参戦した。女子供も例外なく、戦争の為に従事し、工場では兵器生産に女学生が、戦場には男子学生が小銃を手に、戦地へと赴いていった。


 軍事技術は飛躍的向上を遂げ、陸海空の新型兵器が続々と登場し、アメストリア軍の兵器を徐々に超えていった。


 アメストリアの侵攻を遅らせたのには理由があった。


 数か月で、征服できると考えていたアメストリアだったが、ロマニアは1000の島で構成された島国でもあることから、ジャングルでのゲリラ戦を行い、どこから攻撃されるのか、わからないという恐怖から進行速度が遅れ、各地での予想外の激しい抵抗を受けたアメストリアは次々に敗走し、撤退を余儀なくされた。


 それから10年あまり。長期戦となったこと、ロマニアの激しい抵抗によって、多くの戦死者を出したアメストリアは、国力の低下とともに、ついにロマニアと講和条約を締結することを決める。


 こうして、数年にも及ぶ戦争が終わりを迎えたのである。


 何百万人もの死者を出し、街を破壊されたロマニアだったが、勝利したことに国中で歓喜していた。




 ♦♦♦♦♦




 一人の老人が骨と皮となって細い手で懐かしそうに一枚の写真を眺めていた。写っていたのはたくさんの水兵たちと一隻の潜水艦だった。写真の中の潜水艦にはロマニア軍旗が掲げられている。


 若者たちが戦争中というのにも関わらず、肩を組んで、無邪気に笑っていて、つかの間の休日を楽しんでいる様子だった。


「わしもあの頃は若かったな……」


 老人は写真に写る一人の青年に視線を落とす。


 他の水兵とは違い、指揮官の軍服に身を包み、凛々しい表情を浮かべている。その背後に写っている一隻の潜水艦は「121号潜水艦」である。


 新型兵器の開発が急務だったあのころ、次々に兵器が開発されては、戦地へと送り出されていた。そのため、名前を命名する暇もなく、121番目に製造された潜水艦を「121」と番号を付けただけだった。


 番号をつけれれいるだけましで、無名の兵器すらあった。自分が動かす名前のない軍艦や戦闘機に命を預けていた兵士に比べれば、まだいい方だろう。


 名前がないことについて、現場からの声も多かったため、艦名をつけようとした頃にはすでに戦争は終わっていた。


 この潜水艦は当時、最新鋭の潜水艦であり、水中速力20ノット以上を誇り、魚雷による攻撃力能力、新型魚雷の命中率は78%以上の高性能を誇っていた。


 しかし、性能は申し分なかったものの、建造コストが高くつきすぎたため、量産されることはなかった。そのため、121号型潜水艦の同型艦は4隻しか造られなかった。


 しかも、そのうち3隻は不運にも終戦間近に撃沈されてしまっている。残りの一隻が何とかして寄港することができた。


 その潜水艦の艦長を務めたのがこの老人である。


 学生服を着た少年が現れると眼鏡をくいっとあげて言った。


「じいちゃん、何見ているの?」

「ああ……これは昔の写真だよ。お前さんが生まれる前の話さね。戦争中のな……。じいちゃん、これに乗ってたんだよ」


 そういって、持っていた写真を渡してきた。少年はそれを受け取る。


「へぇー! じいちゃんって、軍人だったの?」

「まぁ……そうだな」


 写真に写る自分の祖父の若かりし頃の姿に感動する。そして、祖父の背後に写る潜水艦を見ると不思議な形をしていた。


「この潜水艦、珍しい形をしているね」


 潜水艦の形はどの国もだいたい同じ形をしている。水の抵抗を最小限にするため、流線型をしている。


 しかし、目の前にある潜水艦は違っていた。魚のようなヒレがあり、まるでイルカのような形をしていたのだ。


「それはな……ロマニア海軍の潜水艦だからだ。ロマニア海軍が独自に開発した潜水艦なんだ。ロマニアは島国だからな。船型にこだわらず、様々な形をした船が造られたんだ。たまにとんでもない兵器を作った者もいたがな」


 興味深そうにした。自分が知らない世界があるということに。


 少年も学校の授業の中で、70年前の戦争は過去最大規模の戦いとなり、壮絶な戦いとなり、多くの若者が命を落とした、と言われている。


 そんな中で、五体満足で暮らしている自分の祖父にあることを質問した。


「おじいちゃんが生きているってことはこの潜水艦も無事だったってこと?」

「あぁ。最後までわしとこいつは海の中で、戦った。たくさんの輸送船を撃沈し、戦艦も沈めたこともあったな」

「ということはこの潜水艦ってどこかにまだあるの?」

「さぁな。もう、無いだろうよ」


 寂しそうな顔をした祖父は写真に写る自分の顔を撫でた。


「最後にもう一度、この目で、見てみたいもんだなぁ……」


 少年は、そんな悲しげな表情をする祖父を見て、何も言えなかった。


 それから数日が経ったある日のことだった。


 祖父が亡くなったという連絡が入った。


 その知らせを聞いた少年は、急いで病院へと向かった。


 病室に入るとそこには、白髪交じりの頭をした祖父がベッドで横になって、顔には白い布が被せられていた。


「じいちゃん!」


 思わず、大声を上げた。呼びかけに祖父は答えなかった。


「おとうさん、おかあさん……」


 近くにいた両親に話しかけるが、二人は泣いていて、返事がなかった。冷たくなった祖父の手を恐る恐る掴み上げると少年は額につけた。


「じいちゃん……」


 祖父が最後に会った日を思い出した。祖父が言った、最後に見てみたいという言葉に、胸が締め付けられた。


 若い青春時代を戦争に捧げてしまった祖父にとって、あの潜水艦は人生そのものだったのだろう。戦争が終わり、平和が訪れた世界で、潜水艦に乗ることもなく、祖父は人生を閉じた。


 最期まで見たいと願った潜水艦を見ることなく。


 少年は、祖父の手を握ったまま、いつまでも離さなかった。


「じいちゃん、僕が必ず、探し出すから……」


 そうつぶやくと、少年の目から涙が流れた。祖父が生きていたらきっと喜んでくれたに違いない。

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