仏壇は何故金色なのか

ENISHI

仏壇は何故金色なのか

 昔、私がまだ小学生の頃。おじいちゃんの法事のため、おばあちゃんの家にお坊さんに来てもらいお経を読んでもらった。さして大きくない部屋に座布団が重なるくらいに敷き詰めて、みんなでぎゅうぎゅうになりながらお坊さんを囲んだ。梅雨が来る前の春の終わりだったが一気に室温が上がったように感じて少し暑く感じた。皆どこか気持ちが落ち着かないような空気もお坊さんがいらっしゃってお経が始まると場の空気が変わった。お坊さんの声は集中させる周波数を出しているのだろうか。しかしそれは最初だけ。当時は今よりだいぶ体も小さく体重もなかったのに正座して数分で足がしびれた。それでも周りの大人の雰囲気から足を崩すことができないと悟り、もぞもぞと重心を動かしてしびれを和らげようとしていたのを覚えている。そんな動きをしていたら普段なら父も母も注意しただろうが正座を崩さないように頑張っているので多めに見てくれたのだろう。


 お経が終わり、お坊さんはまず足を崩してくださいと私たち親族に優しく促してくれた。場の空気もいつものおばあちゃんの家のものに戻っていた。みんながそれぞれ肩の力を抜き、リラックスしたところで説法をひとつしてくださった。残念ながら今では内容を全く思い出せない。その代わり落ち着いた声で話すなと思った記憶がある。両親も学校の先生も周りの誰一人としてこんな穏やかに話す人はいなかったように感じる。説法の最後に何か聞きたいことはないかとお坊さんに聞かれ皆の視線が私に集まる。その場に子どもはわたしと妹だけ。その妹はまだ幼稚園生だった。だから矛先は私に向いたのだろう。親戚が恥ずかしがらずなんでも聴くと良いと促すが、実際大人に振るより子どもに振ってしまえばトンチンカンな質問でもこの場を乗り切れると思ったのだろう、と私は思った。そして困った。恥ずかしいわけではない、いきなり振られてもそんなすぐにはでてこない。でもきっと皆が早く終わらせたいと思っているのではないか。だからふと目に入った仏教に関連する物は仏壇だけであり、その中から疑問を絞り出すほかないと考えたのだ。そんな私の質問は「どうして仏壇は金ぴかなのか」だった。これは最悪、答えがないのではないかと思った。しかしお坊さんは私に向き合うように居住まいを直し、微笑んで良い質問だと褒めてから答えてくれた。


 お坊さん曰く仏壇の金色に装飾されている場所が示すのは極楽浄土という死後の世界なのだと。仏様や菩薩様が住むその世界を表現するために金色を用いて表現しているのだ。そしてもう一つ。誰しもがいつか行く死後の世界が怖い場所でなく、花が咲き、水が流れ、清らかな場所であることを示しているのだと。だから死ぬことを必要以上に怖がる必要はないんだと答えてくれた。死後の世界は安らかな場所だ。だから生きている私たちは安心して良いのだと。


 私はこの話にだいぶ救われた。誰かが死ぬというのをちゃんと認識して体験したのはおじいちゃんが初めてだったと思う。それに私はだいぶ戸惑っていた。おじいちゃんが亡くなった悲しみより、だれにでも訪れる死という瞬間が本当に実在することへの戸惑い。その戸惑いはふとした瞬間に私を襲っていたのだ。学校から一人で帰る道すがら、湯船に浸かって大きく息を吐き出した後、布団の中で眠りにつこうと目をつぶる時。戸惑いと向き合うと鼓動が早くなり、スッと血の気が引いたり、冬でもないのに鳥肌が立ち寒くなったり。悲しみは時間が解決してくれた部分は大いにあったが、それで補えない部分を繰り返し考えては恐れていたのだと思う。頭の中で何度もおじいちゃんを呼び出しても何も答えてくれなかった。それを目の前のお坊さんが救ってくれたのだ。しかも何の気なしにした質問の答えで。あんなに怖かったのにと思うとちょっとびっくりしたくらいだった。だから今でもあの日の空気感や温度、心情を覚えているのだろうと思う。残念ながらお坊さんの声は覚えていない。落ち着いている声だと思ったこと、優しい話し方だと思ったことだけが残っている。今でも暗闇の中であの頃の私のように戸惑い、恐怖に支配されそうになった夜には仏壇に描かれた小さな死後の世界を思い出す。あわよくば忘れてしまったあのお坊さんの声もいっしょに思い出さないだろうかと思いながら。大丈夫、安心して良いのだと。


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