絶対に結婚して見せます!

宮野 楓

絶対に結婚して見せます!

 ガーネット・メイスン公爵令嬢として生を受けて15年。物心がついた時から大好きな人がいた。

 ただ公爵令嬢として生まれた身なので、当然文句も言えぬ頃に婚約をしていたこともあった。

 だが三名と婚約し、三名とも婚約破棄となった。一人目は事故死、二人目は行方不明、三人目は不貞だ。

 ここまでくると父親も言いづらそうに、四人目の話をまた出してくるが、ガーネットはガンとして四人目を断り続けている。


「もう嫌よ! 三人目のアイツなんて何? 見たくもないものまで見せられたのよ! 絶対に次の婚約者は私が決めます」


 父親が持ってきた四人目の婚約者候補の紙を一枚、一枚丁寧に破いては床に落としていく。

 掃除するメイドには申し訳ないが、もうはっきり言って、態度で示さなければ父親には分からないのだ。


「いい加減察してくださいな。お父様に男を見る目はありません!」


 婚約者候補の紙を全部破き終えたガーネットは父親の書斎を出て、自身の部屋のソファに寝転がる。

 淑女っぽくないと言われようがもうどうでもいい。

 貴族として好きな人は諦めて、家の為になる結婚をしようと思っていた。それが貴族女性として生まれてきた定めだとも思った時期もあった。

 だが三人、もう三人と婚約して、どんどん婚約破棄した理由が下衆になっていく。

 一人目は事故死なのは仕方がない。悲しかったし、どちらにも責がない別れであった。

 二人目からだ。行方不明。ガーネットはメイスン公爵の次女として生を受けているが上の姉は王族に召し上げるつもりらしい父親なので、ガーネットの婚約者にはメイスン公爵を継いでもらう事を念頭に置いて選んでいた。

 もちろん姉次第ではなれないかもしれないが、メイスン公爵家に連なるどこかの当主には最低限なれる保証はされている状況での、跡継ぎ教育に耐えられなくなって行方をくらましたのだ。

 三人目はもう最低だ。不貞なのだが、ガーネットはもともと好きな人がいるため、婚約者と最低限の接触しか持たなかった。だがまだこの頃には好きな人は諦めて、婚約者と結婚しなければならないと思っていたため、好きになる努力をせねばと行動を起こすことにした。

 それが結果として婚約史上最低の出来事へと繋がるのだが、三人目の婚約者をある日驚かせようと予告なしに婚約者の家に行って、婚約者の書斎をパーンと開けた。

 今思えば、三人目の婚約者の家に行った時から使用人は慌てていて、何故か必死に止めようとしていたが、気にせず突入した後にこれが原因か、と嫌でも理解させられた。

 まぁ、書斎で婚約者の不貞現場を発見した。までに表現は留めておこう。あんな見たくないもの、もう二度とない。速攻で婚約破棄出来るような不貞だったのだ。

 コンコンとノック音がして、ガーネットはソファから起き上がり、先ほどまで寝転がっていたのが嘘のように座り、どうぞ。と優雅に返答する。

 このノック音は覚えきってしまったから誰だか名乗られなくても分かる。


「また旦那様とやりあわれたそうで」


「分かってるわよ。メイスン公爵家の令嬢として駒として嫁がないといけないくらい! でもね、三人、三人よ! 社交界で笑いものよ」


 針のむしろになる。それが分かっていても社交界に立たねばならない。それもガーネットは理解していた。

 メイスン公爵家に面と向かって笑える人物はいないので、非常に遠回しに嫌味を言われ続ける。それに耐えねばならないのだ。


「俺には分からない世界ですね」


「ええ。当然よ。だって貴方は執事として立派に働いているでしょ。だからお給金をもらって生活している。私は結婚することで家同士の繋がりを作り上げる。そうして対価としてお金をもらって生活するのよ」


 基本世の中は等価交換だ。何もしない贅沢はない。必ず何かの犠牲の上に贅沢があるのだ。

 まぁバカもこの世にいるのは事実だが、今の世の中は生まれで何を差し出して生活をしていくことになるのか決められている。

 何時か生まれなんて関係ない。自分で何を差し出して、どう生活するのか選べる世界が来ればいいとは思う。

 だが今は違う。そしてガーネットに変革を起こす力もない。ならば世の流れに乗るしかないのだ。


「う~ん。やっぱり俺には分からないっすよ、ガーネット様」


「そっか。まぁ考え方は人それぞれだわ。ついでにさ、執事としてじゃなくて、ただのエバンスとして意見聞かせてよ。三人と婚約破棄してさ。四人目と婚約しなければならないとして、どう思う?」


 ガーネットへ仕事の書類を渡した後、ガーネット付き執事であるエバンスはちょっと考え込む。

 中々ないシチュエーションではあるので悩みはするだろう。しかも質問も抽象的だ。


「なんつーんですかね。四人目と婚約しなければならないとして……と聞いている時点で、ガーネット様は四人目と婚約することは決めているんでしょ」


「未婚はないわね」


「なら条件だけじゃないっすか。条件はメイスン公爵家に利益をもたらす、でしょ」


「求める条件の大前提だわ」


「この時点でまぁまぁ候補絞っちゃうことになると思うんすよ。公爵家に利益っすからね。結構事業上向いているところじゃないと意味ないってことでしょ」


「……っく、そうね」


「で、あまりにも歳の離れた相手は省く、と。そうなると面白いくらいにさらに候補絞っちゃうんですよね」


「お爺ちゃんとか確かに勘弁だわね」


「だったらすこーし前にガーネット様が公爵様の前で破いた候補から選ぶしかないんじゃないっすか」


 グサっと最後に自身の執事であるエバンスにトドメを刺されて、ガーネットは泣きたくなった。

 こうして一個、一個、丁寧に言われれば分かる。父親が選んだ中から選ぶしかないのだろう。

 断ったところで結婚しないといけない事実からは逃げられないのだ。唯一修道院に駆け込むという道もあるが、今までメイスン公爵令嬢として贅沢をさせてもらってきているのだ。

 何かを返さねばならないだろう。


「エバンスは流石ね。その通り過ぎてぐうの音も出なかった」


「ま、ど正論言いましたんで。ただ、ただのエバンスとして言えばっすよ。俺のお嫁さんになってほしいな、なんて思いますけど」


「笑えない冗談ね、それ」


「でもそれで笑ったでしょ、今。笑ってる顔のほうがいいっすよ、ガーネット様」


 確かに笑えないと言いつつ頬が緩んだ自身に気が付かされた。

 誰にも言えないが、ガーネットが大好きな人はエバンスだ。

 だがメイスン公爵家の利益にならない、ただガーネットが好きなだけの人。

 どこかの絵本ならば実はエバンスが王子様で……なんて展開で結婚してハッピーエンドを迎えられるかもしれない。

 でもそれは夢物語で、確率のかなり低い、ほぼ可能性のない世界の話。

 現実はエバンスは執事なのだ。逆に好きなことがバレればきっとガーネットの今後を考え、引き離されるかもしれない。

 傍にいるだけで満足しないといけないのだ。むしろ傍にいれることに感謝だ。

 エバンスが冗談でもお嫁さんに、なんて言うからガーネットは夢を見たくなってしまったが、首を横に振って邪念を振り払う。

 現実は甘くない。


「ん。確かに笑えたわ。お父様のとこ、もう一度、行ってくる。……ありがとね、エバンス」


 立ち上がり、再度四人目との婚約者について話をすべく父親の書斎に訪れたガーネットは、父親に宣言した。


「やっぱりお父様の決めた方と婚約することにしました。一番良い条件の方と話を進めてくださいな。顔合わせの日程が決まれば、連絡ください」


「先から大分意見を変えたな。だが元々お前は私の決めた婚約者と婚約しては、お前に非がないのに破棄になる。私に見る目がないというお前の言葉にも一理あると私は思わせられたぞ」


「それでも、何回でも婚約して結婚してやるって決めたのです。だからお父様が決めてください。ダメなら五人目を探せばいい事だけ。それだけでしょ」


 メイスン公爵家。王国の二大公爵家の一つだ。婚約を破棄する毎に条件は落ちていくかもしれないが、結婚できない事はないだろう。

 だったら何度でも何度でも行うだけだ。もうすでに三回で笑いものなら、あと何回しても同じ状況なだけで状況は悪化はしない。


「変に達観しよって。好きな人と結婚したいと我儘いう年頃だというのに、なんだ? 好きな人もおらんのか」


 まさかの父親の発言に固まる。いや、いますけど言ってどうなります? って逆切れすべきなのか、と考えながらガーネットは至って模範的な回答を選ぶことにした。


「貴族女性として生を受けた以上、役目は果たします」


「お前のそんなところも良いところなのかもしれんが、あくまで貴族としてだな。娘としては可愛げがない」


「だって娘であって貴族ですから」


 父親は苦笑いした。

 聞いたことはないが父親も恋をしたことはあったのかもしれない。だが公爵家の跡取り。きっとガーネットより厳しい環境にあったに違いない。


「お前は、私にそっくりだ。馬鹿なんだろうな。いい意味でだが。だからこそ、私の夢をお前に託したいのかもしれんがな」


「夢?」


「お前だったら貴族じゃないと一蹴するだろうな。私と似ているから分かる。まぁ、四人目も私が決める。顔合わせの日程は追って知らせる」


「分かりました。よろしくお願いします」


 夢とは何なのか聞けなかったが、まぁメイスン公爵家を背負ってる父親の夢を叶えるのも、まぁ一つのメイスン家への利益と言えよう、と考えることにした。

 そして翌日には一週間後に四人目の婚約者との顔合わせ日が決まったと連絡が来た。

 次は上手くいくことを願う事と、上手くいくようガーネットもまた努力しようと決めた。

 ちょうどガーネットの花が開くころ。きっと次の出会いこそ、ガーネットにとっていいものであるはずだと信じることにした。

 そして顔合わせの日がきた。


「今日はうんっと綺麗にしてちょうだいね」


 顔合わせはメイスン公爵家のガーデンで行う事になった。ちょうど綺麗にガーネットが咲いている場所だ。

 我が父としてセンス良い場所のチョイスに、今回は相手にも期待が出来る。

 なのでちょっと気分よくメイドに綺麗に着飾ってもらうようお願いする。

 そしてウキウキしながらガーデンに向かって、用意されている二つの椅子のうちの一つに座る。

 こうやった顔合わせも四回目になってしまうのだが、今日みたいにワクワクしたことがあっただろうかと思ってしまう。

 きっと今回こそ上手くいきそうな気がしてならないガーネットは、早く相手が来ないか待ち遠しかった。

 メイドが淹れてくれた紅茶をゆっくり飲み、ガーネットの花を愛でつつ、一刻、一刻と時が過ぎていく。

 始めはちょっと約束の時間から遅れているのかな?くらいであった。

 次第に日付を間違えたのかと不安になってきた。

 そして我慢が切れてメイドに相手の方について聞こうとした時に、父がやってきた。

 その瞬間、嫌な予感が走る。


「ガーネット、お前の相手だがな……」


 言い辛そうにしているということはそういう事だ。

 浮かれていた分沈みも大きいが、父親より先に口を開いた。


「五人目の相手を見繕ってください」


 席を立ってやや小走りで自室に戻ると、ドレスのままベッドにダイブした。

 四人目は顔も合わせない。

 次の五人目は何をしてくれるのだ、と折角何度でもチャレンジして必ず結婚すると決めた心が揺らぐ。

 絶対にガーネットは結婚しないといけないのだ。だってそれが貴族女性の役目だから。そして跡取りを必ず生むのだ。そうしないといけないのに、スタートラインにすら立てない。

 男爵令嬢ですら結婚出来るし、何なら庶民でも結婚できるのに、身分が王族の次に当たる公爵令嬢が出来ないなんて、そんなことあってはならないのだ。


「……なっ…んで、よぉお」


 涙が溢れてきて止まらない。

 外見も美しいとまではいかないが、別に不細工ではないはず。性格は悪いかもしれないが、ここまで破棄されるほどの悪さではないはず。身分も公爵令嬢だし、逆に引く手あまたな状況のはずなのに、事実は逆である。

 絶対に結婚してやる、と心の中で揺るがないように何度も呟く。

 だって好きな人と結婚できないのだから、別の人と結婚してせめて使命を果たしたい。そして幸せになって、好きな人の幸せを願って、そんな人生が送りたいのだ。

 コンコンとノック音が響く。

 この叩き方はエバンスなのだ。だがいつものように素早く立って取り繕う力は残されてなかった。


「ガーネット様? 絶対いるでしょ。出てきてもらえません?」


「いません」


「うん。いますよね~。さぁ、勝手に主人の部屋に入れないんで、どんな格好しててもいいんで、入室の許可だけくださいません?」


「いません」


「そうきますか。いやね、まぁ、入れないんでここから話すんすけど、四人目の婚約者が来たんですけど、どうします?」


 ガーネットはその言葉にガバっと立ち上がった。

 絶対にどんな相手でも結婚するのだ。時間に遅れてこようが会おうじゃないか。

 目は泣き腫らして真っ赤だが、これで化粧直しや何やらしてて逃げられても困る。

 ドレスも皺がベッドにダイブしたっことで入っているが、もう何も気にせず部屋の扉を開けた。


「エバンス。婚約者様のところに案内してちょうだい」


「……目は真っ赤、髪はぼさぼさ、服もしわくちゃでツッコミどころ満載ですけどいいんすか」


「逃がすわけにはいかないから時間はかけないわ。後で綺麗な恰好見せればいいの。絶対に今日婚約結んでやるわ。もう今日よ」


 遅れてきたのは相手に非があるのだから、もうペンを無理やり握らせてでも書かせようと勝手に今、ガーネットは決めた。

 だって絶対に結婚してやるんだから!


「じゃ、案内しますけどねぇ……」


 エバンスがそう言ってガーネットを案内した先は父の書斎。

 婚約を結ぶのにちょうどいいじゃないか。ともうガーネットは意気込んでノックして、入れ、の合図で勢いよく扉を開けた。


「……は?」


 だが、そこには見慣れた位置に座る父一人。四人目の婚約者の姿はない。

 後ろを振り返りエバンスを睨む。


「あのぉお、旦那様。ガーネット様の目がもうイっちゃってるんですけど、ご説明願えません? なんか俺、殺されそうです」


 そりゃそうだ。四人目の婚約者が来たと、このタイミングでつく嘘としては最低だ。

 好きな人と結婚できないなら殺して、自分も死んで一緒になる。そんなのもいいなぁなんて考えさえ浮かぶ。

 もう首絞めちゃうか、と思いエバンスに手を伸ばした時に、父が咳払いしたので、ガーネットは動きを止める。


「お前は本当に俺にそっくりだ。びっくりするほどにな。母親に似てくれれば良かったのにな」


 もう死んでしまって、物心つく前の出来事だった為、知りもしない人と似ていないと言われてもガーネットにはピンとこなかった。

 乳母に育ててもらってきたので、母として浮かぶのも乳母の姿。生みの親が別にいるのは知っていたが、そこまで興味もなかった。

 どうせ父と政略結婚して、姉とガーネットの女二人しか産めなかった女だ。貴族女性として跡取りを用意できなかったことは痛いことこの上ない。

 だがそういえば父はその後、何故後妻をとらなかったのかといまふと思った。別に姉やガーネットの婿を跡取りにせずとも、後妻をとって自分の息子に継がせれば一番安牌なのに、と。


「昔話だ。俺は嘗て、ある庶民の女を好きになった。当然、周りは誰も許さなかったさ。だが俺の父が急逝して当主の座に若くして就いたからできた愚行だが、周りを無視して、庶民の女を召し上げた。妻には出来なかったが、愛していたんだ」


 ガーネットは反対した側の気持ちのほうがよく分かった。そりゃ庶民と公爵の縁組はない。

 そして逆に生みの親の事を興味なかったと言えど知らなかった事の意味も知った。ガーネットは庶民と公爵の間に生まれた子なのだろう。


「そして二人の娘を授かって幸せに暮らすはずだったが、幸せはすぐに消えた。毒によって妻は帰らぬ人となったのだよ。公爵という地位の男の妻になりたいっていう馬鹿な女の手にかかってね」


 父の目は恨みに満ちていた。身分差の恋はこういった弊害を起こすこともある。

 だからガーネットはエバンスに気持ちを告げないのだ。

 生まれたときから決められているレールを外れるという事は、予想外のことも起こるという事。

 自分だけならいい。でも相手にも起こるのだからたまったものじゃない。父は若くてバカだったのだろう。


「だから娘たちだけは幸せにしたいと思って過ごしてきた。なのに、どっかのバカ娘は俺とそっくりで、好きになってはいけない人を好きになっていた」


「えっ!」


 ガーネットは思わず声を上げてしまった。父よ、もしかしなくても知っているのか。いや、知っているのだろう。


「無理やり軌道修正も試みたが、何だろうな。運命に逆らえないってやつなのか、無残にも婚約が破棄され続けていく。もう四人目もだ」


「……運命とかいう前に五人目探してください」


「いや、もう、無理だ。というか、なんというか、俺が身分差で苦労したからお前はさせまいとしていたが、もう俺が守ればいいんじゃないかとさえ思っている」


「貴族の身分はそんなに甘くありません。公爵たるお父様がなに甘いこと抜かしてるんですか!」


 同じ道を辿ればエバンスが毒で死ぬのだ。なら別の男と結婚したほうが遥かにマシだ。

 生きていないとなにもならないではないか。


「エバンスもガーネットが結婚相手で良いんだろう?」


「急に話振ってきて驚きましたが問題ないっす。まぁ俺が次期公爵になるかもって点は問題だらけっすけど、逆に女公爵でガーネット様が継いじゃえばいいと思うんですけどね」


 なんでエバンスは一生の話をそんなに軽く返事返しているのだ。


「何! お父様に命じられでもしたの? さっきの話、聞いたでしょ。死ぬかもしれないわよ」


「いやぁガーネット様が俺の事好きな事なんて、正直大分前から気づいてたっすよ。でも貴族として~とか言ってるんで、ま、本人の望みどおりが一番だと無視してましたけど、手に入るなら手に入れますよ」


「何それ? 私がアナタの事好きだから結婚するって言ってるの?」


「相思相愛が好みっすか? まぁ、それは結婚後育んでいきましょうや。ガーネット様が庶民を好きになったらやばいのと同じくらいというか、使用人が主を好きになるのはそれ以上にリスキーなんですって」


「だから何? やっぱり貴方は私を好きじゃないって聞こえるんだけど」


「まぁそうっすけど。うん、とりあえず結婚したいんでしょ。結婚しましょうや」


 父が書類を引き出しから出し、何やら署名する。そしてエバンスも署名する。二人してガーネットをじっと見つめてくるので近寄って書類を見れば、婚約すっとばした婚姻届。

 さぁ書けと言わんばかりの威圧に負けずに言い返す。


「二人して何考えてんの! あり得ないでしょ! しかも婚姻届よ。王様もびっくりするわ!」


 庶民と公爵の結婚なんて聞いたことも無い。物語上だけの話だ。


「まぁ申請が通るのに時間はかからん。最近、身分差について庶民の声が大きい。無視できるようなくらいではない。だがいきなり貴族制撤廃は出来ない。一つのアピールとして公爵家と庶民が結婚した、とすればこれを皮切りに身分差婚も認められ始めるかもしれんし、貴族制に異を唱える者もちょっと大人しくなるかもしれんだろう」


 どうやらガーネットが結婚する上で一番重要視していたメイスン家への利益の面は王族に恩を売れる、という事でクリアできるのかもしれない。


「さぁ、書きましょーね」


 エバンスはガーネットの後ろに回り込んできて、右手に無理やりペンを持たせ、字がぐにゃぐにゃであるがガーネット・メイスンと書かせてきた。

 父は素早くその書類を受け取り、鍵付きの棚に仕舞う。


「明日、私が直接王のもとに持っていく」


 あれだけ婚約破棄結局4回して、結婚したくても出来なかったガーネットはそこから怒涛の書類だけで言うと五分程度で結婚あと一歩まで一気に前進した。

 明日、下手したら受理されたら結婚完了だ。

 これだけ情緒も何もないものだったのだろうか、結婚とは。


「あはは、気が抜けちゃってますね。ガーネット様。まぁ色々ありますけど、時にはノリで生きていくのも大事っすよ」


 そして翌朝、本当に王様に直に婚姻届を持って行った父は、受理されたことを伝えに昼帰ってきた。

 本当に情緒も、甘い雰囲気も何もない結婚だ。だが何故か絶対可能性が低いと思っていた好きな人との結婚が叶ってしまったガーネットは混乱を極めながら叫んだ。


「絶対に私の事好きにさせてやるんだからね! 覚悟しなさい、エバンス!」


「楽しみにしてますよ~、ガーネット様」


 そこから公爵家と庶民の結婚は、広まりに広まりシンデレラストーリーとして、街中で尾ひれがつきまくった話が吟遊詩人によって語られる。

 実際は甘くもなく、何だったら婚姻届は無理やり書かされたが、今、ガーネットは幸せだ。

 だって好きな人と結婚できているのだから。もちろんやることも山積みだが、それはエバンスと二人で乗り越えていけばいい。


「絶対に結婚してやるって思えば結婚できるものねぇ……」


「ガーネット様はやばいくらい爆走してましたからね。ま、結果として出来たから良いんじゃないっすか」


 4回の婚約破棄で、5回目でようやく絶対に結婚して見せるという夢を叶えたガーネットは、次はエバンスを絶対に落としてやるに夢が書き換わっている。

 ガーネットはそこからエバンスを落として、女公爵になって、跡取りを産んで、40歳近くで公爵の地位を引き継いで郊外へと引っ越した。

 結局掴める者は掴み切った形で人生を過ごしているガーネットは満足そうに空を見上げる。


「好きだと言ってちょうだい、エバンス」


「ええ。何度でも。大好きですよ、ガーネット」

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