カコイナシ
小余綾香
第1話 囲い梨
「
早乙女は
『そなたと語らう時は
低い声を
『そこの梨も咲いたか』
「はい。
『……共に
娘は息を飲む。吐息のように
§
梨の井と呼ばれる家があった。
屋敷の
それ故、家では梨が屋根を越えて育つのを許し、中でも一番の大樹を大切にお
まだ江戸に
「
ふとサダは口走った。昨夜、大人達はそればかりを話し、彼女も馬の仔を気にかけ
不意にまだ硬い実がぽとりと落ち、サダは驚いて
『仔馬の話を聞かせよ』
突然、男児の声が響いた。聞き慣れない声にサダは辺りを見回す。しかし、人の姿はなかった。
彼女は青い果実と梨の幹を
「きれいな
『弱い仔を持つ母は哀れだ』
葉がざわめく。
急に虫が鳴き出し、
「これ、足をかけてはいかん!」
文助の
「……なしの神さまが……」
「そう、神様の宿る樹に足をかけてはならん」
言い聞かせるように一度、娘を
翌日もその翌日もサダは神饌を上げる度に梨の樹へ語りかけたが、声は返らなかった。そうする内に梨の実は褐色みを帯びて行く。
「なしの神さま、いらっしゃいますか?」
どれ程、経ったか。地に
『そなたは青毛を持つ娘か?』
「はい。青毛は育ちそうです」
『
サダは小首を傾げる。告げられた言葉は彼女には判らなかったが、
『しかし、私は〈なしのかみ〉ではない。
再びサダは首を傾げた。
「
『好きだ。
それからサダは梨の樹に馬や山野について語りかけた。時に梨が声を返す。
着物の上げもとれようか、という年頃になると、サダは梨を
「聞く程に、そなたの国は話に聞く
しばしば、そう感嘆する声の近しさにサダの心は震える。人の姿を持たない相手と思いながら彼女は胸を高鳴らせた。
§
そして、
『花も雪もそなたと
「はい」
サダは迷わなかった。
すると、男の声も意を決したように強く返る。
『では、そなたの名を問おう』
「サダと申します」
『
その
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