第2話 過去往なし
「や! これは何事!」
「この
「
サダは騒ぎを
梨に登りながら気が遠くなったことを思い出し、天へ上がり損ねて落ちたのだろうと失望が
神々の住まう庭に来た、と信じ、サダは慌ててその場にひれ伏した。
「お許しください。天に昇って来てしまいました」
途端、サダは自分が発した声の幼さに驚く。見開いた目に丸みを帯びた手が飛び込んだ。体から着物がずるりと落ちる。
サダは
「
男が一人、
「おぉ、
「
彼は
「私は
差し伸べられた手を彼女が取ろうとすると、また着物がはだける。望城はそれを着せかけながら彼女を抱き上げた。
屋敷への道すがら、望城は幼子の
それらを語ると、サダは涙が
「坂上様。神子様は坂上の祖母、田村麻呂の
「なんとも不思議な話よ」
望城は
「私の五世の祖の名だ。それを
それを聞くやサダはとうとう泣き出した。その涙する
「そう嘆くな。
しかし、その声はサダに聞こえている風ではない。望城は考えあぐね、戸惑いがちに涙を
「きっとそなたは言葉やしきたりを覚える為にここへ降りたのだ。皇子様の御前に出られるよう学びなさい」
望城は屋敷で働く
そのような折である。望城は彼女を茂る梨の大樹へ案内して言った。
「この樹は大将軍が敵の長、
大同の梨。これが望城の語った異界へ渡る伝手と察し、サダは手を合わせる。
「皇子様、おいでですか?」
梨は応えなかった。この梨からは皇子へ声が届かないのか、それとも皇子が応じないか、サダに知る術はない。彼女は哀しげに木肌を撫でた。
すると、梨はさざめき、枝々の狭間に都の空とは異なる青が
「故郷が懐かしいか?」
望城は思わず声をかけた。
「そなたは親王様の元へ参りたいのであろう?
サダは彼を見つめ返す。その瞳に迷いの影を見て望城が口を開こうとした瞬間、ふっと彼女はその視線を逸らした。
「これまでのご恩、お返しもせず去ることをお許しください」
望城を見まいとするかに袖で目元を隠すサダは異界の光景へ手を伸ばす。指先が届くや彼女の姿も神通も跡形なく消えた。それは初めから存在しなかったようであり、今は名残に香る
望城は袖で風を
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