第8話 鎖帷子と黒スーツ

 いかつい男二人が、不安げにベッドを覗き込んでいる。

 包帯を巻いた孫は、規則正しく寝息を立てている。

「傷が残るだろうか?」

「心配するな。こいつは強い」

「そんなこと知っている」

 男二人の後ろ姿を、心配そうに娘と息子が――つまり、孫の父親と母親が――見つめている。黒スーツに鎖帷子、そんな物々しい服装の連中が病室へやって来たとあれば、たとえ実の父親であろうと不安になるだろう。

 男二人は、チンピラを然るべき場所へ送り込み、そのままの足で病院へとやって来ていた。

 明日には諜報機関の手が回り、チンピラの重ねてきた罪が明らかになるだろう。

 当然、政治家であるチンピラファーザーは失脚。チンピラ自身にも罰が与えられる。とは言え、まずチンピラが全快するまでには何年もの月日を要するだろう。

 孫の呼吸が突然乱れた。

 けほ、けほ、けほ、と咳をする。

 男二人は飛び上がった。

「ナースコールだ!」

 黒スーツの男がボタンを探し、全く見当違いなところを漁る。

「嘔吐物の誤飲かもしれん」

 鎖帷子の男が孫の顎をつかみ、無造作に開かせる。

 それを娘と息子が何とか止める。

「ただの咳だから! 大丈夫だから!」

「本当か? そう言い切れるか?」

 まだ二人はエキサイトし、意味もなく辺りを探ったり何かをつかんだりしている。

だが、男たちの動きが突然止まった。

 孫が上半身を起こしたからだ。

 すっとぼけた声が掛けられた。

「あれ、じいちゃんたち、二人そろって何してるの?」

 

 いかつい男二人が、横並びでベッドを覗き込んでいる。

 赤ん坊が細く目を開いて、二人のことを見上げていた。

「笑ったぞ。自分のじいちゃんが誰か分かるんだ」

「馬鹿言え。俺のことを見て笑ったんだ」

 そんな小競り合いをずっと続けている。

 やがて、赤ん坊がぐずり出した。

「どうした、おむつか、お乳か」

「もしかしたら熱でもあるのかもしれん」

 二人がバタバタと騒ぎ始める。

「ちょっとあなたたち、落ち着きなさいな」

「赤ん坊です。泣くこともありますよ」

 妻二人がぴしゃりと言う。

 男二人は、「はい……」と気を付けをするしかない。

 赤ん坊がその様子をしげしげと眺め、また笑い声を上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

鎖帷子と黒スーツ 葉島航 @hajima

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ