第12話

 お千代は新兵衛のもとに向かいました。

 裏の戸から家に入ると、畳に上がりました。眠っている新兵衛のかたわらにへりをさけて、足音を忍ばせてやって来ました。

 すると、新兵衛がうっすらと目を開けました。

「お千代が。」

 お千代はあわてて手を引っ込めました。

 目があわずとも身動きがとれなくなり、ただただ新兵衛の顔をじっと見つめていました。

 まるでこけしをつくっているときのような顔でした。

 そのうち、引っ込められたお千代の手がゆるみ、少ししなったかのように思える赤の葉は、出番をなくしてはらはらと落ちていきました。

お千代は空っぽになった手で、新兵衛に小さく別れを告げました。

「お千代、おめ河童だったのが。」

 河童はいだんだな、と新兵衛は目を細めてつぶやきました。 

「青のもみじ見せでけるなんて、ちよは太っ腹だなあ。」

 お千代はのみこめなかったものを全てのせて、手をひらひらと動かしました。

「照れでしょうがねぁーよ。」

 ああ、照れる照れる、と顔をそむけて繰り返しました。

 お千代はたたみとへりとの境目がなくなってしまうくらい、地面が濃く色づいてしまうのではないかと心配になり、そっと目にもう片方の手をやりました。

「照れねぁーでけろ。」

 新兵衛はそう言って笑いました。

 お千代はしばらく青のもみじのままでいました。

 

 それからときが経ちました。

 お千代はおもむろに空を見上げました。

 もみじの木には葉が生い茂っています。そのなかに、色づいた葉がありました。初もみじです。

 不格好なこけしを、手でぎゅっとにぎりました。

 もみじが頬を膨らますように色づき始めた頃です。

 

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青もみじの冬 芦屋実桜 @miwocat

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