モブ、らしく胸キュンラブコメは場外で終わっている
ある日、そう言えば、と五央が私の首元を眺め言う。
「なんでひかるのネクタイ、青なんだ?」
げ。
「そりゃあ、真中くんのでしょ?」
とすかさず夢。そうです。そうですとも。
この学校では校則で、男子は青ネクタイ、女子は赤ネクタイ、または赤リボン着用、と決められている。まあ式典の時以外は注意されないので、付けていない人も多いけど。
その緩さの中で、女子の赤ネクタイより、男子の青ネクタイの方が可愛くない? と思った女子が、彼氏の青ネクタイを付けるようになった、らしい。私が入学した時には既にあったしきたりだ。逆に男子が赤ネクタイを付けることもあるらしいが、男子の方がおしゃれに無頓着、首元に何もない方が楽だとそもそもネクタイをしない派が多いためか、結果的には彼女の青ネクタイのみが一般的な風習になっている。
「真中?」
五央が首を傾げる。五央と真中こと真中颯に面識はないはずだから、当然だろう。クラスもここ一組から最も離れた六組だし。
「真中くんはひかるの彼氏だよ〜、五央、会ったことなかったっけ?」
夢はどんどんバラす。いや口止めしてた訳じゃないから仕方ないけれど、でも五央にはバレたくなかった。だって、五央にバレたら、いつかエマにも言わなきゃならなくなる。
真中颯は、こう、なんとなく、私の中で持て余していて、エマには上手く伝えられない、言いたくない存在なのだ。
◆
私と颯は去年同じクラスで、二人で体育祭委員を担当した。颯は運動が好きで体育祭委員にも自ら立候補。一方私は本命は文化祭委員だったけれどジャンケンに負け、余っていた体育祭委員になった。
体育祭委員は毎週集まるとか、月一当番とか、そういう通年の仕事はないが、体育祭付近になると毎日のように放課後集まった。休日の買い出しとかもあって、必然的に連絡先も交換するし、しょっちゅうやり取りするようになる。私と颯は装飾班になり、入退場門や、垂れ幕、得点板などを作った。班のみんなでワイワイ絵の具を塗ったりするのは中々に楽しかった。
そうして気付いたら、私と颯は付き合っていたのだ。
なんだっけ、確か体育祭の打ち上げの帰り道、二人きりになってて、リレーが一位の人たちに送られた小さな金メダル渡されて、「瀬名ちゃんのために一位取ったんだ」と言われて、そのまま好きだとか付き合ってくれとか言われたはずだ。そして私は可愛く微笑んで、はい、とか言ったのだ。
正直に言おう。多分私はその時多分、恋人という存在に憧れていたのだ。颯は顔はまあまあ良いし、サッカー部で運動神経も良いし、性格も面白い。何より私に好意剥き出しで優しくしてくれていたので、私も好きかも、と思っていた。
でももしかしたらその判断は違っていたのでは、と思ったのは、それからだいぶ経って、他の彼氏持ちの友人と話していた時だ。
「あいつ、ぜんっぜんライン返してこないくせに、ゲームログインしてんの、酷くない?」
「最近おはようとおやすみすらない時あるんだけど、浮気してるやつかな?」
「遠征の帰り、夜遅くなったからって最寄りが隣のマネージャーのこと、わざわざその駅で降りて家の近くまで送ってったんだって。それを私に隠してたの、やましいからだよね」
これらを私はぽかん、とした顔で聞くしかなかった。ひかるはどうなの? と聞かれて、確か「颯はそういうことないんだよね〜」なんて答えた気がする。流石ラブラブ〜なんて囃し立てられた中、自分だけが異世界に居るみたいだった。おはようとおやすみだけわざわざ連絡する必要もされる必要もわからないし、どうでもいい雑談よりゲームやドラマを取ってしまうのは当たり前だと思う。そう考えた時私は、彼のこと割とどうでも良いのかも、と気付いてしまったのだ。
ただ、どうしようと思いつつも会えば楽しいし、求められれば満たされるし、失いたくないと思ってはいた。颯も颯で、「意外とひかるがサバサバしてるから居心地が良い」と言っているらしい。だから別れる程ではない。胸を焦がされないだけだ。多分私の恋愛がこういう形なだけだろう。だって颯が友達かっていうと、それもちょっと違うのだ。
でも例えばエマとはどうでもいいラインも電話もするし、おはようやおやすみの連絡が来たら嬉しい。
だから、エマには颯の話をしたくなかった。
◆
運命の歯車なのか、神様のいたずらなのか。その日の昼休みのことだった。
教室の出入り口の方から、クラスメイトの真麟が誰かとやり取りしているような声がする。
「ひかる居る〜? 居るね、居るよ」
「サンキュ」
そうして教室に突然入って来たのは、真中颯だった。
「颯じゃん? お、ひかるに会いに来たの?」
と颯に話しかけたのは、ひーわだ。彼も颯と同じサッカー部なので、仲が良い。
「そ、最近学校でひかるに会ってないな〜って思ってさ」
颯はそう言うが、彼の性格的にそんなことで昼休みに私のクラスに来るだろうか。っていうか本当にそんな理由で来るとしたら、もうちょっと早い時期に来るだろう。クラスが別れてからもう二ヶ月は経つ。
颯は私の周りを不躾にじーっと見渡す。居るのはいつも通り、夢、ひーわ、そして五央。
彼が五央を見る目で私は、あー、五央に会いに来たのか、と察した。
「君が転校生の人?」
作り笑顔で五央に尋ねる颯に、思わず脳内で、「転校生というより転入生が正しいのでは無いか」「転校生の時点で人を指す言葉なんだからお腹が腹痛みたいな文章になってるんじゃないか」等の横槍を入れる。つまりは現実逃避である。
「そうだけど……あ、ひかるの彼氏?」
と五央。そうだこいつもエマに負けず劣らず頭が良いんだった。さっきの颯とひーわの話で、色々と察したようだった。
「そう! ひかるの彼氏の真中颯。ひーわとおんなじサッカー部で六組な。なーんだ、俺のこと知ってたのか」
やっぱり颯は五央を牽制しにきたのか。そしてそれにどうやら夢も気付いたようで、
「だって真中くん、ひかるにネクタイ渡してるじゃん。二人のこと、みんな知ってるよ〜」
とおどけて答えてくれた。
颯は満足したらしく、照れ笑いしながら、「まあだってひかるは青ネクタイのが似合うしな〜」なんて言い始める。そしてひーわが何か言いながら颯をはたいて、また笑いが起こる。
私も笑いながら、エマの制服はセーラーだから彼氏のネクタイなんて着けずに済んで良いな、とやっぱりまた現実逃避をしていた。
◆
夜、携帯のバイブが短く振動する。
颯からのラインだった。
『そういえば珍しく、ひかるは五央くんのこと下の名前で呼び捨てしてるんだね』
だって、と私は、『五央がこの学校に転入してくるまで苗字なんか知らなかったし、夢につられて呼び捨てになったの』と返す。
『五央くん、ひかるのことも、ひかるって呼んでたよね』
『そんなのひーわだってそうじゃん』
『ひーわだって前までは呼んでなかった』
『そうだっけ?』
『そうだよ、電話しても良い?』
……。ラインのラリーは電話の伏線だったのか。これだけ携帯を弄っていて、今は出来ない、は言えない。私は『大丈夫だよ』と、それから少しそっけない気がして可愛いうさぎが○印を作っているスタンプを送った。
そうするとすぐに携帯が長く振動した。一呼吸入れて、私は通話ボタンを押す。
「もしもし?」
『あ、ひかる?』
「そうだよ、画面にひかるって出てるでしょ?」
そう笑いながら言うと、颯は少し安心したように笑ったので、私の胸はチクリと傷んだ。
『なんかさ、最近そっけないじゃん、』
「そーう? 前からだし、しかもサバサバが良いって言ってたの颯じゃん?」
『えっそんなこと俺ひかるに言ったっけか』
「私にっていうか、サッカー部の人たちに言ったでしょ」
『そういうことか……。まあそれはそうなんだけどさ、いやなんかさ、俺、周りから話だけ聞いてて、ひかると夢ちゃんとひーわと五央くんがめちゃくちゃ仲良くなってて、嫉妬みたいな、不安だったんだよな』
「そっか」
それだけ返して、私は何も言えなかった。
だって私は颯が普段クラスでどう過ごしているか考えて、モヤモヤすることなんてなかったのだ。それは信頼とも言えるけど、多分、執着がない、に近い。
颯のことは好きだ。話していて楽しい。二人で過ごすのも苦じゃない。触られても嫌だなんて思わないし、帰るのが惜しい瞬間だってあった。でも、今の私の一番じゃないのだ。私は今、颯とエマに同時に誘われたらエマを取るだろうし、クラスで夢たちと四人で過ごしている時、颯のことを思い出す余地は殆ど無い。
でも、エマとは付き合いたいとかじゃない。彼女は親友というか、双子の姉妹のような。私の恋愛の矢印が向く相手は、恐らく男性だ。だからやっぱり単に私にとって、恋愛や彼氏の占める割合が低いだけかもしれないけど。
『ひかるは新しいクラスを楽しんでるのに、俺が去年を引きずってるだけだなぁ』
「……去年も楽しかったもんね。なんかやけに颯と夢が席隣になったりさ」
『そうそう、それでなんか三日に一回くらい夢ちゃんがシャー芯貰いに来るんだよな』
「懐かし〜! 夢、最近はシャー芯貰う相手居ないから、週一くらいで購買でシャー芯買ってんのよ、何に使ってるのか謎だよね」
『確かに。普通に授業受けてるだけでそんなにシャー芯減らないだろ、俺なんか三日に一回くらいしかシャー芯補給しないし』
「それは絶対ノート取ってない」
『否定できないわー』
くだらない話をテンポよく続けられる人が相性のいい人だって、ずっとそう思ってた。でもエマと白女から駅まで歩いたあの夜、私たちはずっと無言だったけれどちっとも居心地なんて悪くなかった。夢とひーわと五央と居る時だって、夢とひーわのコントみたいなやり取りを私と五央は聞いているばかりなのに、取り残された気持ちになんてならない。何よりこうやって頭の片隅で関係のないことを考えたりなんてせず、その空間を楽しんでいる。
人との付き合い、関係性に正解不正解があるのかはわからないけれど、今のこの状態は、颯に対しても真摯ではない。それに気付いてしまうと、なんかもう、どんな顔して颯に会えばいいのかわからなかった。
それでも今直接そんなことを言う勇気なんてあるわけがない。だからなんとなく「おやすみ」を待ってしまいながら彼の話を聞いていた。
『おやすみ』はそれから三十分くらいしてからきて、私も「おやすみ」と返し、通話終了の音を聞き終わってから、ふう、と息を吐いた。その音が思いのほか大きくて、イヤホンマイクを外した耳にやけに残った。
ちょっと早いけど、本当に寝よう。最近色々あって疲れているのかもしれない。しかもその色々は、エマにしか話せないときているし。だから颯となんだか上手くいかないのかも、だってほら、どんなカップルにも倦怠期ってあるらしいし。
でも自分のことなのに、ままならないし、わからないなあ。
私はそう思いながら、そのモヤモヤを吹き飛ばすようにベッドへとダイブした。そうして掛け布団の上で跳ねた身体を抱きしめながら、せめて良い夢が見れますように、と姿も思い浮かべられない見知らぬ神にお祈りをした。
初期値モブの私が外堀を埋められて主人公になる話 iyu @yuihsoh
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