モブ、らしくないことが起こる

 あくる日、教室に入ると、いつもは無い場所に机が増えていた。夢の隣の席だ。

 夢は前回の席替えで、窓際ブロックの一番後ろの、一人分スペースの空いている席を手にしていた。奇数人クラスだから、欠けてしまうのだ。

「おはよ夢、とうとう荷物増えすぎて、机二つにしたの?」

 私がふざけてそう言うと、

「そうしたかったのは山々だけど、机が余ってる話なんて知らなかったよ!」

 と、至って真剣に返されてしまった。

「うーん、転校生?」

 と夢は頬に指を当てて言うが、そのふざけた態度が物語っているように、二年の五月に、転校生なんて来るわけがない。小中学生ならともかく、高校生ならば無理に親の転勤先に着いていくこともないだろうし。

「あり得ないよね、転校生。この時期に来るくらいなら少し前か後にずらすでしょ普通」


 転校生だった。


 担任が心なしかいつもより早く来て、しかもいつもより少し小綺麗な服装をしている時点で、なんだか嫌な予感がした。

 そしてこんな時期に転校生。先日聞いた、「イオ、近々日本に引っ越しさせられるんだって」という言葉がリフレインする。まあでも、超金持ちだし、頭良いみたいだし、流石にうちみたいな三流公立には……と頭の中で逃げ道を探せば探すほど、嫌な予感がしていた。


「さあ、入れ」

 ガラガラ、と戸が開き。はい、予想通り。馬鹿みたいだ。本当にそこには五央が居た。


「崎山五央です。色々な都合で、急ですがイギリスから転校してきました。日本の学校は久しぶりに通うので、もし何か変なことしていたら、教えて下さい。よろしくお願いします」


 嫌味でないそつない笑顔を貼りつけたイオさん――もとい、漢字を当てると五央さん――を見て、クラスの女子はみんなキャーキャー言っている。確かに五央さんは、顔も家柄も頭も良いだろう。エマと並べられて遜色ない男なだけある。ただ本当は結構面倒くさい子供っぽいやつですよ、と言いたいのをグッと堪え、ついでに私の存在を気付かせるのも諦め、私はこっそり机の下で携帯を弄り、エマにラインをした。


『五央さんが私のクラスに転入してきた笑笑』

 なーにが『笑笑』だ。なんにも面白くない。

 

 気付けば五央さんは夢の隣の空席に移動していた。夢はあれで案外イケメンにも臆さないタイプなので、ごくごく普通に話しかけている。そして五央さんはこの前の無骨な感じでなく、完全によそ行きの笑顔で応対していた。ウケる。無音カメラで隠し撮りして、その写真もエマに送っておく。


「あ、崎山くん、あれ、私のベストフレンドの瀬名光!」

 夢が屈託なく「ひかる〜!」と手を振ってくるので、私も満面の笑みで振り返す。五央さんは完璧な笑顔で私を見た後、直ぐにフリーズした。

 

「まあみんな転校生に夢中で話聞いてなさそうだし、ホームルームはここまで。まあまた帰りに話すわ……」

と担任が消えていったので、教室は束の間のフリータイム。よし、と立ち上がり五央さんがこちらへ向かって来るのがわかる、が、直ぐに五央さんの周りには、他のクラスメイトが集結した。うちのクラス、男女問わず仲良しだし、みんな結構ミーハーなんだよね。

 こちらを睨む五央さんに向かって、私は再び満面の笑みで手を振り、お手洗いへと向かった。


 結局彼と私がはじめて会話出来たのは、昼休みである。私はいつも、夢の席で一緒にお弁当を食べる。つまり、必然的に五央さんの隣に行く訳だ。


「崎山くーん、いつも私ここで食べてるから、悪いけどお邪魔するね〜」

ピースサインをしながら登場すると、五央さんは容赦なく、私のピースを折りにきた。

「痛い痛い! まだ猫かぶってなよ!」

 私が殆ど突き指しかけた二つの指を労わりながら、そう言うと、五央さんは、

「別に猫かぶってない。負け犬さん先日はどうも」

 と、結構なボリュームで返してきた。

 

 一瞬静まる教室。


「え、崎山くんとひかるって友達なの?」

 と夢。

 今五央さんが私のこと「負け犬」呼ばわりしていたのを一番近くで聞いていたくせに、夢はやっぱり馬鹿だ。

「五央さんは、私の友達の従兄弟なの。でも五央さんとその友達はそんなに仲良くない、から、私と五央さんもそんなに仲良くない、かなあ」

「そんなにじゃない、全然だ」

 すかさずツッコミを入れる五央さんに、私は内心、日本に帰国させられたことめちゃ怒ってるやん……と背筋が凍りそうになる。

「ってかそんなに仲良くないとか以前の問題か。私たち今日で会うの二回目なの。苗字が崎山っていうのも今日初めて知ったし」

「な~る、だから五央さんって呼んでるんだね。崎山くん、私も下の名前で五央さん……うーん、違うな。呼びすてしても良い?」

 流石マイペースな夢である。場の空気を完全に無視して(ものにしているともいえる)満面の笑みで五央さんに問いかける。

 五央さんもこれには「あ、うん」としか返せず、そんな五央さんに夢は「じゃあ私のことも夢で良いから~! ひかるのこともひかるで良いし、ひかるも五央って呼んで良いよね?」と朗らかだ。


 そこに背後から、「崎山くん」と男子の声がする。三人揃って振り向くと、そこにはひーわがいた。

「ひーわたんじゃん、なになに五央に絡みに来たの?」

 と夢が言うと、ひーわは

「たんはやめて! 夢ちゃん一体どういう心境で高二男子にたん付けしてんの!」

 と突っ込みに余念がない。二人がわちゃわちゃしているので、私は五央さんに、

「彼は樋渡理央、ひわたりだから、みんなひーわって呼んでるの。サッカー部で……あと知らんわごめん」

 と雑な解説をする。

 それにひーわも気付いたようで、

「そう! 樋渡理央です、ひーわって呼んでください! よろしく!なんか担任に、理央と五央って名前似てるから校舎案内頼んだわって言われたんだ。お昼休み、食べ終わったらちゃちゃっと案内させて!」

 とやっと五央さんに名前と用件を伝えてくれた。

「ありがとう、俺のことも五央って呼んで。飯、ちょっと待ってな。この席全然食事が捗らないんだよな」

「大丈夫大丈夫、てか俺もここで食べて良い?」

「是非。正直助かる」

 捗らないとか助かるってどういう意味だよ! と喚く夢を尻目に、ひーわは自分の居た席のメンバーに一声かけ、それから椅子を引き摺りこちらまで戻ってきた。

 勿論四人で食事を摂るのは初めてなのだが、それは私ら所謂いつメンだったけか? というくらいしっくりきて、なんだかんだそのまま校舎も四人で巡っていた。


 そして気付いたら、次の日もまたその次の日も、私たち四人は一緒にお昼ご飯を食べ、ひーわはひーわで、それ以外は全員下の名前を呼びすてする仲になっていたのだった。

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