トーキングライク

ヲトブソラ

トーキングライク

 早朝のホームで皆が苛ついている事に気が付いた。どうやら、メンテナンス作業中のトラブルとやらで一部のモバイルキャリアが使えないらしい。俺が契約しているキャリアは大丈夫らしく、ウェブブラウザもサクサク動く。そういえば、会社のネットワークは、このキャリアを持つ企業じゃなかったか?まさか、そっちまで止まっていないだろうな。たかが0と1の羅列が不器用になったその上で、俺らは踊らされている。


 電車の中から覗くホームでは、多くの人が片面の光る板を覗き込んで苛ついていた。ほんの少し情報にアクセス出来ずに苛つくのなら、板を弄ぶ前にやっておくべき事があるとも思う。もっと、人と話す事に積極的になっているのか、と。改札では端末決済が出来ずに乗客で混雑していて、タクシー乗り場でも同様。会社近くのバス停で降りる時に、ピピーッ、と決済画面が赤く光った。バス会社のネットワークにも影響が波及したらしい。こんな時に小銭を持ち歩く癖が役に立つとは思わなかった。


 案の定、会社のネットワークも混乱しファイルのやり取りが出来ないから、とにかく進められる仕事を進めさせ、クライアントに提出するものはタブレットやノートパソコンのドライブに入れて走らせた。全く何年前の納品作業かね。

 お先にお疲れ様〜、と、会社を出て駅に向かいながら思う今日は、ネットワークが無い方が社内で会話が生まれて、いい意味で熱気を持っていた。いつもなら分からない知識は検索で、分からない工程はメールで問い合わせていたから会話が生まれる事が削られていたんだな。寂れた電話ボックスに行列が出来ていて、その列から「電話ってどうやって掛けるの?お金入れてから?千円は使える?」という会話が聞こえてくる。今の子たちは公衆電話の使い方を知らないのかあ、と、感慨深くなってしまった。俺らなんかの時代は家族に恋人との会話が聞かれたくないからと、よく公衆電話まで走り、電話の上に小銭を積んで話していたんだよ。今のように手元に電話が無かったから想い人の声が手軽じゃなかったんだ。二、三日、声が聞けないって事もあったから、会って声に触れた時の鼓膜の震えすら愛おしかったんだ。


 駅に沿って走る高架道の車を眺めながら、今日は子供の頃みたいな世界だったなと思い返していた。俺も懐古が出来るほどに未来まで来たんだなと思っていると、今日初めてポケット中で片面が光る板が細かく震えた。


『あ!繋がった!帰りにさ、買い物してきて!』

「あー、何買えばいい?」


 今や、あの時の愛しき声は、これくらいの重さだ。いつも“買いに行く”の選択肢しか無いのだから苛ついた事もあったのだけど、今日みたいな事があると二度と声が聴けなくなるよりかは幸せだと思う。だから、話せるうちに話しておこう。


「今度さ、二人だけで出掛けない?」

『急に何?怖っ!もしかして、何かやらかした?』

「なんだよそれ。たまにはデートしてもいーんじゃないのって誘ってる。ははっ、そうね。何年振りだろうか」


深夜になって、通信障害は解消されたらしい。


おわり。

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