00.LIVES

 その後のことは、本来なら語る必要はなかった。私たちは無事にパリスでのアコースティックライブを成功させた。ただそれだけだ。

 しかし、それで私たちの人生が終わるわけではない。私たちの物語はこれからも続いていた。「その後私たちは幸せに暮らしました」だなんて文で済ませるのはふざけた話だし、そもそも一つや二つライブに出演した程度で人生が大きく変わるなんて、そうそうあり得ない。

 それでも、この数か月間はELPISの大切な思い出となって、今でもこの胸に刻み込まれていた。


 あれから三年経つ。

 千鶴は高校認定資格を取った後、大学へ入学した。経営学部に入り、将来はライブハウスや楽器屋などの運営に携わりたいらしい。入江さんからも経営について学んでいるらしいが、あの客入り具合だというのに何か教えられることはあるのだろうか。

 また、ボランティア活動として、子どものための炊き出しに参加したり、相談などを受けたりと、精力的に活動をしているようだった。時々私たちも手伝いに駆り出され、それなりにやっている。

 由海は高校卒業後、音楽系の専門学校へ入った。将来はドラムのスタジオアーティストやPAなどを目指しているという。しかしその道のりはなかなか険しいようで、あのいつも能天気な由海でさえ愚痴が増えるようになった。でも由海らしく、素敵な夢だと思う。

 もかは高校卒業後、順当に大学へ入学し、そして日々楽しそうに暮らしている。法学部で父の跡を継ぐ勉強を学んでいるらしい。もかなら、何をするにしてもきっとなんとかなるだろう。

 私は、というと結局、大学は留年した。その後も相変わらず怠惰な生活を送っていた私は合計で五年掛けて大学を卒業し、現在は小さなレコード会社に勤めていた。

 インディーズ系バンドのCD販路の確保やライブの支援、販促など、あらゆることを取りまとめている仕事だ。。実際にハコまで足を運ぶような仕事も多く、とても大変ではあるが毎日が刺激的で充実している。


 ライブハウスというハコは私にとって絶望しか運ばない存在だった。あの頃はそうだと思い込んでいた。絶望が潜むハコに入る少女。それは紛れもない過去の私だった。

 しかし、底の底には希望があった。ハコの中に希望はあった。最後にハコに入っていた少女。もかと言う希望が、私が開けたハコの中には最後に遺されていた。

 そして、もかという希望は再び私に音楽を授けた。

 ELPIS、箱の中に遺された最後の希望。ハコの中にあった呪いに囚われていた私も、もしかしたら誰かの希望になるのかもしれない。

 俯きがちでつまらなそうにしている少女の影がフロアのどこかに見えた。

「朱音さん、何してるんですか。もうすぐ本番ですよ!」

「まー久しぶりのライブすからね、やっぱ緊張するっすよね」

「折角のライブ、しかも新曲まで作ったんだからさ。あたしたちの成長、みんなに見せようよ」

 ハコの中には、そこにいる人の数だけの想いが詰まっている。そこにはきっと情熱や感動、幸福、喜びのような感情で溢れているのだろう。ならば、私はその人数分、より楽しんでもらえるように心を込めるだけだ。

「行こう」

 紫のベースを握り、私はまたこのステージへと立つ。

 いつか、終わる、その日まで。

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ハコ入り少女 Girls,in the Box 三門ミズキ @mikado_mizuki

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