サイレンが聞こえる

高黄森哉

サイレンの音

 サイレンの音が遠くに聞こえる。私、は公園のベンチに座っている。材質は素晴らしい尻ざわりだ。そんな日本語が存在しないのは知っている。だがここは敢えて言わせて欲しい。ベンチの木材はまるで女性のような滑らかさなのだ。


 存在しないといえば、世の中に存在しないものはたくさんある。例えば都市伝説がこれに当たる。都市伝説は明らかに存在しないものを扱う、現在の怪談だ。ごく一部を除けば嘘っぱちと言い切っても語弊がない。


 ならば必ず最初があるはずである。言い出しっぺは誰なのか。噂は、どのような経過をたどったのか。そのことを考えると、私はおかしくなりそうになる。失われた情報というのは、未来における私たちの痕跡と同質のものなのかもしれないからだ。


 例えば黄色い救急車などはどうだろう。サイレンからの連想である。サイレンと言えば、最近、救急車の音が多い。皆さんは黄色い救急車の話をご存じだろうか。


 高黄森哉という取るに足らない、下手のモノ好きな人間がいる。この人の名前の『黄』の部分は、一説によると黄色い救急車の都市伝説からとられているという。つまりキ印マークの高黄森哉だ。皆が知ってる言葉で表現すると気狂きちがいである。


 黄色の救急車は精神病の、特に手におえない患者を連れていく。なぜ黄色かというと、それはキ印からの連想だそうだが、本当のところは誰も知らない。諸説がある。


 サイレンが聞こえる。それは、全て黄色い救急車だと思った方がいい。最近、世の中狂ってきている。遊覧船が沈む、戦争が勃発する、総理が暗殺される、国は裏で宗教に操られる。


 それらは全て通常である。歴史の波のような移り変わりに翻弄されるのが世の常。だが、人々はそういった悲劇についての創作を行う。それは異常だ。それは、どこまで本当が不明瞭であり、狂気との境目が不明になっている。


 きっと安い物語の氾濫による弊害に違いない。現実が事実を越え始めることを望む一派の暴走だ。現実が物語染みていないと救われないと感じる人々が、宗教や陰謀論を駆使して自分の世界を創作し始めた。


 メタリアリスム。それが病名である。俗に言うブンレツ病のことを指す。現実があまりにも現実じみていることを批判する現実。超現実論者のおなァりだ、と妙な節をつけて朗々と歌う詩が、世間を扇動する。こっちにこいと。


 俺は、その世界を刺すように糾弾する使命がある。今、狂気と正気の境目が不明瞭だから、狂気の線引きを行うような物語をつくる。メタフィクションを使い、虚構を否定する創作を行う。


 考えてみろ。主人公はベンチに座ってるとして、誰と話してるんだ。気がふれてる。一人ぶつぶつと考察をしてる。だれかも分からない人間に向かってだ。目的が分からない。話が唐突過ぎる。救急車を呼ぶべきだ。それも黄色をした。


 サイレンはやかましく俺はつんぼにされるかと思った。俺の目の前に止まっていたのはハイ・イエロウの救急車だった。ハイ・イエロウ、高いに黄色でハイ・イエロウ。キ印マークの創作家だ。





 俺は喜んで乗り込んだ。乗り回すつもりでさえいる。

 

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サイレンが聞こえる 高黄森哉 @kamikawa2001

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