カジャンカジェンガと空飛ぶるーせー

帆多 丁

毎日るーせーを作ると手がすべすべになるんだ

〝るーせーるーせー、るーせーはいらんかね。おいしいおいしいるーせーだよ。

 ほいそこの嬢ちゃん、見ない顔だ。お山の先生んとこに新しい子が入ったと聞いたが、あんたがそのお弟子さんかね? ほう、先生のお使いか。はいまいどあり。まだ焼いてないのを包んでやるから、待ってな。 

 おや? そんなにこのが気になるのかい? このるーせー、まだ空と山が鎖でつながってて、カジャンカジェンガが雲を布団に昼寝をしとった頃から伝わる、由緒ただしい、えー、なんだわ。

 固める時にはあまーい匂い、干してるときにはみかんの匂い、焼いてるときには天にも昇る匂いが、ほれほれ、しとるだろう?

 よう! そこの兄さん、どうだい? 偉大なるテレコテの水で育った水牛のお乳を、燦々さんさんのお日様で育った万寿果まんじゅっかの果汁で固めた、おいしいおいしいるーせーだよぅ。

 あらあら、行っちまった。かーっ、もったいないねぇ、旨いのに。

 どうだい嬢ちゃん、見てみなよ。薄くって綺麗なもんだろ。表はぱりぱり、裏はむっちり、食べれば活力みなぎって、七つの里もひとっとびってもんだ。

 ひとっとびっていっても、飛んだのはカジャンカジェンガで、雲を布団にするような大男だからそりゃあなぁ、里の七つや八つぐらいはひとっとびだろうさって思ったもんだが。

 おやおや嬢ちゃん、カジャンカジェンガも知らんのか。それならちょいとそこに座って、急ぎでなければ聞いていきな。

 はい。嬢ちゃん、こいつを、こう持って。そうそう、両手に串を一本ずつ持ってな。ほれ、そうやって持つと扇みたいに見えるだろ。そいでな、棒と棒の間んとこの、そうそうそう。その真ん中んとこをかじるんだ。

 そんな顔しないでも大丈夫だ、一個はオマケだよ。先生によろしく言っておいてくんな。ほれほれ冷めないうちに。パクッといきなパクッと。


 ……んふふふふはははははは!


 どうだ旨いだろう。大昔のカジャンカジェンガも、今の嬢ちゃんみたいな顔をしたんだろうさ。よしよし、食いながら聞きなよ。

 むかしむかし。

 空と地面の間にはぶっとい鎖が張っていて、偉大なるテレコテ湖のあっちの岸にはカジャンカジェンガが、こっちの岸には人間が暮らしていた。

 空はふわふわ風に乗り天気のいい日にゃ気持ちも良いが、風が一寸ちょと出りゃバサバサと、つられて地面もグラグラと、テレコテ湖も波立ってざっぱんざっぱんと、それはそれは大変な暮らしをしておったんだと。

 そんなある日、ここいらの村々のおさたちが相談をしに集まった。


 ほれ、あそこの岩山に、平らになってる所がみえるだろう? あそこに村長むらおさとその付き添いの若いのとが集まったんだ。

 べつにあんな山の高い所までわざわざ行かんでも集会ぐらいできるだろうと思ったもんだがね、その集会にはカジャンカジェンガも加わってたらしくてな。

 カジャンカジェンガが隣のちっこい山に座ると、ちょうどあの平らな所に顔がきたらしい。それで、ちっこい山の頂上はカジャンガジェンガの尻の形にへこんでいるんだ。

 さてその集会で、村長むらおさたちは口々に心配事を述べた。いわく、水牛の乳の出が悪くなった、テレコテ湖が濁ってきた、魚の死骸が増えた、稲の根付きが悪くなった、とな。

 カジャンカジェンガもテレコテ湖の水が臭くなったと思ってたんで、やはりこれはおかしいと立ちあがって辺りを見回し、上流の方に怪しげな影があるのを見つけて、すわ! となったものの、力なくしゃがみこんでしまった。

 山のへりから村長むらおさたちが覗き込んで、どうしたのかと尋ねると、水が臭くて魚が喰えず、腹が減っとるのだと。

 カジャンカジェンガは村々にとっても大事な友人だ。なんとかしてやりたいが、カジャンカジェンガは米を喰えない。ほしたら、カジャンカジェンガは向こう岸を、つまりわいらがいるこの辺りを指さしてな、こう言ったそうだ。あれはいい匂いがする。あれを分けてくれないか。とな。ちょうど、家々ではるーせーを竿に巻いて干しとる所だったそうだよ。

 そうさな……あの家の軒先を見てみぃ。淡い黄色の、細い板みたいのが何枚も立てかけてあるだろう。るーせーは引き延ばした乳の塊を、ああやって二本の竿に巻き付けて干すんだよ。干したのを短く切って……いや、お話が途中だな。すまんすまん。


 カジャンカジェンガにるーせーを届けてやりたいのはやまやまだったが、テレコテ湖を越えて運ばにゃあならん。いつもなら舟に乗せて運ぶところなんだが、水が臭いんで、せっかくのるーせーが台無しになってしまう。

 どうしようかと頭を悩ませる村長むらおさに、付き添いの若者がこう言ったんだ。

 私の妻はるーせー作りの名人です。味わいも香りもさることながら、妻のるーせーには魂が宿り、みずから口に飛び込んでくるほどの一品であると。テレコテ湖は偉大な湖なれど、空飛ぶるーせーにとって如何いかほどの物かと。

 なるほどそれは素晴らしい。しかし、るーせーが欲しいと湖の向こうに伝えないことには何も始まらん。

 それでは、とまた別の若者が進み出た。自分は石投げの名人であるから、湖を越えてるーせー名人のところまで石を届かせるぐらいは造作もないと。

 それでは、と残りの若者たちが進み出た。自分たちには何もないが、石を探し、文字を刻もうと。その石をるーせー名人の所へ順番に投げてくれればよいと。

 そういうわけで石投げ名人、出来あがった石を掴んでよこぎに! と投げた。投げた石はぎゅるんぎゅるんと唸ってテレコテ湖の水面みなもに跳ねた。

 あの向こうの山の、平らになっとる所から、ぱしーんぱしーんぱしんぱしんぱしんぱしん、と。そして、るーせー名人の家の中庭に、どすっと収まった。

 石は九個。

 何も知らないるーせー名人はびっくりして家の中に隠れたが、やがて中庭に並んだ石を見て事の次第を知ると、るーせーを干している竿を一組取って命じた。

 湖の向こうでお前を心待ちにしている者がいる。行って力になりなさい。

 そういって名人が艶やかなてのひらでひとなぜすると、るーせー、あいわかったとばかりにぶるんと震え、竿を軸にして広がった。透き通るばかりに薄いるーせーは蝶々のように羽ばたいて、みかんの香りをふりまいた。

 ひらひら、ひらひら、るーせーは空高く舞い上がり、風に乗ってカジャンカジェンガのところまでやってくると、再びくるくると竿に巻き付いた。

 山では人間たちが火を起こして待っていた。

 カジャンカジェンガは飛んできたるーせーの竿をとつかみ、火にあぶった。

 天にも昇るこうばしさに鼻の穴をひくつかせながら、ぱくりと食いつき、ぐいっとしごくとカジャンカジェンガの顔にみるみるうちに生気があふれて来た。と立った大男がさらに背伸びをすると、たちまち顔が雲に隠れた。

 あれに見えるは忌まわしき妖怪九尾狐クーヴイホゥ、と雲の上から声がしたかと思うと、岩山に足をかけてカジャンカジェンガ、地響きと共に七つの里を飛び越えて行った。


 それからが大変だったそうでな。三日三晩の間、空も大地も湖も揺れ動いて、ひとびとは生きた心地がしなかったんだと。四日目の朝にようやく静まったかとおもうと、人間たちは空を見上げて大騒ぎした。

 空が高くなっていたんだ。

 岩山から伸びる鎖もちぎれてなくなっていた。

 そこに、双子みたいにそっくりな九人の青年がやって来て、我々はカジャンカジェンガである、と言ったそうだ。


 九尾狐クーヴイホゥとくんずほぐれつ戦って、ひとりのカジャンカジェンガはバラバラにされてしまった。しかしちょうど九つに分かれたんで、これはいいやと九人になると、力を合わせてえいやぁと天地を繋ぐ鎖を引きちぎった。そして、その鎖でもって九つの尻尾を大地に縛りつけたのだ。

 ただまぁ、さすがは大妖怪。尻尾をちぎって逃げ出したんだと。逃げた狐の行方はとんとわからんってぇ話だが、とにもかくにも偉大なテレコテ湖の水は再びきれいになり、魚は満ち、水牛は育ち、稲は実るようになった、という事だ。

 めでたしめでたし。

 そういえば、何百年かに一度、その鎖を直しに行くってお山の先生が言ってたなぁ。

 おう、すっかり話込んでしまった。お山まで帰るんだろ? 気をつけてな。先生にもよろしく伝えておいておくれ〟


 


 ――という話を聞いていておそくなりました、とアタシは先生に言ったのさ。そうしたら、先生はアタシの頭を撫でながら言ってくれた。




 なるほど。

 我が弟子よ、ずいぶんと遅かったがどうしたのかと確かに尋ねたが、なにも最初から全部話さなくても良かったのだよ。お前の素直なところは決して嫌いではないが、あやかしものはよく人を騙す。どうか気を付けておくれよ。

 さて、先ほどから良い匂いがしていてたまらないな。お前がはるばる買ってきてくれたるーせーが焼けたようだよ。一枚取ってくれないか。

 お前は里で一枚ごちそうになったそうだな。うまかっただろう。

 このるーせー、ただの人にとっては逸話に満ちただが、私にとっては逸話自体が力を持つのだ。私はこれから、七つの里をひと飛びし、天地を結んでいた鎖を扱わねばならない。

 遥か北の山脈まで出かけるから、火の始末をしっかりとしておいておくれ。一度戸締りをしたら、鶏が三度鳴くまでけっして扉を開けてはいけないよ。

 


 とな。

 だからアタシは素直に言いつけを守ったんだが、翌朝に鶏が三度鳴いても先生は帰ってこなかった――。




 ……とまぁ、ここまで聞いて、まだチビっこだった俺は不安になって、ひいばあちゃんに聞いたんだよ。先生は帰ってこなかったの? ってさ。そしたら、お昼過ぎには帰ってきたって言うんだもの。

 もう。

 なんだよぉ!

 ってさぁ。

 ひいばあちゃんに文句言っちゃったよ。

 もったいつけて「帰ってこなかった」っていうぐらいなら、三日ぐらいは間を空けてもらわんと困る。そう思わないかお嬢さん。

 あ、るーせー名人って、俺のご先祖様な。テレコテ湖の向こうから飛んできたっていう石も中庭に並んでるよ。妖怪退治の前には、ぜひ名人のるーせーを。七つの里もひとっ飛び! なんてさ。いまどき妖怪もねぇ。

 ん? そうだよ。北の山に九尾狐クーヴィホウの尻尾が封じられてるってのは、ここいらじゃあ有名だ。尻尾一本で山脈一本なんて、そんな狐によく勝てたよなぁカジャンカジェンガ。

 傑作なのがさ、尻尾の一本って言われてる山から温泉が湧いてるんだよ。あれが本当に狐の尻尾なら、そのお湯は尻尾の中からどくどく湧いてるってぇことになっちまう。いいのかね?

 そこ行ったけど、風光明ふうこうめいでいいとこだったよ。かあちゃんが膝悪くした時も、あそこのお湯で治ったんだ。昔話じゃあ水をダメにした悪い妖怪ってことになってるけど、俺にしてみりゃ狐さま様々さまさまだ。

 そういやお嬢さん、西から来たって言ってたけど、温泉ってのはあっちの方にもあるのかい?


 はぁ。へぇ。意外とあるもんだな。

 まぁ北へ向かうんならモノのついでに行ってごらんよ。山の上が平らになってて、その真ん中にさ、温泉がげんこつの形に湧いてんだ。


 よし焼けた。


 はいおまちどうさま。おいしいおいしいるーせーだよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

カジャンカジェンガと空飛ぶるーせー 帆多 丁 @T_Jota

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ